其の壱
新連載です。ゆるーく読めるかただけお願いします。なんちゃって戦国時代ですが、ほぼ異世界です。日本の歴史ではありませんのでご注意を。
「……ここまでのようね」
玉江城の天守から地上を見おろし、玉江城の城主・志摩波瑠はつぶやいた。一度目を閉じ、それから目を開くと、背後を振り返った。
「降伏します。萩野陣営に使者を送りなさい」
「は……。しかし、御前様」
「いいから行きなさい、和成。わたくしはこれ以上、犠牲を増やすつもりはないわ」
「……御前様がそうおっしゃるのならば」
筆頭家老の原村和成は、波瑠の前を辞すると伝令を出しに行った。波瑠はそのまま城下の戦いを見つめる。
玉江の平和な時間は終わってしまった。そのことを強く感じた。
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湖のほとりにある領地、玉江。この国最大の湖の東に位置する玉江は、昔から都へと続く通り道だった。そのため、玉江の領地に入るときと出るときのために関所が用意され、そこで身分を照合され、通行料を払うことになる。
それを嫌がった湖の北に位置する北湖地域を治める萩野氏は、玉江に攻め入った。名目としては、萩野氏が都に上がるのを阻止している、という名目だった。言いがかりだ。
まあ、萩野氏としても落とせればよいが、落とせなくても問題ない、くらいの認識であり、玉江攻めの総大将は萩野氏の当主泰文の息子、雅昭に任せられていた。
だがなぜか、みなやる気に満ちていた。この頃、戦が少なかったせいだろうか。そして、湖の中に建つ城、玉江城は陥落した。
玉江の領主の選び方は変わっている。たいていの領主は長子の男子、もしくは正室が生んだ男子がその地位を継ぐ。しかし、玉江を治める志摩家は、必ずしもそうではない。
志摩家は、水の神をまつる一族だ。それが関係しているのだろうが、一族の中で最も優れた人物が領主となるらしい。その優れた人物とは、たいてい、霊力のある人物であるらしい。
例えば、先代の領主は女性で、先見の力があったとの話だ。そんな具合に男女の関係もなく、玉江の領主は選ばれる。現在の領主も女性で、先代の領主の姪だと聞いている。
「湖の城か……美しいものだな」
「だいぶ黒ずんでますけどね」
側近の日下部藤二郎が冷静に言った。確かに、かの城は白亜の城だと聞いたことがあるが、戦の影響だろうか。壁が少し黒ずんでいる……気はする。
「城の鑑賞もいいですけど、中の人のことも考えてくださいね。玉江の領主は代々食えない人間ですから」
「そうだな……」
霊力があると言う人間が、まともなはずはないと、雅昭も藤二郎に同意した。とにかく、城の明け渡しが先だ。城の観察は後。
「お初御目文字仕ります。玉江城城主、志摩波瑠と申します。ようこそおいでくださいました」
あ、これ絶対嫌味のやつ。さすがの雅昭でもわかった。上座に座す雅昭は、まじまじと玉江城城主・波瑠を見つめた。
なかなか顔立ちの整った女性だ。年齢は雅昭より上、おそらく二十代前半くらいだろう。つややかな黒髪に白い肌。きりっとした顔立ちが割と雅昭の好みだった。
「何か?」
すっと切れ長気味の目が細められ、波瑠が言った。雅昭は「いや」と首を左右に振る。
「降伏条件、確認いたしました。問題ありません」
さっくりと彼女は降伏条件を飲んだ。となると、することがないのだが。
「あ~。では、城主殿には私たちと共に来てもらう。この城は、城主殿の弟君に譲ることとなるが……」
「問題ありません。五日以内にすべて終わらせます」
「そ、そうか」
てきぱきとした波瑠に、雅昭は押され気味である。
領地は召し上げられ、小さいながら独立を保っていた玉江は、萩野家の領地に一部に組み込まれる。しかし、これは萩野氏が都への道を確保するために無理やりこじつけで侵攻したもの。志摩氏が取り潰されることはなく、波瑠の弟、弘孝が彼女の代わりに城主となるだろう。
この玉江の地から、志摩氏を引き離すのが怖い、というのもある。水の神をまつる志摩氏。万が一水の神を怒らせるようなことがあれば、この国は滅んでしまうかもしれない。
その日、雅昭は玉江城に宿泊した。念のため、周囲は萩野の兵で固めたが、志摩氏は寝首をかいてくるようなことはなかった。
そして、玉江城明け渡しの日。今日で城主の地位を弟に譲ることになる波瑠の姿が見えず、雅昭は会談中の弘孝に尋ねた。
「すまん、弘孝殿。波瑠殿は?」
「ああ。姉上なら祠にいると思います」
「祠?」
聞き返したのは藤二郎だ。弘孝は「ええ」とうなずく。
「水の神をお祭りする祠です。我が志摩家は、水の神をお祭りする一族でもありますから」
「……それは、波瑠殿がいなくなっても大丈夫なものなのか?」
「ええ、まあ……儀式のやり方は僕も知っていますし、城主の霊力が足りない場合は、今までも補佐をつけていましたから。今回もそうなるかと」
「……そうか」
志摩氏も古い一族だが、だからこそ対応策などは一応あるらしい。とりあえずこちらは心配しないことにして、波瑠がいるという祠に案内してもらった。これは単なる興味だ。
「姉上」
「……弘孝」
祠の前に立っていた小袖に袿を羽織った姿の女性は、弘孝を見て眼を細め、その後に続く雅昭と藤二郎を見た。優雅に一礼する。
「雅昭様、藤二郎殿。御足労いただき、申し訳ありません」
「いや、構わない」
雅昭は首を左右に振って、祠とその先に見える湖を見た。美しい景色だと思う。
「私も見ておきたかった場所だからな」
そう言うと、波瑠が少し笑った気がした。瞬きする間に表情が消えてしまったので、見間違いかもしれないが。
「これが水の神をまつると言う祠か」
「ええ。ここの水の神は龍の姿をしていると言われます。たいていは蛇なのですけれど、古くからある聖域だからでしょうね」
波瑠が穏やかな声で話す。そんな歴史ある場所の領主を、雅昭たちは奪ってしまう。無性に謝りたくなったが、そんなことをするわけにはいかない。
「……志摩家の当主は、代々この祠を祀る神官の役割があるのだと聞いた。その力を基準に、当主を選ぶのだと……」
今回、波瑠の代わりに弘孝が選ばれたのは、萩野氏が指名したからだ。志摩にとっては初めて、自分たちで当主を選ばなかったことになる。そこらへんに問題はないのだろうか。先ほど弘孝には『大丈夫』と言われているが、波瑠がどう思っているのかも聞いてみたかった。
「……実はわたくしは、神官としてさほど高い能力を持っていたわけではありません」
突然の告白に、雅昭も藤二郎も驚いた。志摩氏の当主は能力主義だと思っていたからだ。
「おそらく、わたくしたちの中で最も力が強いのは末の孝景でしょう。しかし、叔母は……先代は、わたくしを当主に選んだ」
振り返った波瑠がまっすぐに雅昭を見る。その視線に射抜かれた雅昭は、身動きができなかった。
「それなのに、わたくしは叔母の期待に応えられず、この様です」
自虐的な言葉に、弘孝が「何を言うんだ姉上!」と声を荒げている。雅昭もふと、思い浮かんだことがあったが、言葉にはしなかった。
今が戦乱の世だからではないだろうか。下手に末の孝景を当主にすれば、戦に負けた時、責任をとって自害、などもありうる。それを避けるために、あえて女性の波瑠を当主にしたのかもしれない。
これは残酷な想像である。そして、おそらく、波瑠が選ばれたのは単純に、候補者の中でも一番しっかりしていたからではないだろうか。孝景を当主にするには幼すぎた、というのもあるのかもしれないし。
波瑠は慰めの言葉を欲しているわけではないだろう。ただ、誰かに聞いてほしかったのかもしれない。そんな感情もあることは、雅昭も知っている。
「申し訳ありません、波瑠様。そろそろ城を明け渡す準備をしていただかないと」
言いづらそうに、藤二郎が言った。波瑠はにこりともせずに、そうですね、とうなずいた。
「御足労をおかけて申し訳ありません。すぐに支度をいたします」
波瑠はそう言って袿をさっとひるがえす。雅昭たちはその小さな背中を眺めた。
「……雅昭殿。姉は、どうなるのでしょうか」
弘孝に尋ねられたが、雅昭は答える言葉を持っていなかった。
「実は、まだ決まっていない。武士として、女性を殺すようなことはしたくないがな」
おそらく、出家してもらうか、遠方に無理やり嫁がせるか、と言ったところだろう。まあ、波瑠が女城主であったことを嫌がる者も多いだろうが。
「しばらくは、私の北水城で預かる予定だ」
沙汰は追って雅昭の父から下されるだろう。弘孝は複雑そうな表情で「そうですか」と答えた。
「姉のこと、よろしくお願いします」
「……あいわかった」
頼まれたからには何とかしなくては。藤二郎が肩をすくめていたが、何も言われなかったのでよしとした。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
基本的にこんな感じで時代感もなく進みます。許せないかたは読まないでください。