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其の五









 藤二郎にいろいろ言われつつ、仕事を終えた雅昭は、その足で波瑠の元へ向かった。藤二郎に会話をしてみろ、と言われたのが頭の中でぐるぐるしている。


「……雅昭様」


 ちょうど、波瑠が使っている部屋から侍女のうたが出てきた。雅昭の姿を見て驚きの表情になる。確かに、昼間にも来たし、こうして夜更けに尋ねるのは初めてだから。

「どうなさいました?」

「いや……夜更けにすまない。波瑠殿は起きているか?」

 いるにはいるだろうが、問題は起きているかどうかだ。詩は「まだ起きていらっしゃいます」と答える。

「伝言なら承りますが」

 冷静に言われて、普通はそれが正しいな、と思いつつも「直接会いたい」と答える。詩は胡乱な表情になった。

「姫様を側室にしたのは、政略的な思惑が強いと思っていたのですが……」

 じっと詩に見つめられ、雅昭は動揺した。込められた力が強すぎる。

「ま、まあ、それは否定できないが……私は、波瑠殿と友好な関係を気づきたいと思っている」

 雅昭が真剣に言うと、詩は少し顔を緩ませた。

「……優しい方ですね。少し、大人げないことをしてしまいました。姫様はまだ起きていらっしゃいますから、どうぞ」

 そう言って詩は打って変わってあっさりと雅昭を波瑠の部屋に入れてくれた。何なのだろうか。というか、自分が詩より年下であると、雅昭は指摘されて今更気が付いた。自分はずいぶん子供なのだなぁ、と思う。


「あら。珍しいですね、雅昭様」


 何かを読んでいたらしい波瑠が目をあげて言った。夜着のそのしどけない姿に、雅昭が言ったことと言えば。


「……目が悪くならないか?」


 だった。いや、だって気になったのだ。ろうそくの明かりがあるとはいえ、部屋の中は薄暗い。

「叔母にもやめろと言われていたのですが、なかなかやめられないものです」

 そう言って、彼女はひもで閉じられた本を閉じた。どうやら、雅昭の相手をしてくれるらしい。

「いつまでたっていらっしゃるのですか。どうぞお座りになってください。……と、わたくしが言うのも妙ですが」

 そう言えば、この部屋は波瑠が使っているが、北水城の城主は雅昭であり、雅昭が遠慮する必要がないのだ。しかし、波瑠を前にすると緊張する。彼女の覇気に気圧されているのか?

 雅昭は勧められるままに波瑠の側に座り込んだ。読み物を片づける波瑠の手元を見る。

「……ちなみに、何を読んでいたんだ?」

「兵法書です」

「……よく持ち込めたな」

「ただの読み物ですので」

 読めると言うだけですごいのだが、その中身を使う機会に恵まれなければ、読んだ意味はない。ただの娯楽にしかならない。そう言うことだろう。


「……その知識、生かしたいと思うか?」


 何気なく、本当に何気なく雅昭は尋ねた。波瑠は「どうでしょうね」とあいまいな返答をする。


「玉江城の城主であった時代に、いいだけ使ってしまったような気もしますので」


 そう言う彼女の顔はどこか寂し気で、雅昭は胡坐をかいていた足を崩し、片足を立てる。その膝に肘をついて頬杖とした。

「波瑠殿、囲碁はうてるか? 将棋は?」

「……どちらも差せますが」

 さすがである。どちらも遊びであるが、戦術的思考が養われる遊びである。波瑠が差せると言ったのもうなずける。

「では、私と一局うってくれ。ああ、いや、今じゃなくて、今度でいいんだ。あまり得意ではないので、教えてほしい」

「……わたくしで良ければ」

 ようは、波瑠に会う口実ができればいいのだ。囲碁や将棋でなくても。ほっとした雅昭は立ち上がろうとする。

「そうか。ありがとう。すまないな、こんな夜更けに尋ねてきてしまって」

「……行かれるので?」

「は?」

 思わず間抜けな声が出た。いや、本気で彼女が何を言っているのかわからなかったのである。波瑠は首をかしげて真顔のまま言った。

「てっきりこちらで休まれるのかと」

「……」

 雅昭はこのとき、微妙な表情になっていただろう。いや、彼女の方からそんなことを言われると思わなかったのだ。確かに、波瑠は雅昭の側室であるし、何ら不自然なことではない。だが、雅昭は波瑠から見てまだ子供で、そんなことを言われるとは……。


 むしろ子供で添い寝扱いのような気もしてきた。返答に迷う雅昭に、波瑠は言った。

「側室として置いているのに、全く手を出さないと言うのもどうかと思うのですが」

 たきつけるようなことを言う。雅昭は唇の端をひきつらせて波瑠の前に膝をついた。

「……何を言ってるんだ」

「聞いての通りですが」

 しれっと言われた。食えない。この女、食えない……! 飄々とし過ぎである。むしろ自分と役割を代わってほしい。雅昭は日がな一日、のんびり過ごしたい。


 ……妙なところに思考が飛んだ。雅昭はどうとでもなれ、と波瑠の体に手を回し、抱きしめた。波瑠の方も抱き返してくる。女性にしては背が高いと思っていたが、やはり抱きしめた感触はほっそりしている。

 結局その日は添い寝した。
















 波瑠とずっと添い寝しているだけだ、と言ったら藤二郎に冷たい目で「馬鹿ですかあなたは」と言われた。いや、ちょっと意気地がないのは認めるけど。


「仲がよさそうだと思いますがね、私は」

「悪くはないと思うが、あちらに私に対して関心がないと言うか」


 淡々とし過ぎていて、本当に読めないのである。文姫と一緒にいるときは楽しそうにしているのがわかるのだが、雅昭とさしになると駄目である。駄目、というのも変だが、笑わなくなる。こちらに何か問題があるのだろうか、と思ってしまうのも仕方がないだろう。

「むしろ、雅昭様が硬いから、波瑠様も硬くなってしまうのでは?」

「……私は結構人見知りなんだ……」

「知っています」

 容赦なく藤二郎が言った。人見知りだから、人との付き合い方がわからないんだ……。

「たぶん、波瑠様も雅昭様が人見知りだって何となく気づいていると思いますよ。私だって、孝景に『実は雅昭様って人付き合い苦手?』って聞かれましたよ」

「そうなのか!? というか、孝景はなじみ過ぎだな……」

「雅昭様もあの積極性を少しわけでもらえばいいのでは?」

 藤二郎の下についている波瑠の末の弟、孝景は人懐っこい性格の男だ。雅昭を見ても臆することなく接してくるし、他の家臣団ともすっかりなじんでいる。雅昭など、波瑠一人にこんなに苦労しているのに……。

「波瑠殿と孝景はあまり似ていないな……」

「そうですか? 舌鋒のきつさなどはよく似ていますよ」

 藤二郎がやっぱり冷静に言った。舌鋒のきつさって。いや、確かに波瑠も結構ずばりとものを言うし、孝景も笑いながら結構図星を突いてくるし、似ていると言えば似ているのかもしれない。

「ま、この機会に雅昭様も成長してくださいよ。波瑠様を側室にしなくても、文姫が成長したときどうするつもりだったんですが。むしろ、波瑠様の方が経験豊富なのでは?」

「……」

 撃沈した。
















「どうかしたのですか」


 外の景色を見ながらボーっとしていると、声をかけられた。庭の桃の木を見ていた視線をそらし、声のした方を見た。波瑠だった。声で分かっていたけど。


「……いや、私は波瑠殿に比べて子供だなと思って」

「当然です。わたくしのほうが六歳も年上なのですから、そうでなくては困ります」


 波瑠は平然とそう言いながら縁側に座る雅昭の隣に座った。

「桃の実がなるのはもう少し先ですよ」

「ああ、いや、わかっている」

 別に桃が食べたくて見ていたわけではない。雅昭は膝に頬杖をついて波瑠を見上げた。

「……波瑠殿はどうして、私の側室になることを了承したんだ? 尼寺にでも駆けこまれれば、私たちは追うことはできなかった」

「それが最善であると判断したからです。わたくしがあなたの側室である限り、萩野の殿様も志摩家を無下にはなさらないでしょう」

 合理的判断から下した結論だった。雅昭は「そうか」とうなずく。

「それに、雅昭殿は良い方だと思いました。あなたとならやっていけそうだと」

「そ、そうか」

 さらりと流しそうになったが、意外と彼女の中で評価はいいのかもしれないと思うとちょっとうれしい。

「志摩家のことも、弟たちのこともお世話になっているのに、わたくしだけ我がままと通すわけにはいきませんから」

「……責任感が強いんだな」

「そう言う風に育てられましたから」

 さらっと言う言葉が重い。初めから波瑠が玉江の城主になることが決まっていたのだろうか? 前に話した時は、そんな感じはしなかったのだが。


「……わたくし、一度縁談がまとまりかけたことがあったんです」


 唐突な言葉に、雅昭は動揺した。したあげく、こう言った。

「……かけたってことは、まとまらなかったのか」

 ひどい言葉である。雅昭の姉は「わたくしは政略の駒じゃないのよ!」と叫びながら政略結婚した女性なので、彼自身も結婚することが女性の幸せ、などと思っているわけではないが、珍しいとも思う。この年まで結婚歴がないという女性も。一応側室にするにあたって調べさせてもらった。

「ええ。叔母の雪路ゆきじが、わたくしを人質代わりに差し出そうとしたのです。でも、その前にわたくしの縁談先が玉江に侵攻してきました」

「それで破談に?」

「ええ。もう、初めからなかったように」

「そ、そうか」

 志摩雪路は、波瑠の前の玉江城の城主だが、あまり政略的なことは得意ではなかったという。かなり早い段階で、波瑠に政治を任せていたらしい。


 やはり、波瑠は雪路にその政治的手腕を認められたのだろう。雅昭はそうか、と軽くうなずいた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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