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其の十一










 藤二郎が波瑠の協力を得て早急に復旧計画を立てたためか、雪が降り始める前には堤防は最低限、完成していた。土砂崩れの方は、どうしても人海戦術になるので、まだ途中であるが。

 とりあえず、安全の確認はされたので、雅昭たちは城の本丸に戻ってきていた。その縁側に見知った人影を認めて声をかける。


「寒くはないのか」


 縁側からちらちらと儚げに降る雪を眺めていた波瑠に、雅昭は声をかけてその肩に綿入れをかけた。波瑠が振り返り、雅昭に礼を言った。

「ありがとうございます」

「いや。いよいよ降ってきたな」

「ええ。どおりで肌寒いと思いました」

 実際は肌寒いどころの寒さではないのだが、波瑠はそう表現した。雅昭は彼女の隣に座る。寒いからか、波瑠が少し雅昭の方に身を寄せた。


「積もると思うか?」


 雅昭も波瑠を抱き寄せて暖をとりながら尋ねた。波瑠は「どうでしょうね」と苦笑する。顔は見えないが、笑ったのはわかった。

「一晩このまま降り続けば、積もるでしょうね。当たり前ですけれど」

「そうだな」

 ゆったりとした時間が流れる。冬場はできることが少ないから、必然的にのんびり過ごすことが多くなるのだ。この冬は波瑠に兵法でも教えてもらおうか。将棋や囲碁を教えてもらうのもいいかもしれない。藤二郎もなかなかの囲碁の腕を持つのだが、彼に言わしめて「勝てる気がしない」のが波瑠なのだそうだ。ちなみに、雅昭はそこそこうてるがそこまで強くないのでそれがわからない。


 人肌の暖かさのせいか、波瑠がうとうとしてきた。いや、さすがにこの縁側で眠ると風邪をひくだろう。雅昭は波瑠をゆすり起こした。

「波瑠、中に入って白湯でももらおう。手が冷えているぞ」

「……そうですね。このままでは凍死してしまうかもしれません」

 まじめな顔でそんなことを言うので、本気なのか冗談なのか、いまいち判別がつかなかった。

 葛湯で体を温めていると、文姫がやってきた。冬でも彼女は元気である。

「はるさま! ゆきがふってきました!」

 相変わらず、文姫は波瑠になついている。本当に母娘のようだ。雅昭まで微笑ましくなってくる……現実は正妻と側室だけど。

 以前、ちらっと波瑠に文姫をどう思っているのか聞いたことがある。彼女は平然と可愛い、と答えた。


「あれだけ懐かれれば、悪い気はしませんよね」


 と、彼女はにっこり笑ったものだ。まあ、このまま仲良くしてくれるのであれば、雅昭としてもありがたい。

 文姫が波瑠の葛湯を少しもらって口をつけたが、口に合わなかったのか唇を尖らせた。波瑠は苦笑を浮かべて文姫の口元をぬぐうと、自分の御茶請け代わりにもらった干し柿を彼女に与えた。文姫が小さな口でもぐもぐする姿は、小動物のようでかわいらしい。


 干し柿を食べ終えると、文姫はそのまま波瑠の膝で寝息をたてはじめた。波瑠がその小さな頭を優しく撫でる。雅昭は片膝を立ててそこに頬杖をついでそれを眺める。

「前から思っていたが、手慣れているな」

「弟たちの面倒を見ていましたから」

「私に対するものも、その延長線か?」

「……そうです、と答えたら嘘になってしまうでしょうね」

 意地悪な答え方だった。そんなことを言われると、『特別』であることを望んでしまう。雅昭は波瑠の側に座りなおした。

「よく寝ているな」

「ええ。もう少ししたら起こさなければなりませんね。夜に寝られなくなってしまいます」

「そうだな」

 雅昭は文姫の頭を撫でる。本当に娘を見ているような気分だ。まだ子供らしい丸い頬をつつくと、顔をしかめてむずがった。寝返りを打って波瑠の方を向いてしまう。波瑠が雅昭よりも優しい手つきで文姫の髪を撫でた。

 雅昭は波瑠の肩を抱き寄せると、その頬に口づけた。寝ているとはいえ正室の前であるが、たぶん、大丈夫。たぶん……。


 波瑠は数度瞬きして雅昭を見つめると、文姫の肩をゆすった。

「文姫様、起きてください。夜眠れなくなりますよ」

「うう~。ねむいの~」

 ぐずる文姫に、波瑠は言った。

「文姫様、貝合わせでもして遊びましょう」

「……やる」

 文姫はむくっと起き上がると、波瑠と手をつないで自分たちの居室に戻って行った。少したってから、自分も参加していいか聞けばよかった、と思った。

















 翌日。本当に雪が積もった。それほど大雪ではないが、足首まで埋まるくらいの雪である。早急に目を通せと言われた報告に目を通した後、雅昭が簀子に出ると、文姫と波瑠が雪で遊んでいた。うたも参加しているが、藤は見当たらない。と思ったら、雅昭がいるのとは反対側の簀子でじっと文姫の様子を見ていた。ひとまず、彼女は無視する。


「楽しそうだな」


 足袋を履いてから草履に足を入れ、雅昭は庭に降りる。一緒にいた藤二郎は少し呆れた表情をしたが、止めることはなかった。そのまま彼は藤の元に向かったようだ。


「まさあきさま!」


 文姫が嬉しそうに声を上げる。かなり着こんでいるが、手と鼻は真っ赤になっている。波瑠も同じ条件のはずなのに、彼女は手がかじかんでいるだけの様子だ。


「はるさまとせつぞうを作っていたんです!」


 と、文姫は自分が作った雪うさぎを見せてくれる。形が多少いびつだが、うさぎだとわかるくらいの出来栄えだ。

「ほう。よくできているな」

「えへへ~」

 可愛い。波瑠も彼女にしては緩んだ表情をしていた。文姫の頭を撫でてやる。

「雅昭様は、お仕事はもうよろしいので?」

「いや、実はまだ終わっていない。少し休憩だ」

 波瑠の問いかけに、雅昭はそう答えた。波瑠は目を細めて微笑む。

「お疲れ様です」

「代わりにやらないか?」

「嫌です」

 きっぱりと言われた。たぶん、波瑠の方がうまくやるような気がするのだが。

「やってもいいですが、ここは雅昭様の城ですから」

「……そうだな」

 雅昭もわかっている。言ってみただけだ。波瑠は城の奥を取り仕切ってくれているのを雅昭だって知っている。そんな彼女に、これ以上負担をかけたくはない。

「……波瑠には感謝しているんだ」

「なんですか急に。お役にたてているのなら光栄ですが」

 波瑠が驚いた表情で言った。そこに、文姫が介入してくる。

「まさあきさまばっかり、はるさまとはなしててずるい!」

「え、あ、すまん……」

「……そこは怒るところでは?」

 波瑠から冷静な指摘が入った。確かに、そうなのかもしれない。いろんな意味で。

「二人とも、そろそろ中に入ればどうだ。気づいていないかもしれないが、二人とも冷えているぞ」

「そうですね。文姫様、行きましょう」

 波瑠が文姫の手を引く。雅昭は文姫を抱き上げた。前より少し重くなった気がする。彼女も日々成長しているのだ。


 簀子に上がると、雅昭は詩に白湯を頼んだ。詩は軽く頭を下げると、「お二人とお願いします」と言って白湯をもらいに行った。相変わらず彼女は波瑠第一主義のようだが、その中に文姫も含まれているのだろうか。いや、波瑠が可愛がっているから気にしているだけのような気もするけど。


「雅昭様。詩が戻ってきたら、執務再開しますから!」


 藤二郎がそう言って先に執務室に使っている部屋に戻って行った。一応、詩に頼まれたので、藤二郎も気を使ってくれたのだろう。

 波瑠が文姫の冷えた着物を脱がせる。かなりの枚数を着せていたらしく、三枚脱がせてもまだ小袿にたどり着かない。それから波瑠は温めておいた袿と綿入れを文姫に着せた。本当に母親のようである。見ているととても和む。

「お待たせいたしました」

 詩が白湯を持ってやってきた。波瑠と文姫に器を渡してから、彼女は雅昭に言った。

「雅昭様。藤二郎様が呼んでおられましたよ」

「……わかった」

 雅昭はため息をついて立ち上がる。詩を使って念押ししてくるとは。波瑠がそのしょぼくれた背中に「行ってらっしゃいませ」と半笑いで声をかけた。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


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