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其の四










 側室なので式は挙げなかったのだが、翌日には波瑠は側室待遇だった。と言っても、本人が何か変わるわけではなく、ただ、周囲の接し方が変わっただけである。ちなみに、雅昭は接し方がわからずまだ顔を合わせていない。


「いや、だってどうやって顔を合わせりゃいいんだよ」


 仕事をしながら藤二郎に訴えてみる。彼も妻帯者だ。藤二郎はどうでもよさそうに言う。

「若、もう正室がいらっしゃるじゃないですか」

「文姫は……妹みたいな」

 もっといえば娘みたいな。藤二郎は「気持ちはわかりますけどね」と肩をすくめる。

「まあ、波瑠様もいい大人ですからね。寝物語とか頼んでみればきっと聞いてくれますよ」

 扱いがぞんざいすぎる。まあ、藤二郎とは兄弟のように育ち、呆れるようなことをたくさんやらかしてきたから仕方がないのかもしれないが。寝物語とか、子供か。でも、付き合ってくれそう。波瑠から見たら、雅昭もまだまだ子供だろうし。雅昭は彼女の弟と同い年だ。


 側室とはいえ、かなり政略的なので、このまま顔を合わせないことだってできる。しかし、妙なところでまじめな雅昭は、ある日の夕方、波瑠の元を訪れた。


「えーっと。こんにちは」

「お疲れ様です、殿」


 初めての呼ばれ方をして、雅昭はちょっとくすぐったい。少し身をよじった後、「できれば名前で呼んで……」と訴えた。それまで名前で呼ばれていたのに、突然違うように呼ばれるのは、正直くすぐったく、居心地が悪い。

「わかりました。雅昭様」

「……」

 少し違和感を覚えたが、まあいいか、と受け流す。雅昭は「えーっと」と話題を探す。

「な、何か不自由はないか?」

「ございません。みなさん、よくしてくださいます」

 波瑠は真顔でそう答えた。そう言われると、そうか、としか言いようがない。彼女は特に何も困ったことはないと言うが、藤が波瑠を警戒して、文姫と波瑠を会わせないようにしていると報告がある。文姫自身は波瑠になついているので不満なようだし、藤と波瑠の間でちょっとした冷戦状態だ。いや、藤の一方的なものなのかもしれないが。

「そうか……すまない。気の利いたこともできず……」

「衣食住を与えてくださっていることでも、感謝しきれないくらいです」

 生真面目に波瑠も言った。まじめ同士で、逆に会話が成立しないのだ。会話が途切れがちになる。どうでもよい話と言うのができないので。世間話が苦手なのだ。

 何とか話題を探し、「今度琴を聞かせてくれ」と言った。すると、波瑠はしれっと言った。


「今、琴は文姫様にお教えしている最中ですので、別のものでもよろしいですか」


 つまり、まだあまりうまくない正室の文姫に気を使ったのだろう。文姫も琴を習っているのに、波瑠がそれを上回る上手さで琴の音を聞かせれば角が立つ、と考えたのだろう。

「……ちなみに、他には何ができるんだ?」

「琵琶、横笛、胡弓、鼓。他には武芸などもできます」

「……多才だな」

 雅昭はそう答えるにとどめた。実際、多才であるのには変わりない。武芸もできるのか、と思ったが、彼女は玉江城主で、戦の采配だってしていた。むしろ、雅昭より強かったらどうしよう。

「教養は大事ですから」

 確かにその通りだが、武芸は教養に入るのだろうか。

「……琵琶を聞いてみたいな。他の楽器も、必要なら用意させるが」

「琵琶は持ってきています。……それでは、胡弓と横笛をお願いしてもよろしいでしょうか」

 波瑠からの言葉に、雅昭はちょっとほっとした。いらない、と言われたらどうしようかと思った。それが波瑠もわかっているから、わざとねだったのかもしれない。

「わかった。用意させよう」

「ありがとうございます」

 波瑠が上品に頭を下げる。動作の一つ一つに気品がある女性だ。雅昭はそんな彼女に見とれたが、波瑠はニコリともしない。


 その後も何度か波瑠の様子を見に行くことはあったが、やっぱり彼女はにこりともしなかった。琵琶も聞かせてもらったし、胡弓も横笛も聞かせてもらった。どれも上手だった。むしろ雅昭も教えてほしい。

 二度目に琵琶を聞いたときは、疲れていたからか雅昭が途中で寝てしまって、目が覚めたら波瑠の膝枕だったこともあった。かなり焦ったが、波瑠は気にしていない様子だった……。

 これまでのことを合わせて考えてみたところ。

「子ども扱いされている気がする」

「まあ、六つも年下ですからね、雅昭様」

 雅昭の訴えに藤二郎は冷静に言った。確かにそう。その通りなのだが。

「いいんだろうか、これで」

「まあ、雅昭様と波瑠様が構わないのであれば、いいのでは?」

 藤二郎、相変わらず言うことが投げやりだ。いや、仕事中にそんな話をする雅昭も悪いのだが。

「私が聞いた話では、波瑠様、結構充実した日々を過ごしているようですよ。おとといちらっと見たら、庭で子供たちに弓を教えていましたしね」

「何をやってるんだ……というか、止めなかったのか?」

「父が許可を出したようですね」

 筆頭家老である重成が許可を出したのなら、いいと言うことにしておこう。雅昭まで報告が来ていないのはまずい気がするので、今度言っておくことにする。


 ほかにも聞いてみると、波瑠は結構のびのびと生活していた。藤は相変わらず警戒しているようだが、文姫とも仲良くしているし、やや愛想はないが、さっそうとしていて素敵と、奥の侍女たちにも人気。美人で頭もいいが、それを鼻にかけることもなく気遣いもできるので男たちも鼻の下を伸ばしている。それはちょっと面白くない。

 そこだけ見ると完璧人間のようだが、やはりまだ気を使っているのだろうなと思う。そんな完璧人間、いたらたまらない。

 とはいえ、今のところやや愛想がないところ以外は欠点なし。つけ込む隙がない……というか、敵ではないからそんなことを考える必要もないのかもしれないが。雅昭としては、仲良くなるきっかけが欲しいのである。


 しかし……仲良くなる、と言っても年が離れすぎているのだろうか。妻の方が年上であることは珍しくないし、たぶん、雅昭が子供っぽ過ぎるのだろうな、とは思う。膝枕の下りとか、そう。前に文姫に同じことをしているのを見たし。ついでに藤の目が吊り上っているのも見た。

 それでも、雅昭が波瑠の元へと通う日々は続く。たまに、文姫を含めて三人で遊ぶこともあった。波瑠はどうか知らないが、これでは娘と遊ぶ親の気分である。まあ、雅昭にとっては二人とも妻になるのだが。まあ、文姫が楽しそうなので気にしないことにした。

 文姫と波瑠の交流も眼にするようになって、少し気になることがある。いや、決して悪いことではない。ただ、気になるだけだ。


 基本的に愛想がない波瑠であるが、文姫といるときはよく笑っている姿を目撃する。しかし、雅昭の姿を認識すると、すぐにその笑みは引っ込むのだ。

 その笑みを自分にも向けてほしいと思うのはよくばりだろうか。だが、その笑顔を真正面から見てみたい。自分にも向けてほしいと言う欲求はなくなることはなかった。時折波瑠のことを考えては悶々とする日々である。

「それ、恋と言うやつなのでは?」

「は?」

 作業効率が落ちてきた雅昭に、藤二郎が尋ねてきたから答えたのだが、そんな返答があって雅昭は驚いた。恋とは何ぞや。

「要するに波瑠様に振り向いてほしいんですよね。それを恋と呼ぶのでは? 子供がする『構ってー』とは違いますよね」

「う……ん? たぶん?」

 ちょっと自信がなかった。波瑠は雅昭よりも年上の女性で、最初、姉のようだ、と思ったのは事実だからだ。

「まあ、もう少し波瑠様と会話をしてみては? 何か分かるかもしれません」

 かなり投げやりの提案だったが、混乱している雅昭は「そうだな」と思わず答えてその話題は終了した。







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


藤二郎の塩対応(笑)



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