其の七
萩野氏の勢いは止まらなかった。父泰文は、その勢いのまま都に上った。そこで、帝から官位をもらうつもりのようだ。雅昭はただのお供だけど。
途中、立ちはだかる敵をなぎ倒し、萩野氏の快進撃は続く。どこかで失速しないか、雅昭は心配だ。
「あ~。宮中の催しとか、肩こる」
「否定はしませんけど、あと三日なので耐えてください」
雅昭は一足先に北水城に帰ることができることになったので、藤二郎がさすがになだめるように言った。彼もそろそろ気位の高い公家たちの相手にうんざりしてきたところだった。その上、都の料理は彼らにあわなかった。
雅楽にも誘われ、出席したのだが、波瑠の琵琶の方がうまいし、何なら文姫の音は外すが楽しそうにつま弾いているのを聞いている方がましだ。戻ったら、波瑠に胡弓も弾いてもらおう。
「時間もありますし、文姫と波瑠様にお土産など見つくろってはいかがですか」
「……お前も何か買って行ってやるのか?」
「ええ。まあ。そのつもりです」
「……土産か」
何がいいのだろう。菓子か? ……文姫は喜びそうだけど。きれいな布地とか……文姫ははしゃぐだろうけど。
「……む、難しいな」
波瑠が喜びそうなものがわからない。とりあえず、文姫にはきれいな布地と毬でも買って行こう。女の子だけあって、文姫はきれいなものが好きだし、きっと喜ぶだろう。これに波瑠が喜ぶかは、謎である。
「まあ、実際に見ながら選べばいいのでは? あ、でも、私は香を送るのはお勧めしません。好みが結構割れるので」
「実体験か?」
「ええ。妻に怒られたことがあります」
そうなのか。藤二郎もそのようなことがあるのだと思うと、ちょっぴり親近感がわいた。いろいろ慇懃無礼な奴だが、やっぱり人間なのだなぁと思った。
何人かの行商を呼びつけて土産として買ったものは、結局、他愛ないものだった。まあ、布地は良いものを買ったのだが。一応、扇子なども見せてもらったが、女性の好みはわからなかったので却下した。
「まあ、初めてならこんなものでしょう。悪くないのでは?」
と、藤二郎が相変わらずの様子で言った。ちなみに、彼もいっしょに土産を購入していた。彼は慣れているからか、迷わず買っていたけど。そこを指摘すると。
「妻に頼まれていたので」
とのこと。なるほど。出立前に聞いておく、というのもありなのか。
「でも、初めての時は、何も聞いてこなかったけどお土産を買ってきてくれた、というのが効きますよ」
「そ、そうか」
「まあ、その土産が好みにあえばですが」
「……」
あげて落とすところが藤二郎だ。彼はしれっと「さて。明日の出立の準備でもしますか」と立ち去ってしまった。しばらく呆然としていた雅昭だが、さすがにぼうっとしているわけにはいかないので、彼も明日の出立の準備を始めたのだった。
出立の際に泰文に「北湖のことは頼んだぞ」なんて言われたが、雅昭は北水城のことだけで精いっぱいなので、まあ、そのあたりは重成が何とかしてくれるだろうと思っておく。領地采配について、波瑠に教わった方がいいのだろうか、これは。
しかし……北水までの道のりがこんなにも長く感じられたのは初めてだ。そわそわしている雅昭に、「そわそわしても日程は早まりません」とツッコミを入れてくる藤二郎は相変わらずだったが。
まっすぐに進めば、都から北水の城まで五日でつく。到着した雅昭たちを、文姫たちが迎えてくれた。
「おかえりなさいませ! まさあきさま!」
飛びついてきた文姫を抱き留め、ただいま、と答える。ああ、やっぱり可愛い。癒しである。
「お帰りなさいませ、雅昭様」
待ったく同じ言葉なのに、元気いっぱいな文姫とは違い、落ち着きを感じさせる波瑠である。建物の外まで飛び出してきた文姫とは違い、波瑠は建物内で出迎えてくれた。
「ただいま。すっかり留守を任せてしまったな」
「お気になさらず」
波瑠はそう言って目を細めて微笑んだ。まあ、確かに城内の采配などは、波瑠の得意分野か。
「まさあきさま。わたくしのおことをきいてくださいませ。はるさまにとてもじょうずになりましたねってほめられたのです!」
「本当にお上手になられましたよ」
雅昭にしがみついて訴える文姫を見る波瑠の眼は、母親のようだ。まあ、それくらい年も離れているからな……。
「それでは、ぜひ聞かせてもらおうかな」
「はい! すぐにじゅんびいたします!」
って、今なのか。張り切る文姫に、波瑠が優しく待ったをかけた。
「お待ちくださいませ、文姫様。雅昭様はお帰りになられたばかりで、お仕事がたくさんあるのですよ。今すぐではなくて、落ち着いてからにいたしましょう」
波瑠はそう諭したが、文姫は不満そうだ。波瑠は微笑んで言った。
「文姫様も、今すぐお聞かせするより、少し練習してからの方が良いと思いませんか?」
「……うん」
「では、一緒に練習してお待ちしましょう」
「うん」
にこりと微笑む波瑠に、文姫も微笑んだ。微笑ましい光景に雅昭も笑みを浮かべたが、藤が波瑠を睨んでいるのに気付いてちょっと呆れた。いつまで敵対心を持っているのだろうか。
「藤は……いつまで波瑠殿を敵視するんだろうな……」
「まあ、あれだけ文姫が懐いていますからね。妙なことはしないでしょうが、文姫が雅昭様の子を産むまでは続くでしょうねぇ」
「え」
思わず立ち止まった雅昭を藤二郎は知らぬふりで追い越して行く。少し進んでから、今気づきました、とばかりに振り返った。
「雅昭様? どうされました?」
「いや……っていうかお前、わざとだよな?」
「なんのことですか?」
「……わざとだよな?」
絶対わざとだと思うのだが、藤二郎は「行きますよ」と言って先にすたすた行ってしまった。釈然としないものを抱えながら、雅昭も藤二郎に続いた。
△
不在の間の報告を受け、必要な政務を片づけ終えたのは、城に戻ってから二日後のことだった。昼前に文姫と波瑠の元へ向かう。二人の姫がいるはずの部屋の前では、その侍女である藤と詩がにらみ合っていた。
「ど、どうした」
声をかけてから、しまった、と思った。ここは気づかなかったふりをして軽く流すところだった。藤二郎にもいちいち反応しなくていい、と言われていたのに。
きっ、と侍女二人が雅昭を睨んだ。一応、この二人の主人の夫なのだが。雅昭がたじろいだ。
「何でもありませんわ」
「お気になさらず」
嘘でも笑みを浮かべた藤に対し、詩は素っ気ない。最近思うのだが、詩は波瑠至上主義である。藤は文姫ではなくその家に帰属しているのだろうなあと思う。それに対し、詩は波瑠自身に仕えているのだと最近はよくわかるようになってきた。
「そうか……」
とりあえず深く突っ込まないことにして、雅昭は先ほどから弦楽器の音がしている襖の向こう側に入った。
「邪魔をする」
「まさあきさま!」
先に反応したのは琴をつま弾いていた文姫だった。やや遅れて、教えるためだろう、同じく琴を前にしていた波瑠が「いらっしゃいませ」と微笑んだ。雅昭も笑みを浮かべ、二人の前に胡坐をかく。
「さて、何を聞かせてもらえる?」
「よざくらです」
きりっと文姫が答えた。雅昭は「また渋いな」と答えたが、波瑠いわく、これが一番初心者向きなのだそうだ。
文姫がゆっくりと夜桜をつま弾き始める。ややおぼつかない手つきであるが、一度も間違えることなく弾ききった。ゆっくりではあったが、雅昭が記憶しているものとほぼ同じだった。
「うまいものだな」
「はるさまにくらべたら、まだまだです」
うっすらと頬を染めて文姫が謙遜した。こういうところは女の子である。波瑠と一緒に微笑ましく彼女を見ていた。
「文姫様の年でこれだけ弾けるのなら、大したものですよ」
にこりと笑った波瑠を見て、文姫がぱぁっと笑顔になる。何だろう。ちょっと疎外感。
「わたくし、はるさまのようなすてきなじょせいになりたいです」
「文姫様なら、わたくしよりもずっと素敵な女性になれますよ」
「……」
やっぱり疎外感。
「……そう言えば、土産は届いたか?」
「布地のことですか? 早速袿を仕立てておりますよ」
真顔でしれっと波瑠が言った。仕事が早いと言うか、何と言うか。
「ありがとうございます、雅昭様」
「あ、ありがとうございます」
波瑠と文姫が頭を下げた。波瑠が答えたので彼女が主導しているのだろうが、文姫も雅昭からの土産だとの意識があるようだ。なんと言うか、文姫が波瑠の教育を受けているような気がした。まあ、これは藤の性格では怒るだろう。
「あー、それと、もう一つ……」
雅昭は持ってきた小さめの箱を中身を確認してから文姫と波瑠に渡した。
「一応、二人それぞれに似合いそうなものを選んだつもりなんだが……」
気に入らなかったそちらで処分してくれ、とばかりに言った。二人はそれぞれもらった箱のふたを開けた。
箱の中身は櫛だった。波瑠が袿を仕立てている、と言った布地は、雅昭が用意させたものだが、彼が選んだわけではない。いろいろ見て悩んだ挙句に、家臣の中で趣味の良いものに選ばせたのだ。だが、藤二郎に「自分でも選べ」と睨まれ、他愛のないもの……櫛を選んだ。まあ、贈り物なので『かんざし』と呼ぶべきなのかもしれないが。
文姫に渡したものは漆塗りに桜の模様が入ったもの、波瑠に渡したものは鼈甲に螺鈿で模様を描いたものだ。値段には気をつけろ、と言われたので、二つとも同じ金額を支払った。
「きれい……まさあきさま、ありがとうございます!」
文姫が櫛を見て微笑んだので、雅昭はほっとした。気にするな、と雅昭も微笑む。
一方の波瑠はきょとんとした表情だった。最近はよく笑ってくれるようになったのだが、こう言う表情はやはり珍しい。
「……いただいていいのですか?」
「そのつもりで渡したんだが」
「雅昭様が選んだのですか?」
「……気に入らなかったか?」
なんか雅昭も緊張してきた。波瑠は首を左右に振る。
「いえ、そうではなくて。とても気に入ったのですが」
では何だろう、と緊張して待っていると、波瑠は大事そうに両手で櫛の入った箱を包んだ。
「ありがとう、ございます」
ほのかに浮かべられた笑みは、今まで見た彼女の笑みの中で一番美しかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
たぶん、詩と藤は根本的に合わない。