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其の十









 様子を見に行くと、文姫は既に寝ていて、邪魔するなと言われた。とりあえず寝顔だけ確認して今度は波瑠の元へ向かう。


「起きていたか?」

「寝ていました」

「正直だな」


 一応尋ねたが、その眠そうな顔は絶対寝ていたなと思う。起こしてしまった。申し訳ない。

「雅昭様、お疲れでしょう。寝ますか?」

「自分が眠いだけだろう」

「よくお分かりで」

 雅昭は眠そうな波瑠に近づくと彼女を抱きしめて背中をぽんぽんとたたいた。

「……なんですか」

「いや、昼間、怖がっていただろう」

「……わたくし、子供ではないのですが」

「大人だろうが子供だろうが、怖いものは怖いだろう」

 自分も怖かったし、と雅昭。波瑠はその言葉に少し笑うと、ぎゅっと雅昭にしがみついた。肩に顔をうずめる波瑠は、やはり怖かったのだろうか。少し震えていた。まあ、笑っているだけの可能性もあるけど。

「あの……今日、一緒にいてくれませんか」

「……そのつもりだけど」

「いえ、そうではなくて……」

 少し体を離した波瑠が少し赤い顔をしている気がして、さすがに雅昭も察した。そう言えば、そう言う意味で一緒に寝たことはなかったか。


「あ」


 恥じらっていた波瑠が声を漏らす。その瞬間、かすかだが地面が揺れた。雅昭の着物をつかむ手に力が入ったから、やはり怖いのだろうと察した。

「……波瑠殿は揺れる瞬間がわかるのか?」

「は? ああ……そうですね。直前に『揺れるな』というのはわかりますが、それだけなので役には立ちません」

 叔母のように先見の力であればお役に立てたのですが、と波瑠は雅昭から離れようとした。だが、雅昭は逆に力を籠めてそれを阻止する。


「あなたの価値は、そんなもので測れるものではない」


 たぶん、雅昭は波瑠にそんな力があろうとなかろうと、彼女を好きになっただろう。そう思って、ああ、自分は波瑠が好きなのか、と思った。

 波瑠が、笑った気配がした。自分の思いが読み取られたのだろうか、と少しギクッとする。


「ありがとう、ございます」


 志摩の一族に生まれ、当主となりながらもその神官としての力が弱い波瑠は、それに負い目を感じていたのだという。

「叔母に任されたことを全うできなかったのは残念でしたが、雅昭様や文姫様にお会いできて、とてもうれしいです」

 雅昭はこの年上の元城主の女性をとてもかわいらしい人だと思った。きれい系の顔立ちは大人びているし、実際にしっかり者だと思うのに。

 雅昭は波瑠から少し身を離すと顎に指をかけ心もち上向かせた。波瑠の方が六歳年上だが、さすがに視線は雅昭の方が高い。そんなことを思いながら、彼は波瑠に口づけた。
















 翌日。本当に各地から情報が集まってきた。やはり、それなりの被害は出ている。家臣の屋敷もいくつか崩壊したところがあり、家族が亡くなった、というものもいた。だが、一番の問題は。

「堤防が決壊したって、冗談だろ……」

「こっちは山崩れですね」

 藤二郎もうんざりとした様子で言った。これに対処していかなくてはならない。早急に手を打たなければ、二次災害に発展する。


「堤防とか、波瑠様なら何かご存じないですかね」

「まだ寝てる……」


 雅昭も同じことを思って、一応様子を見に行ったのだ。そうしたら、まだ寝ていた。起こすのもかわいそうでそのままにしてきた。

「……まあいいですけど。昼までには起きてくるでしょうし」

 藤二郎に睥睨されながら言われた。相変わらず慇懃無礼だ。別にいいけど。

「とにかく、采配は私と父でやっておきますから、雅昭様は通常業務をお願いします」

「りょ、了解。お願いします……」

「なんでそんな卑屈なんですか」

 藤二郎の口調がきついからです。とは言わなかったけど。とにかく、地震の処理は藤二郎に任せ、雅昭は通常業務を行う。確かに、藤二郎の方が頭がいいので、その方が良いだろう。


 だいぶ日が昇ったころ、波瑠が起きてきた。文姫も回復しているが、念のため今日一日は安静にしているように言われてふてくされていた。

「およびと伺いましたが」

 雅昭が二の丸で執務用に使っている部屋に波瑠が尋ねてきた。長い袿の裾を払って下座に着く。藤二郎がちらっと雅昭を見た。聞け、ということなのだろう。

「……波瑠殿は、治水工事などの知識はあるか?」

「湖のふもとを領地とする一族として、それなりの知識はありますが」

 波瑠は小首を傾げながら答えた。別の視点からの意見も大切である。

「では、少し協力してほしい。実は、堤防が決壊してしまって……」

「それは大変ですね」

 治水と堤防は少し違う気がするが、まあいいか。何かの参考になるかもしれない。そちらは藤二郎と波瑠に任せ、とにかく雅昭は目の前にある通常業務である。


 雅昭が悪戦苦闘している間に、藤二郎と波瑠は協力して次々と復興計画を立てていく。それを横目で見ながら、雅昭は文机の上に伸びた。

「お疲れですか?」

 波瑠が伸びた雅昭に気付いて苦笑気味に近づいてきた。彼女のそう言う気遣いを見ると、まだまだ自分は子供なのだな、と思う。

「いや……二人はすごいな、と思って」

 起き上がって片手を畳につく。体が傾いただらしのない体勢ではあるが、許してほしいと思った。


「雅昭様も良く頑張っていらっしゃいますよ。やはりお疲れなのです。何か、甘いものでもいただいてまいります」


 波瑠がそう言って立ち上がった。すると、ひっそりと控えていたうたが彼女について行った。

「……詩は、忍びなのだろうか」

「まあ、可能性は皆無ではありませんけどね」

 ぽつりとつぶやいた言葉に思わず反応があって、雅昭は藤二郎を見た。藤二郎は顔を上げずに言う。

「そもそも、家から連れてきた侍女が一人だけ、というのも変わった話ですからね。他の例が皆無ではありませんから何とも言えませんが、波瑠様は玉江の城主でしたから。護衛として、忍びをつけていても不思議ではありません」

 雅昭は身震いした。確証のないことであるが、詩が波瑠を大切に守っているのは確かだ。雅昭が彼女に対し、彼女の不都合になるようなことをした場合、詩に暗殺される可能性もある、ということだ。

「……どうかされたのですか?」

 お盆片手に戻ってきた波瑠が雅昭たちの様子を見て小首をかしげた。雅昭は首を左右に振る。

「いや、なんでもない。大丈夫だ」

「それならば、よいのですが」

 まだ疑っているような様子で波瑠は言うと、雅昭の前に落雁の乗った皿を置いた。その瞬間、彼女は目を閉じた。そのまつ毛がふるりと震える。

「……揺れたか?」

「はい……ほとんど感じられない程度ですが」

 波瑠がうなずき、揺れが収まったのだろう。立ち上がって落雁の皿を藤二郎の前にも置いた。

「ありがとうございます。まだ余震が続いているのですね」

 藤二郎はそうつぶやくと、波瑠に尋ねた。

「志摩氏は水の神を祀る一族ですが、波瑠様は土の性が強い、ということでしょうか」

「……一族以外の方に指摘されたのは、初めてです」

 波瑠が冷静に答えて、藤二郎から少し離れた。どうやら、藤二郎の指摘は正しいようだ。


 波瑠が自分で言っていたように、彼女はあまり霊的な力が強くないらしい。本人も、『あ、地震が来る』と直前にわかる程度、と言っていたし。

 力があればあったほうがいいのかもしれないが、なくても波瑠の価値は変わらない。

「土の性が強いから、治水にも詳しいのか?」

「いえ、それは全く関係ありません。どちらにしろ、わたくしの力は弱いので」

 雅昭の素朴な疑問に波瑠は答えた。雅昭は「そうか」と言うしかない。やはり、彼女の知識は単純に「知識」であるらしい。

「まあ、それはどちらでもよいです。そう言った霊的な力がなくてもできる、というのであれば、逆に好都合。もう少しご協力ください」

「わたくしで良ければ、喜んで」

 波瑠は藤二郎にうなずくと、二人で堤防の再建計画を立て始めた。雅昭はやっぱり疎外感を覚えながら、小さな落雁を口の中に放り込んだ。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


そういえば、これは恋愛ジャンルだったと思い出す。


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