其の十六
雅昭、人生二度目の玉江城攻略戦である。普通、二度も同じ城を攻略することなど、めったにない。
「まさか、また玉江を攻略することになるとは……」
「俺もまさか、自分が生まれ育った城の攻略戦に参加することになるとは思いませんでした」
孝景の言葉だ。いつも元気な姿しか見たことのない彼だが、さすがに暗い芋持ちだった。彼の感情に釣られるかのように、湖の水面が揺れている。
波瑠は、姉弟の中で孝景が一番力が強いだろう、と言っていた。そんな彼が兄が死に追いやられたという事実に怒り、その怒りが力に変換されていたとしても不思議ではない。
「逆に言えば、今回は玉江城を知り尽くしている私や孝景様が攻略側ですので、さほど手間取らないかと」
悠然と詩が言った。侍女と言う身分で無駄に偉そうであるが、すでに誰もつっこまない。確かに、玉江城を知り尽くしている彼女らが味方であることは心強い。
雅昭は玉江城の目の前に陣を構えていた。波瑠が城主を務めていた時に攻略したときと同じ位置だ。あの時は物量戦を挑んだが、今回はそれはできないだろう。
矢倉氏も、玉江城の堅牢さを理解しているだろうが、同時に籠城戦となった場合の戦いにくさも理解しているだろう。長年玉江城に暮らし、その特徴を理解していた波瑠と、矢倉氏は違う。つまり、波瑠の時に使った戦略は使えないということだ。
「正直、玉江城を爆破してしまうのが一番簡単なんですよね」
「邪法だな」
「わかっていますよ」
藤二郎の過激すぎる発言に、雅昭はツッコんだ。藤二郎も言いすぎだとわかっていたらしく、肩をすくめる。そもそも、湖の近くだ。爆破がうまくいくとは限らない。
だとしたら、正攻法で攻める方がいいだろうか。ただ、問題は、波瑠が手を打っているであろうことだ。詩が派遣されてきたということは波瑠に何かしらの考えがあるのだろうと思われる。彼女の主な戦い方は情報戦であるとのこと。下手な動きをすれば彼女の作戦を邪魔してしまう可能性もある。
「いえ。姉上のことですから、きっと、こっちの動きも想定してますよ」
「私も孝景に同感です。私たちは私たちで最善を尽くすべきですね」
藤二郎が孝景に同意した。さすがに弟である孝景は波瑠の考え方をよくわかっているし、藤二郎の方はやはり、考え方が近いのだろうな、と思った。雅昭はよいしょ、とばかりに立ち上がった。
「では、本格的に城攻めと言うことだな……城攻めは苦手なんだが……」
かといって野戦も得意ではないのだが。しかし、玉江城は輪をかけて攻めにくかったので、どうしても苦手意識がある。
「……城攻めは中から崩すのが一般的ですよねぇ」
孝景が積極的に言った。いつもは暢気な雰囲気を醸し出しているが、やはり、波瑠や弘孝と同じ教育を受けているのだな、と思った。
「そちらについてはお任せください。流言中傷讒言。何でも真実として流して見せましょう」
「いや、それはもう流言に集約できるだろ……」
自信満々の詩に、雅昭はツッコミを入れた。周りがかなりおかしいので、雅昭は少し落ち着いてきた。
気を取り直して、玉江城の攻略である。手始めに、正当に攻めてみることにした。城外からの攻撃である。
一般的に、城攻めは守る側に有利だと言われる。兵法書にもよるが、城を攻めるには防衛側の三倍から十倍の戦力がいるという。しかし、現時点で戦力はほぼ同等である。となれば、攻める側が不利だ。
防衛の兵をいくらか片づけることはできたが、同じくらいこちらにも被害がある。
しかし、その間にも作戦が進行中である。孝景を先導に、湖側から奇襲をかけるのだ。詩は先に城内に潜入している。もしかしたら、彼女が先に玉江城を現在預かっている矢倉氏の家臣川名氏を始末してしまうかもしれない。ここに及んで、詩が忍びであることがはっきりとした。
「そろそろ正午ですね」
「ああ……」
太陽を見上げた藤二郎の言葉に、雅昭も目を細める。ということは、作戦開始時刻だ。
時間通りに爆発が起こった。城の裏側、湖に面している方である。いや、玉江城は三方湖に面しているのだが。一方しか陸地につながっていないので、攻めにくい城である。
だが、この湖上の城は、中に水路が通っているらしい。まあ要するに、生ごみなどを投棄するための穴であったり、水運で物が運ばれてくる場所であったりする。確かに、陸から運ぶよりも水路から船で運ぶ方が楽である。
ここは弱点にもなるので、巧妙に隠されている。実際、一度玉江攻めを行った雅昭や藤二郎も知らなかった。
萩野氏の本隊である泰文の軍は、西山城で足止めだ。このまま雅昭の軍の身で玉江を再び落とすには、この方法をとらざるを得ないと考えた。雅昭だけでなく、藤二郎も孝景も同じ意見だった。
しばらくして、防衛の手が緩んできた。城の中でも煙が上がり始める。孝景たちが暴れている証拠だ。
「こちらも攻撃の手を緩めるな!」
雅昭はこの機会に一気に玉江城に攻め込もうとした。しかし、その前に、わっと一斉に玉江城の中から矢倉の兵士が逃げるように飛び出てきた。さすがに驚いて萩野の兵たちも攻撃の手を緩めてしまった。
「え、何!?」
「大将が驚いてどうするんです! 全員斬り殺しますか、捕まえますか?」
藤二郎に二択を迫られる。逃がす、という選択肢がないのは、逃がしてしまえば挟み撃ちになる可能性があるからだろう。
雅昭が選んだのは、より残酷な方だった。すなわち、城から逃げ出してきたものもすべて殺す方を選んだ。捕らえてしまうと人数が多くなってしまうし、捕虜としてとらえて、中まで入りこまれてから暴れられてはたまらない。現に、混乱した振りをして城の外に出てきて、そのまま反撃に転じたつわものもいる。神経が太いというか、心が強い。雅昭には絶対無理だ。偏見だが、藤二郎ならやるかもしれない。
とりあえず、何が起こったのかの解明は後にして、この混乱に乗じて城の中に乗りこんでしまう。玉江城を預かっていた川名輝彦を捕らえた、と報があったのは、それから間もなく、夕刻になる前だった。今回の玉江城攻めは正味二日で終了した。
「それで、何だったんだ?」
ひとまず玉江城に入る準備をしながら尋ねた雅昭に、思わぬところから返答があった。
「竜神の加護です」
唐突に聞こえてきた女性の声、詩の声に、雅昭だけではなく藤二郎もびくっとした。いつの間に出現した。
「え、お前、どこから出てきたの」
雅昭が何とか尋ねると、詩は「どこからでもいいではありませんか」といつも通り素っ気ない。藤二郎はすぐに切り替えて「加護とは?」と尋ねている。
「勝手に私たちがそう呼んでいるだけですが。彼らは要するに……見たんですよ。幽霊、妖怪、鬼と呼ばれる部類のものを」
かっと目を見開いて言われて、雅昭は少し怖かった。霊感皆無である雅昭は震える声で尋ねた。
「それって……見えるの……」
「玉江城は竜神を祀っているような城ですから、いることにはいますよ。たぶん。ですが、今回は作為的です。孝景様に弘孝様のふりを、原村様の息子に原村様のふりをしてもらいましたから」
「……」
「立派な戦法です。恐怖というものは伝染しますからね」
藤二郎が納得したようにうんうんうなずいて言った。ということは、彼もここまでやるとは聞いていなかったのか……。
つまり、詩たちは死んだはずの人間が生きているように見せかけて混乱を招いた。さらに、人為的に効果音や心霊現象に分類されるであろう物が動く、人が倒れる、などを演出してやれば人々は恐怖する。その恐怖はだんだんと城の中に広まっていく、という筋書きであったらしい。心霊現象を起こすことも、詩ならば難しくなかっただろう。人の暗殺や見られずに昏倒することなど、忍びの専門分野だ。
上のものが慄けば、弘孝たちの顔を知らないその部下たちも、上司の怯えに気付いてやる気をなくす。そうやって、戦意を喪失させていった。
「……まあ、いいや」
そう思った雅昭であるが、正直、玉江城の中に入るのが怖くなってしまった。
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