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其の十二










 ことは、年が明け、雪があらかた融けたころに起こった。

「……矢倉やくら氏が宇摩川うまがわ城を落とした?」

「はい」

「なんで?」

「……どうしてそんなに暢気なのですか」

 報告を受けた雅昭ののんきさに、藤二郎が顔をしかめる。そう言う彼だって冷静だが。

「いや、現実として受け入れられず……父上もこのことを?」

「那賀城にもすでに伝令を出しております」

 落城した宇摩川城は父泰文の居城・那賀城からよりもここ北水きたみ城からの方が近い。もっと正確に言えば、志摩氏の居城である玉江城の方が近い。


 那賀城に知らせが着いたとしても、実際に動くのは雅昭になりそうだ。拠点が近いからである。早馬で向かったとしても、伝令が到着するのは明日になるだろうし。

「……先に、戦準備を始めておこう」

「御意に。場所が場所ですので、弘孝ひろたか殿と、できれば波瑠様のお力をお借りしたいところですね」

「……そうだな。波瑠には私から話しておく」

「弘孝殿には、孝景を通して話を持っていきましょうか」

 その方が、たぶん角が立たない。志摩氏の姉弟きょうだいは協力的なので、たぶん、藤二郎が直接玉江城主弘孝の元へ行っても話を聞いてくれるだろうけど。ただでさえ、自分の領地が狙われるかもしれない事態なのだ。


「それで、なんでいきなり矢倉が攻めてきたんだ?」


 矢倉氏と言えば、雅昭の正室文姫の出身家でもある。矢倉氏は萩野氏と領地を接する強大な大名であるが、それ故に交流がある。雅昭が矢倉から正室をもらったように、矢倉の嫡男の正室は雅昭の異母姉である。あけすけに行ってしまえば、それぞれ裏切らないように人質を差し出したのだ。なのに、それを無視して矢倉は攻めてきた。


「単純に考えれば、都までの道のりを確保したいのかもしれませんが……」


 そんな理由で玉江を落とした雅昭たちだから、絶対にありえないと言い切ることはできなかった。

「文姫のことは? 何か言ってきているのか?」

「……一応、離縁を言い渡されておりますが、言う前に攻めてきていますからね」

 藤二郎が呆れたように言った。その矢倉の対応からわかる。文姫は切り捨てられたのだ。もはや、人質としての役目を果たさないという意味でもある。雅昭はため息をついた。

「……できれば、玉江まででとどめたいな」

「波瑠様には申し訳ありませんが、そうですね」

 藤二郎も同意した。矢倉からこの北湖ほっこ地域に攻め込もうと思ったら、どうしても玉江が玄関口になる。玉江はどこに行くにも通らなければならない場所だった。実際、関所もあるし。


「もし、失礼いたします」


 波瑠の声だ。襖を少し開き、顔をのぞかせている。一応密談中だという配慮はあるらしい。あるらしいが、遠慮なく襖を開けているけど。

「波瑠。ちょうどいいところに。どうした?」

 こちらも用があるが、波瑠がこんな不調法なことをするのだから、何か緊急なのだろうと思い、雅昭はまずそう尋ねた。


「申し訳ありません。何やら不審人物に襲われたので、撃退してしまいました」

「……」


 雅昭と藤二郎は顔を見合わせた。どこからつっこむべきか。まず、目の前のことか。

「……すでに密偵がこの城に侵入しているということか」

「可能性は考慮していましたが、波瑠様を排除しに来るとは」

「あ、いえ」

 波瑠が藤二郎の言葉に待ったをかける。二人の目が波瑠の方へ向いた。


「……襲われたのは、文姫様なのです」

「……」


 再び沈黙。つまりなんだ。矢倉氏が自ら矢倉の姫を殺めることで、萩野氏に攻め入る正当性を主張しようというのだろうか。素晴らしいまでの自作自演である。

「念のため、詩を文姫様の側に残してきておりますが」

「……わかった。実は、波瑠。矢倉氏が攻めてきて、先刻、宇摩川城が落とされた」

「……そうなのですか。宇摩川城が……」

 かつて自分が暮らした場所の近くの城が落ちたことが不安なのだろう。さしもの波瑠も顔をしかめた。頬に手を当てる。

「妙だとは思ったのです。文姫様を襲った忍びを検分したのですが、どうも持っている装備が矢倉氏のもののようだったのですよね……見かけ上、志摩氏の忍びのように見せかけていましたが」

 そんな状況ではないが、雅昭は思わず言った。

「波瑠……何してるんだ……」

「申し訳ありません。癖でして」

 まあ、かつて玉江の城主だった女だ。命を狙われたこともあるだろう。相手の情報を得ることは重要だ。波瑠はそれをよくわかっている。


「……文姫のことはこちらでも気を配っておく。それで、我らは矢倉氏に対して防衛線を張ることになるのだが……」


 さすがに言いづらく、言葉を切ってしまったのだが、波瑠は察して自分から言った。


「玉江が最終防衛線となりますね。矢倉氏が宇摩川城を攻め落としたのなら……」


 宇摩川城は今は萩野氏の領地内であるが、かつては別の大名の領地だった。その大名は既に滅んでいる。雅昭の父泰文が攻め滅ぼしたのだ。そして、かつて玉江は宇摩川を領地とした大名と戦をしたことがあったはずだ。年齢的に、波瑠が参加していてもおかしくない。

「波瑠には玉江城での防衛戦の経験があると考えていいな?」

「ええ。わたくしと雅昭様が戦った時も防衛戦です。宇摩川とも戦ったことがあります。以前お話ししたわたくしが嫁ぐ予定だったところですね」

「そ、そうか」

「ええ」

 波瑠はしれっと、大したことではないように言った。たじろぐ雅昭に、波瑠は少し笑う。

「頼りにしてくださいますか?」

「……いつもそうしている」

 嬉しそうに笑う波瑠は、いつもの大人びた女性ではなくただの少女のようだ。しかし、感動している場合ではないので藤二郎が容赦なく介入してくる。

「邪魔をしてしまって申し訳ありませんが、話を進めてよいですか? できれば玉江城を陣としたいので、協力をお願いしたいのですが」

「構わないと思います。と言いますか、それはわたくしではなく弘孝に言うべきですね。おそらく、わたくしと同じ返答をするでしょうが」

 現在の玉江城主・弘孝も同じ判断をするだろう、ということだ。何しろ、目の前まで危機が迫っている。神官の役割の強い志摩氏は争いを好まないというが、自分たちが危険にさらされればそんなことは行っていられない。今雅昭の目の前にいる波瑠が良い例だ。


 ふと雅昭は思った。波瑠に采配を任せることはできないだろうか。そう言うと、波瑠は苦笑し、藤二郎に「馬鹿ですか」というような顔をされた。

「さすがに遠慮させていただきます。わたくしは今、雅昭様の一側室にすぎませんから」

 でも、知恵をお貸しすることはできるかと思います、と波瑠は前向きに請け負ってくれたので、ちょっとほっとした。何だろう。波瑠が来てから彼女に頼ってしまっている気がする。


「そうではないと思います」


 波瑠はきっぱりとそう言った。彼女は小首を傾げて微笑む。

「失礼を承知で申し上げますが、雅昭様はご自分に足りないところを、藤二郎殿やわたくしで補おうとしているのですよ。自分が絶対だと信じて誰も寄せ付けない者も多いですが、わたくしは雅昭様のような考え方の方が好きです」

「そ、そうか」

「はい」

 雅昭、照れて笑う。波瑠、年上の貫録かにっこり笑う。藤二郎がぱん、と手をたたいた。

「そう言うのはことが片付いてからにしてください。雅昭様は波瑠様と確保したという忍びの確認をしてきてください。私は孝景の元へ行ってきます」

「そ、そうだな。わかった」

 雅昭はうなずくと、立ち上がる。波瑠も立ち上がったが、彼女はふらりと倒れそうになった。あわてて雅昭と藤二郎の二人がかりで支える。

「大丈夫か?」

「少しめまいがしただけです。大丈夫です」

 心配には及びません、と言った波瑠は確かに自分の足で立つと、言った。


「では、行きましょう、雅昭様」










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そろそろクライマックス。


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