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其の十四










 泰文の下知を受け取った雅昭は、そのまま事前に整えた軍を率いて玉江城に入場した。出迎えたのは、雅昭も面識がある、波瑠が城主の時代から仕えている原村はらむら和成かずなりという家老だった。この男、最初に尋ねたのが、


「御前様……波瑠姫様はお元気ですか」


 だった。慕われているようで何よりであるが、城中の家臣がそんな調子なので、雅昭はちょっと引いた。いや、慕われているのはいいことだと思うのだが。


「お久しぶりです、雅昭様」


 下座で頭を下げたのは現在の玉江城主弘孝だった。同い年の玉江城主は顔をあげてにっこり笑った。そう言えば、この場合どうなるのだろう。弘孝の姉を、雅昭は側室としているわけだが、雅昭は弘孝の義理の兄と言う考え方でいいのか。それとも、側室だからそうはならないのか。まあ、考えても答えが出ないので置いておく。

「早速すまないが、玉江城に対矢倉氏の本陣を構えたい。……面倒に巻きこんですまないが」

「いいえ。そちらが攻めてこなければ、矢倉の方が攻めてきたでしょうから、結局は一緒ですね」

 こういう肝が据わったところ、というか、発言に遠慮がないところが波瑠と似ている。ここはかつての波瑠の城であるが、彼女は北水きたみ城で留守番だ。どうしても、彼女を連れてこられなかったわけがある。いや、連れてきても良かったのだけど。

 雅昭と藤二郎の二人が北水の城を空ける。藤二郎の父重成が残ってはいるが、波瑠も残ってくれると心情的に安心なのである。これには藤二郎も全力で同意した。


 実際、戦に出ている間に居城が狙われるということは多い。その際、波瑠が城に残っていれば安心である。彼女は籠城戦の強さに定評があった。つまり、波瑠は雅昭たちが安心して戦うためにおいてこられたのだ。

 早速、玉江城でも軍議を開いた。参加者は、雅昭が連れてきた家臣団と玉江の家臣団、半々と言ったところか。玉江の家臣たちは温厚……というか、領主の方針にちゃんと従っているため、武力で志摩氏を制圧した萩野氏である雅昭たちにも礼儀正しい。その家が持つ特色なのだろうが、やはり、志摩氏は独特だと思った。


「早速ですが、矢倉の言い分を調べました」


 発言を許可された弘孝はそんな事を言い出した。どうやら、北水城より矢倉氏の領地に近い玉江城では、雅昭たちよりも早くその動きを察知していたため、こっそり忍びを放つなどして調査を進めていたらしい。こういうところが、小大名でありながら長く土地を守ってこられた要因なのだろうなぁと雅昭はこっそり感心した。

「何か分かりましたか?」

 報告するということは、わかったから報告するのであるが、藤二郎はあえて弘孝に尋ねた。弘孝はうなずく。


「ええ。どうやら、矢倉の皆様は、うちの姉上が雅昭様の側室になったことが気に入らないようですね」


 と、予想していた通りの答えが返ってきた。弘孝はもう少し深く突っ込んで調べており、矢倉氏いわく、雅昭は波瑠を側室にして、矢倉の姫である文をないがしろにするようになった。波瑠は雅昭に気に入られていることを鼻にかけ、文姫を追い落とそうとしている……というようなことだった。

 馬鹿じゃないのか、と思う。そんなことを言う連中は、波瑠と文姫の中の良さを見てみるといいのだ。波瑠と文姫には十六歳という年の差がある。波瑠と文姫がお互いに緊張感を持つには、少々年が離れすぎている。

 しかしまあ、この年の差がもう少し近ければ、ありえない言い分ではないな、と思う。現状として、雅昭は文姫を妻としていまいち認識できないのに対し、波瑠のことは妻であると認識している。ひとえに文姫が子供で、波瑠がおとなであるせいだが、文姫が十代前半だったなら、波瑠との間に緊張感が生まれていても不思議ではない。

 だがまあ、これは仮定の話であり、現実の話に戻す。事実がかなりゆがめられているが、まあ、言い分としてはまかり通るだろう。矢倉氏が大大名であるのに対し、志摩氏は小さな小大名であるからだ。力関係はこういうところにも関係してくる。

 となれば、これを理由として、矢倉氏はやはり、都への道を確保したいのだろう、と考えるのが自然だ。玉江を落とし、ついでに北水のあたりまで落とせれば最高だが、玉江さえ落とすことができれば当座の目的は完遂する、と見て言い。

 ということは、やはり玉江が最終防衛線となる。難儀な城だ、この玉江城も。


 弘孝は、萩野氏が攻めてこなくても、いずれ矢倉氏が攻めて来ただろうと言ったが、今回の侵攻は、萩野氏が志摩氏を攻め落としたことが原因の一つだろう。つまり、『玉江を護る志摩氏を攻め落とした』という実例が出てしまったのだ。波瑠、その前の当主雪路などが戦上手だったためか、『水の神を祀る志摩氏には手を出さない』というような不文律が大名間にはあった。それを、萩野氏が破ってしまったのだ。

 志摩氏は水の神を祀ると同時に、航路、旅路の安全を守る。彼らが怒れば、人々は移動中に禍に見舞われることだってありうる。

「矢倉当主は、文姫を足掛かりに萩野を掌握することを狙っていた、ということか?」

 雅昭が自分の考えを伝えると、藤二郎は「どうでしょうね」と肩をすくめた。

「文姫は、現在の矢倉の当主の側室の子です。取り込みを考えるのなら、正室の子を送り込んでくるでしょう。まあ、正室の娘は既に二人とも嫁いでいますが、下の子なら雅昭様と二歳違いですし、文姫よりも雅昭様とつり合いが取れますからね」

 と、藤二郎が冷静に言った。確かに、雅昭より十歳年下の文姫とよりは二歳差の姫の方がつり合いが取れる。


「矢倉の現当主は子だくさんで知られますからねぇ。あちこちの大名に自分の娘や息子を嫁がせたり、婿に出したりしています。文姫様のことも、保険だったのかもしれませんね」


 にこっと笑った弘孝が落ち着いてそんなことを言った。うちの姉上も矢倉氏との縁談があったのですよー、と弘孝が教えてくれた。まあ、彼らの叔母雪路が「あり得ない!」と却下したそうだが。

「ま、婚姻は領土拡大の常套手段ですからね。今は、目の前に迫っている矢倉氏の軍のほうが問題です」

 きっぱりと藤二郎が言い切った。雅昭や弘孝たちもうなずく。

「ああ。ではどうする? 正直、玉江城に籠城するのは現実的ではないだろう? 矢倉の本陣をたたく必要がある」

 立てこもるのは得策ではない。波瑠は、玉江城はある意味最高に籠城に向いている、と言っていたが、できるなら避けたほうが良い。堅牢で、戦の構えもできている玉江城だが、湖の上にあるという以上、交通の便が悪いのだ。水の上は見晴らしがいいため、補給をしようにもすぐに見つかってしまう。

 というわけで、打って出る方が現実的だと雅昭は思ったわけだ。藤二郎も同意見でうなずいた。

「それが良いでしょう。この辺りは平野が少ないですから、宇摩川のあたりで迎え撃ちたいところですね」

 宇摩川を挟んでの戦となるだろう、というのが藤二郎の見解だった。地図を見て雅昭も納得した。


「なるほど。北水にも、できれば近づけたくないからな……」

「いったんそちらは忘れましょう。父上も波瑠様も準備万端で待ち構えていますからね」


 たとえ藤が情報を流そうとも、彼女はうまく立ち回るだろう。弘孝が「姉上がいるのなら心配ないですね」と平然と言った。この信頼感はすごい。

「では、弘孝殿に玉江城に残っていただき、後詰を頼みましょう。我らは宇摩川に向けて進撃。できれば、宇摩川の手前の平原、唐ノ原からのはらで挟撃したいところです」

 藤二郎がつらつらと述べる。自分よりも藤二郎の戦術を信頼している雅昭は、藤二郎の説明を聞きながらうなずいた。

「わかった。私はそれでよいと思う。弘孝殿も構わないか?」

「もちろんです」

 弘孝はやはり微笑んだまま言った。それから集まっていた家臣たちに役割を告げ、軍議が解散となった後、弘孝はその笑顔のまま尋ねた。


「それで、姉上はお元気ですか?」









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。



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