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其の十八

さりげなく最終話。











「いや、実は玉江城に向かうということで、波瑠殿も一緒に、と思ったのだが、調子が悪そうだったのでな」


 泰文がふてくされた雅昭に向かって言った。雅昭が出陣したころはそのような様子は見せていなかったから、彼が出た後に発覚したのだろう。出陣前に心配をかけまいと思って言わなかった可能性もあるが、どちらにしろ、まだ初期だろう。何故自分はそこにいないのだろう。

「それと、お前には北見城から玉江城に移ってもらう。孝景を城主にすることも考えないではなかったが、お前を移せばもれなく波瑠殿がついてくるからな」

「……確かにそうですね……」

 泰文は、慣れない者に玉江城を守らせるより、雅昭ごと波瑠を玉江城に戻し、守らせることにしたらしい。玉江は都へ向かうための道になるので、何としても押さえておきたいのはわかる。雅昭も、この美しい城に移動することに異議はない。引っ越しは面倒だけれども。


「ひと月以内に移れ。……と、言いたいところだが、波瑠殿の体調に合わせるのが良いだろう。ゆっくりとやればよい」

「わかり……ました……」


 駄目だ。まだ波瑠が妊娠したという衝撃から立ち直れない。波瑠が子を身ごもったということは、雅昭の子か? 疑うまでもなくそうだろう。彼は本当に父になるのだ。


「何を呆けておる。しゃんとせい」


 泰文が強く背中をたたいてくるので、雅昭はむせた。数度咳き込んでから、雅昭は泰文を見る。

「父上、機嫌がいいですね」

「まあ、初めての内孫だからなぁ。波瑠殿に似るとよいな」

「それには全力で同意しますが……」

 雅昭は顔をしかめて、気になっていたことを尋ねた。

「父上。波瑠が生んだ子をどうするおつもりですか? 一応、私の正室は文姫なのですが……」

 波瑠を側室とした時から考えられていたことだ。文姫は年が明けて一つ年を取ったとはいえ、まだ九歳。対する波瑠は二十五歳になった。どう考えても、雅昭の子を先に産むのは波瑠だ。

 そうなった場合、雅昭はどうすればよいのだろう。いずれ、正室の文姫が子を産む可能性だってあるのだ。その場合、どちらを優先すべきか。

「そう難しく考えることはなかろう。今回、萩野を攻めて来たのは矢倉だぞ? 文姫はお前と離縁しておらず、これからもお前の正室の予定だが、矢倉氏の姫君だ。攻めて来た矢倉氏に義理立てする必要はあるまい。お前が好きなようにせよ」

「……そうですか……」

 まあ、面倒なことはあとで考えよう。今は引っ越しの心配と波瑠の体調の心配をすべきか。

「わしは明日には宇摩川城へ向かう。玉江のことは任せたぞ」

「……はい」

 雅昭はとりあえずうなずいたが、ほぼ上の空であった。とりあえず、雅昭は玉江城にお引越しで、泰文は明日には宇摩川城へ向かうことは理解した。ついでに、座敷牢に入れていた川名氏のことも引き取っていったようだった。


「何ぼうっとしているのですか。戦後処理、雅昭様の署名も必要なのですが」


 署名、ということはほぼ原形を作ってくれたのだろう。藤二郎が言った。雅昭は玉江城の天守から湖を眺めていたのだった。

「……波瑠が身ごもったそうだ……」

「らしいですね。城の中でも騒ぎになっておりますよ。一部、雅昭様に対して怒っている者もいますね」

 まあ、ただの一時的な怒りでしょうけど、と藤二郎は続けた。ここは玉江城で、かつての波瑠の城。彼女を慕うものは多く、彼女を身ごもらせた雅昭に複雑な思いを抱く者がいても不思議ではない。それは雅昭も感じていた。

「わかっている。孝景にも睨まれた」

「……姉君大好きですからね、孝景は」

 藤二郎はさもありなん、とばかりにうなずいた。

「彼はすぐに切り替えるから大丈夫ですよ。それより、戦後処理……というか、引っ越しの件ですが」

「ああ……北水城での移動準備は始めているのだろう? 少しずつ進めて行こう。あと、波瑠と文姫の移動は、波瑠の体調のいい日にしよう」

「そりゃそうですね」

 藤二郎はうなずいた。波瑠は輿が苦手だと言っていたが、今回は問答無用で輿での移動になるだろう。


 玉江城の戦いが終結してから一か月ほどたったころ、波瑠と文姫が玉江城にやってきた。その間、雅昭も藤二郎も、嫁には会えていなかった。


「まさあき様!」


 少し舌っ足らずだった文姫も、だいぶしっかり言葉を発するようになってきた。まるで娘の成長を見守るような気持ちでいつも通り駆け寄ってきた文姫を抱き上げた。

「元気そうだな、文姫」

「はい! もちろんです!」

 一方、同じように輿に揺られても元気そうな文姫とは裏腹に、あとから降りてきた波瑠はずいぶん顔色が悪かった。

「波瑠様、頑張って」

「もう、悪阻で気持ち悪いのか乗り物酔いで気持ち悪いのかわからない……」

 付き添っているのは詩と、藤二郎の妻である八重やえだった。

 明らかに顔色の悪い波瑠を見て、文姫がはっとしたように言った。


「まさあき様! はる様はおなかに赤ちゃんがいるんです! 体をだいじにしないとだめなんだって、やえが言っていました!」


 わたし、おります! と文姫は自分で雅昭の腕から降りようとした。さすがに危険なので、雅昭はそっと文姫を降ろした。文姫は真っ先に波瑠に駆け寄った。

「はる様! だいじょうぶですか!?」

「……ええ。ご心配には及びません、文姫様」

「うそです! かおが白いですー!」

 もともと色白な方ではあるだろうが、波瑠は文姫が指摘した通り真っ青な顔をしていた。雅昭が波瑠に近づくと、詩と八重が少し下がった。


「よく来たな……大丈夫か?」


 ふらつく肩を支えながら雅昭が尋ねると、波瑠はか細い声で「輿は苦手です……」と訴えてきた。波瑠の弱点発見である。とにかく、波瑠を横抱きに抱き上げる。予想外だったのか、波瑠が小さく悲鳴を上げて雅昭の首にすがりついた。あ、ちょっといい気分。

「文姫、行こうか」

「はい!」

 文姫が八重と手をつないでうなずいた。ちょっと待て正室がそれでいいのか、ということと、そう言えば藤はどうした、と思ったがつっこまないことにした。

 波瑠はともかく、まだ幼い文姫が足を踏み入れるので、血痕や戦いの傷などはできるだけ消していたが、それでも、かつての玉江城主は城の変わりように顔をしかめた。

「……すまない、波瑠。あなたの城なのに」

「わたくしの城ではありません。今の城主は雅昭様です」

 乗り物酔いが落ち着いてからの波瑠の言葉である。雅昭は彼女の側に膝をついたまま言った。

「それに、……弘孝殿のことも」

 彼女の上の弟のことを口にすると、事前に聞いていたのだろう。波瑠は唇を引き結び、それでも言った。

「あれは、仕方がありません。わたくしが、そうであれ、と教育したのですから」

 だから雅昭のせいではない、と彼女は言う。戦国の時代に生きるものとして、彼女は、ちゃんとどうしようもないことを理解している。


「……孝景を城主にはなさらないのですね」


 話を変えるように波瑠は言った。玉江城は、縁側から見える景色が湖だ。太陽の光が反射するそのさまは、単純に美しいと思う。

「……父上が決めた。孝景を城主にするより、私ごと波瑠を玉江城に移したほうが良いと」

「……泰文様とは思えない、甘い判断ですね。わたくしが寝首をかくとは思わないのでしょうか」

 少し、辛辣な、どこかすねたような彼女の言葉。雅昭は苦笑を浮かべた。

「思わないだろうな。あなたは優しいから」

 自分が言われたらしい言葉をそのまま返すと、波瑠はじっと雅昭を見つめた。何だろう、と思っていると。

「……そう言えば、義父上ちちうえと呼んでほしいと言われたのでした」

「そっちか。いや、まあ……父上も内孫だと喜んでいたからな」

 もしかしたら、波瑠を玉江城に戻そうと思ったのも、彼女に子ができた祝いを兼ねているのかもしれない。まあ、それはどうでもよいのだけど。

「そうでした。わたくし、子ができたのです」

 まさに今思い出した、というように波瑠が言った。しっかり者だが、どこか抜けている……というか、天然のきらいがある彼女だ。雅昭は波瑠の正面に座り直しうなずいた。


「ああ。というか、すでに私も言ったしな……」


 つっこみを入れた。雅昭は自分がしっかりしていない自覚はあるが、気になるとつっこみはいれてしまう。


「好きな方との子ができて、生まれ育った城に戻ってこられるなんて、わたくしは幸せ者ですね」


 そう言う割にはどこか陰のある笑みだったが、弟を亡くしたばかりであることを考えれば仕方がない。雅昭は波瑠の頬に手を触れ、「それならよかった」とつぶやくように言うと、その唇に口づけを落とした。


 春が来るころ、この美しい湖の城に、かつての城主波瑠が戻ってきた。だからこの城は、春きたる湖の城なのだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


一応完結です!

波瑠が城を出てから戻ってくるまでの話でした。まあ、事実上、志摩家はおとり潰しですよね……。

あと一本、数年後の文姫視点の話を上げておわります。


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