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オーダー・オブ・ダゴン  作者: ギルマン高家あさひ
9/16

魔女の部屋の夢(前編)

 港町、印寿真洲いんすますの小学校と中学校は、町の背後の山にむかって登る坂の途中にある。

 前の道は、隣町の茜から山越えしてきて、かつての町役場、いまは合併してできたあかね市の出張所になっている庁舎を過ぎ、漁港まで下っていく、広くはないが昔の街道のなごりである。出張所の周囲の数区画は、歩道にアーケードのかかった商店街にもなっている。

 そしてこの道は、今年、中学一年生の、大向手おおむくてろびんと江良間芽春えらまめばるが小学校に入学したときから、学校のある日は毎日、歩いている通学路でもあった。

 今日も、校門を出たろびんと芽春は、肩をならべて商店街を下っていた。アーケードの柱に一定の間隔で、カボチャのオバケや魔女のキャラクターの絵が掲げられている。来週のハロウィンのイベントにそなえた準備なのだろう。

 ろびんは、商店街を抜けた先で街道を左に折れたところにあるKitchen Dagonという洋食屋の孫娘である。店の二階に、創業者でもあるグランマとふたりで住んでいる。芽春は、もっと先まで下りたところ、漁港のすぐ近くのエラ萬という名の民宿が自宅だ。

 アーケードの屋根が終わると、山の稜線の上にかかった秋の陽が、ふたりの前に長い影を投げた。授業が終わったあと学校の図書室に寄ってきたので、いつもよりも少し遅い下校なのだった。

 バス停の先の、帰り道にはいつもそこで別れる角の手前で、ろびんは歩く速度をゆるめた。

 つられて芽春の歩調もゆっくりになる。

「ねえ、ハルちゃん」

 ろびんは足を止めて呼びかけた。

「ん?」

 芽春は数歩先まで行ってから立ち止まり、振り返った。

 日光を正面から受けて、頭のうしろで結ったお下げにまとまりきっていないおくれ毛が、彼女の顔のまわりできらきら輝いていた。まぶしそうに目を細くして、ろびんを見る。見たことのない表情というわけではまったくなかったけれど、これから切り出そうとしていることと合わせて、その顔は、ろびんをどきりとさせた。

「あの、あのね、これ」

 ろびんは一瞬、躊躇してから、通学鞄から取り出したそれを、芽春の手に押しつけた。

「……何?」

 芽春は手を胸もとまで持ち上げて、渡されたものを見る。

 それは、掌ほどの大きさの十字架であった。上下左右の先端が、花びらのように少し広がった意匠になっている。色は銀だったが、材質は銀ではない。軽い金属でできていて、縁取りの飾りがついていたけれど、それも透明なプラスチックのビーズだ。十字のてっぺんからチェーンが伸びて、首にかけられるほどの長さの輪になっている。

「持っておいて。ずっと」

「いいけど、どうしたの?」

「どうもしないけど。いいから持ってて」

「……う、うん」

 ぼくも、同じの持ってるから。

 ろびんは、そうとだけ言うと、ぷい、と芽春に背をむけて、Kitchen Dagonのほうへ駆けていく。

 芽春はその後ろすがたを見送っていたが、やがて手の中のロザリオのチェーンの留め具を外すと、首にまわして、ぱちりとはめた。

 先についた十字架をセーラー服の襟の中にすべらせて、芽春はふたたび、港へと続く道を下りはじめる。


  *


 ことの発端は二週間ほど前だった。

 芽春が、学校を休んだ。

 彼女はもともとあまり体は強くないほうだったけれど、最近は丈夫になってきたようで、中学に入ってからは、ろびんといっしょにここまで皆勤賞だった。

 だからろびんは、半年ぶりくらいにひとりで登校した。

 放課後。ろびんは学校からまっすぐエラ萬にむかい、芽春の一家が住んでいる、民宿の裏手の離れの呼び鈴を押した。

 だが、数度、鳴らしてみても誰も出てこない。

 宿のほうの入り口にもまわってみたが、ちょうどタイミングが悪かったのか、帳場もロビーもがらん、としていて、ろびんの、こんにちはー、という声だけが奥の廊下に吸い込まれていった。

 もう一度、離れに寄ってから帰ろう。返事がなければプリントはポストに入れてけばいいし。

 そう考えて民宿部分のすぐ裏にある小庭の横を通りがかったとき。

 ガサガサ、と、ふいに真横で草が音を立てて揺れ動き、ろびんは思わず飛びすさった。

「あれ、ろびんか。おどかしてごめん」

 声がしたほうを見ると、草むらをかきわけて、真っ黒に日焼けした青年が顔を出したところだった。背はそれほど高くないが、坊主頭で、がっしりした顎をしている。ただ、髪型や顔つきは全然ちがうのに、丸くて大きな目だけは芽春にそっくりだ。

「あ、アキ兄ちゃん」

「おう、久しぶり」

 芽春の次兄の秋刀あきとは、ろびんと芽春の七歳年上だった。ふたりがもっと幼くて、アキ兄ちゃんも中学生だったころには、ときどき遊んでもらったことがある。けれど高校に入るとアキ兄ちゃんは父親の漁船に乗って手伝いをするようになり、卒業後はそのまま、フネと旅館の仕事をやっていた。彼の言うとおり、実際に顔を合わせるのは久々だ。

「庭で何してたの?」

「ああ、なんかな……」

 と、アキ兄ちゃんは腕を組む。最近、夜中に庭でゴソゴソ音がすることがある、っていうんだよ。母ちゃんも聞いたっていうし、お客さんに言われたこともあってさ。

「ネコでもいるのかな」

「ネコならまだいいけど、ネズミとかだといやだろ。草むしりついでに探してたんだけど、なんもいなかった」

「ふうん」

「ネコっていえば、チャイロは元気?」

「うん! でも最近、太ってきたみたい」

 チャイロは、ろびんが店の二階の住居部分で、小学生のときから飼っている猫だ。黒猫だけどチャイロという。

 で、ろびんは? ハルのとこ? アキ兄ちゃんに訊かれて、ろびんは、そう、プリント持ってきたんだけど、と答える。

「さっき一回ピンポン鳴らしたんだけど、返事がなかったから」

「あれ、そうか。ハル、寝てんのかな」

「具合、そんなに悪いの?」

「ん? いや、そうでもないと思うよ。昨日の晩まではふつうに元気だったし。明日には治ってるんじゃない?」

 それを聞いてろびんは、ふう、と息を漏らす。よかった。

「心配かけてごめんな」

 プリント渡しとくわ、と言うアキ兄ちゃんに持ってきたクリアファイルを預けて、その日はろびんは家に帰った。

 翌日、芽春は学校に来た。

 けれど、ろびんから見ると、まだ少し顔色がよくないようだった。

 三時間目と四時間目が体育だった。

「見学じゃなくて大丈夫なの?」

 二時間目の授業のあと、着替えをしながら、ろびんは芽春に尋ねた。

「うん、マラソンとかプールとかじゃないし、たぶん平気」

「無理したらダメだよ?」

 そう言いながらろびんが芽春のほうを見ると、芽春はちょうど、ばんざいの姿勢で制服の上着を脱いだところだった。

「あれ」

 芽春の体の一部に、ろびんの目が吸いよせられる。

「そこ、どうしたの」

「ん、どこ?」

 ここ、と、ろびんは自分の左胸、鎖骨のやや下あたりに指を二本あてる。

 それに対応する芽春の肌の上の箇所、肌着の肩紐からのぞいた素肌に、赤黒く変色した点がふたつ、ぽつり、ぽつりと横に並んでいる。

「あ……」

 芽春は肌着の襟を指で持ち上げて、そこを隠すようにしながら、なんだろ、虫さされだと思うんだけど、と答えた。

 結局、芽春は体育の授業も最後までやって、五時間目と六時間目もきちんと受けて、ろびんといっしょに下校した。

 けれども次の日は、一時間目が終わると、なんかくらくらする、と保健室に行ってしまった。昼休みが終わると戻ってきたけれど、学校から家への帰り道も、本調子ではなさそうだった。

「別に、ちょっと、ぼおっとするだけだよ。週末よく寝たら大丈夫だよ」

 お医者さんは行った? と訊いたろびんに、芽春はそう返事して笑ったのだけれど、その笑顔にもどこか陰があるように、ろびんには感じられるのだった。 

「ならいいけど。ほんとにちゃんと寝るんだよ? カザミヤさんと遊んだりしたらダメだからね」

 カザミヤさん、というのは九月のはじめごろからエラ萬に長期滞在している客だった。

 客、といっても芽春の一家の親戚だということで、職業は小説家というふれこみだったが、どういう小説を書いているのか訊いてもよくわからない。一度、芽春がKitchen Dagonに連れてきたことがあって、その後も何度か、ろびんは町の中で見かけたことがあった。

すらりとして背が高く、ブロンドに染めた短髪で、眼鏡をかけている。だいたいいつも、ルーズなスラックスに黒のタートルネックを着てタバコをくわえ、あまり用事のなさそうなところを猫背でうろうろしていた。あるときなどは、港の防波堤で酔っ払いのざど婆さんと酒を酌み交わしていたりもした。芽春も、ときどき彼女に連れまわされているようなのだ。

「あはは、わかったよ」

 芽春は苦笑したようだった。

 その日が金曜日だった。ふだんは土日にろびんがKitchen Dagonの手伝いをしていると、芽春が、宿題いっしょにやろ、などと言って、来てくれるものなのだが、その週末、彼女はあらわれなかった。

 病気、じゃないのかもしれないけど、具合が悪いならしょうがないよね。ろびんは、よく寝たら大丈夫、と言っていた芽春の言葉を思い出して、そう考えた。でも、会わないのはなんだかヘンな感じだった。

 Kitchen Dagonは数週間前にこのあたりを直撃した台風で客席の出窓が割れてしまい、しばらくお店を閉めていた。そのときに来られなかったお客さんが週末に足を運んでくれたのかどうなのか、土曜日も日曜日もいつもよりも忙しくて、ろびんも芽春の様子を見に行くことができなかった。

 そして日曜日の夜。

 月曜定休のKitchen Dagonは、日曜のディナー営業も早めに終わる。八時に閉店して九時すぎには片づけも完了し、お姉ちゃんはアパートに帰っていった。

 お姉ちゃん、というのはろびんの従姉である。グランマの長男の娘で、高校生のころからKitchen Dagonでアルバイトをしていたが、最近はグランマから引き継いでキッチンも担当するようになった。ろびんとちがって茜の育ちなので、この洋食店でフルタイムで働くようになった現在は、この町でひとり暮らしをしている。

「あれ、お姉ちゃん、スマホ忘れてったよ」

 彼女が出ていってしばらくしたあとで、ろびんはカウンターに置き去られた電話機を見つけた。

「おやま。明日、休みだし、ないと困るんじゃないのかい」

 電話しておいてやろう、とグランマは店に備えつけのプッシュホンの受話器を取って番号を押した。

 鳴ったのは、いまはろびんの手の中にあるスマートフォンだ。

「ああ、これはその番号か」

「そりゃそうだよ。お姉ちゃん、イエデン持ってないんだし」

 届けてこようか? と、ろびんは訊いた。ああ、そうだねえ、と、グランマは時計を見る。時刻は十時を少し過ぎたところだった。

 届けたら、織亜のところでアブラ売ってないですぐ帰ってくるんだよ。

 念を押すように言うグランマに、はーい、と返事をして、ろびんは店のドアから外に出た。

 ここのところは秋らしい涼しい日が続いていたのだけれど、その夜は妙に湿気があって、港からは少し陸に上がったところにあるKitchen Dagonのあたりでも潮の香りが強くただよっていた。

 お姉ちゃんのアパートに行くときは、おもて通りに出る必要はない。ろびんは家々の間を縫うように抜けていく細い道をたどっていった。

 すると、とある、路地と路地が交差する狭い十字路で、左がわから急に飛び出してきた人影に、ぶつかりそうになった。

 ろびんは思わず立ち止まったが、人影は小走りのまま、右手の路地に消えていく。背の高さは、ろびんとさほど変わらないぐらい。すれちがう瞬間にちらりと見えたお下げ髪のしっぽに見覚えがあるような気がして、ろびんはその背中を目で追いかけた。

「ハル、ちゃん……?」

 そう、ろびんがつぶやくと、影は、ぴた、と足を止めた。そして暗い小道の途中から、ろびんのほうをちらり、と振り返った、ようだった。

 影のいる路地の先は、すぐに広い道に突き当たっていて、そこでは夜でも車道の上に明かりが煌々とともっている。そのせいで逆光になって、振りむいた顔はよく見えなかった。

「ハ……」

 ろびんがもう一度、呼びかけようとすると、影はふたたびあちらを向き、今度は早足に歩いて、路地の出口のほうへ去っていった。

 そこで、待ち受けていたもうひとつの人影と合流して、すぐに街路灯の白っぽい光の中へと消えてしまった。


  *


「今夜、泊まってくから」

 ろびんが芽春に一方的に宣言したのは、その次の週の金曜日のことだった。

 芽春は前の週からの体調不良が、まだずるずると続いているようだった。火曜日には早退したし、水曜日はお休みだった。教室にいる間も、なんだかぼんやりしていることが多かった。

 今日、ハルちゃんちに泊まってくる、とろびんが告げると、グランマとお姉ちゃんには当然ながら反対された。芽春ちゃんの具合がよくなってからにしなさい、と。

 いつもなら喜んでくれる芽春本人も、あまり乗り気ではないようだった。だけど、彼女のお母さんが許してくれた。

「ハルちゃん、最近、寝つきがよくないんじゃないの? ろびんちゃんに添い寝してもらったらよく寝られるかもよ」

「添い寝って。赤ちゃんじゃないんだから、ひとりで寝れるってば」

 不満げではあったけれど、芽春は、それ以上はろびんを拒絶しなかった。

 離れの二階、民宿の客室とはちいさな庭をへだてただけの一室が芽春の部屋だった。彼女の上のお兄さんが大学に進学して家を出るまで使っていたところだ。建物の屋根に食い込むように作られていて、天井が斜めになっており、そこに天窓がついている。

 屋根裏みたいでしょ、と、部屋を手に入れた当初、芽春がうれしそうに言っていたのをろびんはおぼえている。実際、ベッドと学習机とちいさなチェストひとつでほとんどいっぱいになってしまうその空間で、外国の物語の登場人物になって、古いお屋敷の屋根裏部屋を探索しているふりをしたこともあった。

 夕食のあと、ベッドに寝転がって、ふたりばらばらに漫画雑誌を読んでいると、風呂、あいたぞ、とアキ兄ちゃんが呼びにきた。

「ろびん、先に入ってきていいよ」

「いっしょに入らない?」

「うーん、狭くなるからいい」

 去年、お泊まりしたときはそんなことなかったけどな、とろびんは思ったけれど、それは口には出さず、言われたとおりにすることにした。

 風呂をあがって、ろびんが戻ってくると、芽春は窓ぎわの机にむかっていた。

「何してたの?」

 ろびんが髪をタオルで乾かしながら背後に近づいて訊くと、芽春は、ん、別に、と答え、開いていたノートを閉じて鍵つきの引き出しにしまい、じゃ、わたしも行ってくるね、お風呂、と立ち上がった。机の上にはシャープペンシルと消しゴムが残っている。日記でもつけてるのかな、と、ろびんは思う。

 そしてそこに立ったまま、ふと、ろびんが窓の外を見下ろすと、庭の松の木や生け垣のむこう、民宿の一階の南の角の窓から光が漏れていた。

「あ、あの部屋、お客さんいるんだ」

「あそこ、カザミヤさんが泊まってる部屋だよ」

 ふーん、とろびんは返事をし、それから、芽春から見えないように脇をむいて、顔をしかめた。

 芽春には気づかれないようにしているつもりだったけれど、ろびんは、カザミヤさんがあまり好きになれなかった。Kitchen Dagonの客席で彼女が芽春と楽しげにしゃべっているのを見たときは、なんでかわからないけれどイライラした。彼女がエラ萬に滞在しだしてから、今日はカザミヤさんと約束があるから、と芽春がさっさと帰ってしまうこともあって、そのことも気にいらなかった。

 しかも、それだけじゃなくて……。

 うん、今日は、それを確かめるために泊まるんだ。芽春が出ていったあとの部屋で、ろびんはひとり、つぶやいた。


  *


 苦しくて目が覚めた。

 エラ萬の裏の離れの、屋根の傾斜の下の部屋。

 顔のすぐそばに芽春の体温を感じる。規則的な寝息も聞こえる。

 天窓から入る月明かりのためか、室内はほんのりと明るい。

 ふと、脇のほうをちいさな影が横切ったような気がして、ろびんは首を回してそれを追おうとした。

 だけど、体が動かなかった。

 手も、足も、重い重い枷をはめられたようで、思うようにならない。

 胸の上も、ずしりと重い。

 怖かった。

 動こう、動かなきゃ。

 焦れば焦るほどに、上にのしかかった何者かが圧力を強めてくるようだった。

 そして、視界の四方の隅から、闇が中央にむかって押し寄せてくる。

 目の前に、一枚、一枚、薄い紙がかぶせられていくかのように、光が消える。

 真っ暗になる寸前、ろびんはそれを見た。と、思った。

 自分たちふたりを見下ろす、黒い影を。

 その頭にはとがった耳があり、瞳は燃える炎の赤だった……。

 ……。

 次にろびんが目を覚ましたときには、外はすっかり明るくなっていた。

 胸の上はあいかわらず重いし、手も動かない。

 のだが、よく見るとそれは、いつのまにか横向きに移動した芽春の太ももが、ろびんの上体を、ほとんど顔にかかりそうなところで横断しているからだった。

 やれやれ。

 ろびんは脚を一本、二本と押しのけて起き上がった。

 芽春が、ううん、と声をあげた。

 彼女の寝相が悪いのは、いまにはじまったことではない。ちいさいころのようにベッドから蹴り落とされなかっただけ、まだましかな、と、ろびんは思う。

 それにしても、と、ろびんは考える。

 夜中のあの夢は、なんだったんだろう。

 というよりあれは、夢だったんだろうか。

 細部を思い出してみようとするのだけれど、頭に靄がかかったようにぼんやりする。

「あ、ろびん、おはよ」

 声に顔をむけると、芽春はベッドの方向を完全に無視して横たわったまま、薄目を開けたところだった。

 寝るときは結っていない髪の毛が、頭の周囲にぐしゃぐしゃに広がっている。

「寝れたあ?」

 まだ半分以上、眠っているような口調で芽春が訊いてきた。

「うん。まあまあ。ハルちゃんは?」

「すごいよく寝たよー」

「ヘンな夢、見なかった?」

「夢ぇ?」

 芽春はあくびをしながらベッドの上に体を起こし、目をこすった。

「あ」

 ろびんは手を伸ばし、芽春のパジャマの襟をつかんだ。

「え、何」

 上みっつのボタンが外れて、開いている胸もと。ろびんから見て右がわの襟に、わずかに血がにじんでいる。

「これ、どうしたの」

 生地を折り返して肌を露出させると、そこには赤黒く変色した点がふたつ、並んでいる。

「ああ、またやっちゃったかな」

 芽春は緊張感のない声で答えた。

 寝てる間に、ひっかいちゃうんだよね。虫さされのあと。

「魔女の部屋の夢(後編)」に続きます。

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