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其の参









 雅昭の居城、北水城に父萩野泰文が入場した。そもそも、この北水城は泰文が治める那賀城の支城であり、広義的に見れば、北水城も泰文のものだと言えなくもない。

「お久しぶりです、父上」

「ああ。変わりないか?」

「はい」

 便宜上謁見の間と呼んでいる場所で、雅昭は上座の一段高くなったところに坐した泰文に向かって頭を下げる。泰文がよい、と言うので頭をあげた。

 泰文は四十代半ばの武者である。どちらかというと線の細い雅昭とは違い、体躯の大きな男だ。それでいて見苦しくはない。鋭い視線が雅昭の隣に向けられた。


「して、そちらが玉江城の先城主殿か」

「はい。志摩波瑠殿です」

「波瑠と申します」


 雅昭の紹介を受けてから、波瑠は名乗り顔をあげた。泰文は彼女の顔を見つめ、それから言った。

「玉江城の攻防戦の話は聞いておる。そなたからしたら負け戦であるが、見事な采配であったと感心しておる」

「ありがとうございます」

 確かに、玉江城は意外な抵抗を見せたと言っていい。引き際も見事だった。これは、波瑠の才能、なのだろうか。


「波瑠殿、年はいくつであったかな」

「二十四になります」

「ふむ。二十四か」


 泰文が考える仕草をする。何故か雅昭は嫌な予感がした。だから、泰文が雅昭の方に向き直った時、びくっとしてしまった。

「波瑠殿の処遇については道中、いくつか考えたが、どうだ。雅昭、波瑠殿を側室とするのは」

「はあ……いえっ。か、考えてみますが……」

 と消極的な反応をする雅昭に呆れたのか、泰文は矛先を波瑠に変えた。

「どうじゃ、波瑠殿」

「わたくしは構いませぬが。敗戦の将に対する対応としては、涙が出そうなほど寛大なご処置と心得ております」

「雅昭、波瑠殿もこういっておる」

「はあ……」

 まあ、波瑠がいいなら、いいのか? 尼寺に行くよりも波瑠は自由に動けるだろうし、あとは雅昭しだいなのか?

 確かに、あの琴の音がいつでも聞ける、というのは魅力的なのかもしれないが……。


「……わかり、ました……責任もって、波瑠殿をお預かりします……」


 どのみち、雅昭には父に逆らう気概などありはしなかった。泰文は満足そうにうなずく。

「というわけだ、波瑠殿。よろしいかな?」

「はい」

 一応、現在の志摩氏の当主である弘孝に伺いを立てることになるが、志摩氏は萩野氏に負けているので、弘孝もうなずくほかないだろう。つまり、この時点で波瑠は雅昭の側室扱いになる。


 会談が終わった後、雅昭は父に詰め寄った。

「ちょ、何考えてるんですか父上! さすがに波瑠殿に失礼じゃありません?」

「本人は構わんと言っていただろう」

 何か問題でも、とばかりに泰文は言った。雅昭に言わせれば問題しか見えないのだが。

「いいじゃないか。好きだろう、雅昭。波瑠殿のような女性は」

「……」

 図星を刺され過ぎて反論できない場合はどうすればいいのだろうか。確かに、初見で割と好みだな、と思ったりなんかもしたが、その考えが外に漏れたのか?

「少々年は上だが、城主であっただけあってしっかり者で、しかも美人だ。お前の好みにもあうし、文句ないだろう。波瑠殿も尼にならずにすむしな」

「というか、その好み云々の話はどこから……はともかく、父上はそんなに甘い方ではないでしょう。何たくらんでるんです」

 直球で尋ねてしまう雅昭である。父が何の利益もなくこんな甘い処置をするとは思えなかった。


 泰文が真顔になる。彼はついてきた小姓を追い出すと、息子と二人きりになって障子を閉めた。声を低めて雅昭に尋ねる。

「お前は、志摩氏の活動について知っているか?」

「活動と言うか……水の神を祀っていると言うのは知っていますが」

「ああ、それだ。眉唾物だと言うものも多いが、志摩氏の霊力とやらは本物だ」

 現実主義者の泰文から出たやたらとふわっとした言葉に、雅昭は首をかしげた。

「父上がそう思うに至った要因は」

「波瑠殿の一代前の玉江城主、雪路殿と戦ったことがある」

 波瑠の一代前の城主は雪路。これも女性で、波瑠の叔母にあたる女性だ。生涯未婚で三か月ほど前に死去し、その座を姪に譲ったのだ。彼女もまさか、自分が指名した後継ぎが萩野氏の嫡男の側室になるなどと言うことは考えたこともなかっただろう。


「雪路殿は、先見の才があるとのことだった。眉唾物だと私は思っておったが、そうでもなかった」


 ことごとく先を読まれ、奇襲ですら失敗した。最終的に作戦を実行する前に負けていたらしい。

「……波瑠殿にはそのような力はないそうですが」

「ああ。だが、雪路殿と同じ血は流れている」

 もしかしたら、世代を越えて発現するかもしれない、と泰文は思ったらしい。そうなったら得したな、というくらいの願望であって、本気で思っているわけではない。

「ま、結局は志摩氏を円満に取り込むための策の一つだな。お前ももう十八だが、文姫はまだ幼いからな……」

「ああ……文姫も波瑠殿に母親になつくみたいに懐いてますね」

「良好な関係が築けるのなら、それでよいだろう」

 やはり、何人も側室がいる泰文は言うことが違う。そこまでしたいとは思わない雅昭は苦笑を浮かべた。泰文の狙いはどうあれ、波瑠を預かることになったのだ。その準備をしなければならない。今まではお客さん扱いだったのが、側室扱いになるのだ。


 雅昭が話しをつける前に、重成が動き出していた。彼にはにっこり笑って「おめでとうございます」などと言われた。

「お前はいいのか。彼女が側室になって」

「私どもが決めることではありませんが、波瑠殿はいいのでは? 美人ですし、若、あのようなものはお好きでしょう」

 ちょっと気の強そうな女性。確かにそうだが、泰文と言い重成と言い、何故知っているのか。やはり、誰かが広めたとしか考えられない。

 だが、噂の出どころを考えるのは後だ。とにかく、決まったことなのだからこれ以上はどうしようもない。波瑠が過ごしやすい空間を作ることに腐心する方が建設的だ。

「……とにかく、波瑠殿を側室に迎える準備を頼む。文姫には私から話しておく」

「わかりました。手配しておきますね」

 重成はにこりと笑って請け負った。面白がっているような気がしないではなかったが、彼に任せるのが一番良いと言うことはわかっている。なので、任せる。


 そして、雅昭は文姫に事情を話しに行かなければならない。いや、文姫はいいのだが、その侍女である藤が問題だ。彼女は矢倉からの監視の一人である。間諜と言うのはちょっと違うだろうが、監視して動きがあれば報告をする、という任務を担っている。いや、これは間諜と言っていいのだろうか。だが、たいていその報告は届く前に握りつぶされるので報告がいったことはほとんどないだろう。

 藤は雅昭が文姫を正室として扱うか、という点も見ている。まあ、側室ができたからと言って、文句は言ってこないだろうが。何しろ、雅昭と文姫では十歳も年が離れているし。……それを言うなら、波瑠は六歳年上なのだが。

 まあ、年上女房はこの時代には珍しくないし、その裏にある思惑や波瑠の意思を無視して考えた場合、確かに彼女は雅昭の好みであり、否定する要素が見つからないのだ。


「では、はるさまとずっといっしょにいられるんですね!」


 案の定、文姫は嬉しそうな声をあげた。この数日の間に、すっかり波瑠になついたようだ。それはいいのだが、問題は文姫の後ろで顔をしかめている藤だ。


「波瑠様を側室になさるのですか。文姫様の御立場はどうなります」


 まあ、藤の懸念もわからないではない。文姫と波瑠では親子ほど年が離れている。確かな違いと言えば、文姫はあと五年ほどは子供を生めないこと。対して波瑠は、今すぐにでも生めること、だろうか。

 正直、そこまで考えてはいない。波瑠は雅昭のいいお姉さんになってくれそうではあるが。藤二郎にそう言ったら、まあ、そう言う側室もありなのでは、と何とも投げやりな回答が返ってきた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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