表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/19

其の弐










 雅昭は、玉江の領主から降ろされ、ただの『志摩波瑠』となった女性と、その末の弟孝景を連れて、自身の居城である北水城に戻ってきていた。孝景はとりあえず藤二郎の配下に入れ、波瑠の方は少し悩んだが、客人として住まわせることにした。彼女については、父に裁可を仰いだ方が良いと判断したのだ。

 と言っても、戦の前に沙汰がなかったと言うことは、父も波瑠の処遇を決めかねていると言うことだろう。普通に考えれば出家だが、それ以外に何か考えていることがあるのだろうか。


「紹介する。筆頭家老の日下部重成しげなりだ。藤二郎の父でもある。


 まず雅昭が紹介したのは、北水城で雅昭がいない間のことを取り仕切っている筆頭家老、重成だった。彼と藤二郎は親子である。


「日下部重成と申します。困ったことがございますれば、何なりとおっしゃって下さい」


 笑うと目元にしわができる重成を見て、波瑠も少し目を細め、「ありがとうございます」と礼を言った。やはり、彼女は普通の姫君とは違うな、と思った。普通なら、ここで家老に礼を言ったりしない。

 さらに数人、頼りになる家臣を紹介し、最後に付け加えた。

「それと、今、この城には私の妻がいる」

「奥方様が」

 波瑠が「ふうん」とばかりに繰り返した。興味なさそう。しかし、この城に住む以上、言っておいた方がいいだろう。

矢倉やくら氏の姫君で、ふみという。八歳だ」

「…………まあ、珍しくはない年齢差ですね」

 彼女が沈黙の末に絞り出した言葉はそんな言葉だった。彼女も気づいただろうが、この婚姻は政略的だ。そのため、文姫は六歳の時に十六歳の雅昭に嫁ぐこととなったのだ。今ではいっぱしの妻気取りである。普通に子供らしく、かわいらしいので構ってしまっているが。嫁と言うか、娘のような心境である。

「波瑠殿に関しては、処遇が決まるまで好きにしていてくれ。何か入用のものはあるか?」

「今のところはございません」

 波瑠がそう答えた。雅昭はうなずく。こればかりは実際に生活してみないとわからない。


 というわけで、志摩氏の波瑠、孝景が北水城で生活することになった。


 とりあえず三日ほど様子を見てみて、雅昭は藤二郎に尋ねた。

「孝景の様子はどうだ?」

「うまくやってますよ。ちょっと暢気なところはありますが、頭はいいですし、武術もそこそこできます。人間関係も円満です」

「そうか……波瑠殿は?」

「こちらも問題ありませんな。もともと気立てが良いのでしょう。侍女たちも文姫もすっかり懐いております」

 という重成の報告を聞いて、引き離すのはちょっとかわいそうかな、とも思った。まだ八歳の文姫は、波瑠に母親の面影を感じているのだろうと、重治は言った。

「文姫もまだ幼いですから。侍女たちは面倒を見てくれても、無償の愛をくれるわけではありません」

「……そうか」

「そうです」

 雅昭は乳母に育てられたが、母はよく面倒を見てくれたと思う。八歳のころの雅昭など、母に甘えまくっていた。それを考えると、文姫は偉いと思う。ちゃんと、自分の役目を果たしている。


「それと、二日後、殿がいらっしゃるそうです」

「……は? すまんが、もう一度言ってくれ」


 聞き間違いかと思い、雅昭は尋ねる。重成は、今度はゆっくりと言った。


「二日後、殿が、この北水城に、いらっしゃいます」

「……父上が」


 雅昭は呆然と繰り返した。ここいら一帯の領主である父が、嫡男である雅昭に預けた城にやってくる。何故? 息子の様子を見たい、という人ではないので、十中八九、波瑠の処遇が決まったのだろう。

「……わかった。父上をお迎えする準備を頼む」

「承知いたしました」

 重成は満足そうにうなずく。藤二郎も「さて」とうなずいた。

「私もそろそろ部下の様子を見てまいります」

「ああ」

 呆然とし過ぎで、雅昭は気づいたら一人になっていた。重成は父を迎える準備をしに言ったし、藤二郎はこれ見よがしに部下の様子を見に行った。おそらく、孝景に泰文がやってくることを伝えに行ったのだろう。ということは、雅昭は波瑠に伝えておかなければならない。もちろん、幼な妻である文姫にも伝える必要があり、雅昭は気乗りしないながらも奥へ向かう。


 奥に向かうにつれ楽器の音色が聞こえてきた。これは、琴、だろうか。つたない音は、文姫が琴の練習でもしているからだろうか。

 音のする部屋をのぞくと、やはりことを弾いていたのは文姫だ。しかし、教えているのは文姫の侍女であるふじではなく、今のところ志摩氏からのお客さんである波瑠だった。


「あ! まさあきさま!」


 まだ少し舌っ足らずな声で呼ばれ、雅昭の頬が緩む。相変わらずの愛らしさだ。雅昭は少女趣味ではないが、かわいらしいと思うのは自由だろう。

「文、琴の練習か」

「はい! はるさま、とってもおじょうずなんです」

「恐れ多いことでございます」

 にこにこしている文姫に対し、波瑠は相変わらずにこりともしない。とりあえず、藤も控えているので先に用件を伝えてしまおう。雅昭は空けられた上座に座る。

「文、波瑠殿。二日後、父の泰文がこの城を訪れる。おそらく、波瑠殿の処遇が言い渡されると思うのだが……」

「承知いたしました」

 無感動に彼女はそう言った。もう少し緊張しても良いのではないだろうか、と思わないでもない。文姫は理解しているのか、いないのか。きょとんとした表情を浮かべていた。彼女にも泰文に挨拶をしてもらうことになるのだが、まあ、その辺は藤に任せておけば大丈夫だろう。

「すまないが藤。任せた」

「お任せください」

 藤がそう言って深く頭を下げる。まあ、大丈夫だろう。たぶん……。


 少し、文姫の練習中の琴の音色を聞いた。つたないが、始めたばかりでこれだけつま弾ければ大したものだ、というのが教えている波瑠の言葉だった。

 まあ、背伸びしていても文は子供である。眠くなってしまった彼女を寝かせに藤が立ち上がる。二人が出ていくと、雅昭と波瑠が向かい合うことになる。まあ、波瑠の侍女も一緒だが。侍女はうたというらしい。

「……まあ、なんというか、文の世話をさせているようで、申し訳ない」

「わたくしは構いません。文姫はお可愛らしいですし。ただ、お琴を続けたいのであれば、誰か別の者を用意すべきかもしれませんね」

「……あなたの処遇の内容によっては、考えよう」

 波瑠の指摘通り、彼女が尼寺へ送られるようなことがあれば、文の琴の教師を新たに探さなければならなくなる。玉江城を落としてから集めた情報になるが、波瑠は教養にあふれた人間であるらしい。勉学も女性ながら優秀で、雅楽にも秀で、武術もたしなむ。そんな人間だから、志摩氏に必要な霊力がなくても、当主であることができたのだろう。雅昭はため息をついた。

「いっそ、あなたにはここで教師をしてほしいくらいだ」

「ありがたいお誘いですが」

 断られた。まあ、容易に受けられるようなものでもないので、返答としては間違っていない。雅昭は肩をすくめた。ふと、彼女の侍女が片づけようとしている琴が眼に入る。


「良ければ、波瑠殿。一曲つま弾いてもらえないか」

「良いですよ」


 即答だった。波瑠は琴の前に移動し、雅昭に「何か引いてほしい曲はありますか」と尋ねた。彼は少し考えたが首を左右に振った。

「いや、特にない。あなたの好きなものを」

「さようですか」

 波瑠も何を弾こうか少し考えた様子だった。しばらくして手を伸ばし、弦を押さえて爪ではじく。波瑠の滑らかに動く指が、心地よい音を生み出している。雅昭は自然と目を閉じた。このまま寝られそう。

 最後の弦をはじき、余韻を残しながら演奏は終了した。雅昭はゆっくりと目を開く。

「良かった」

 いたって普通の感想であるが、波瑠は「ありがとうございます」と丁寧に頭を下げてから言った。

「お疲れなのならば、お休みされた方がよろしいかと。寝不足は作業効率を下げますので」

「……忠告感謝する。善処しよう……」

 自分でもちょっと疲れてるのかな、と思ったのだ。他人に言われると言うことは、やはり雅昭は疲れた顔をしているのかもしれない。まあ、半分以上、父がやってくると言うことからくる気疲れなのだが。


「城の方は、まあ、ばたばたしているだろうが、何かあれば遠慮なく言ってくれ」


 と、雅昭は彼女がこの城に来たときにも言ったのだが、彼女の我がままはいまだ聞いたことがない。この琴も、波瑠が玉江城から持ち込んだものだ。

「ありがとうございます」

 と答えた波瑠だが、おそらく、何も言ってこないであろうことは雅昭にもわかっていた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


文姫は8歳です。でも、この時代は数え年ですから、現代で言うと小学校にあがってすぐ、くらいですかねー。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ