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虚無子の冒険。  作者: 愛謳歌
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緑の紳士

 扉をくぐった私は食べ物の絵が飾られた廊下を歩いていた。

 私はアンドリューを力いっぱい抱きしめ泣いていた。

「なんで私がこんな目にあわないといけないのよ……私は悪くない……悪口を言うやつが悪いのよ……」

 私は呟きながら俯いて歩いた。

「何が強がっているのがバレバレよ……私は強がったりなんてしてない……」

「あいつらが幼稚で馬鹿なのは事実じゃない……事実をありのままに思っただけよ」

「私は悪くない。あいつらが悪い。あいつらが憎い……」

 私の涙は止まった。

 ちぎれてしまいそうなほどアンドリューを強く抱きしめ、私は歩き、扉に着いた。



 飴玉やクリームなどがいくつもついたチョコレートのような扉。まるでお菓子の家の扉の様だった。

「わぁ・・・可愛い扉! それにとってもおいしそう」

 甘いものが食べたくなった私はリュックから飴玉を取り出しひとつ頬張った。

 甘いイチゴの風味が口の中に広がり、私のすさんだ心を癒していった。

「きっとここは可愛い部屋に違いないわ」

 私はドアノブに手を掛けた。


「今度こそ……まともな部屋よね……」

 期待と不安。二つの気持ちを織り交ぜ、私は震える手で扉を開けた。


 *


 部屋の中は普通の家だった。机や椅子、花、大きなソファ、そして扉がある普通のリビングだった。

 私は可愛い部屋でなかったことに少し落ち込んだが、普通の光景に喜んだ。

「普通のリビングみたい。もしかしたらここの人は普通の人かも」

 微かな希望を胸に私は周りを見渡した。しかし人影はなく、動くモノもなかった。

「また誰もいないの? もしかしたらそこにある花が住居人とか……?」

 私はノートを取り出し、中を見た。しかしそこには真っ白なページしかない。

「ここには本当に誰もいないの? ……もしかしたら他の部屋があるのかな」

 そういって私は入ってきた扉とは違うもう一つの扉を開けようとした。案の定扉はすんなり開き、普通の廊下にでた。

 右を見ると玄関があった。

 左を見ると左側の壁に3つの扉、右側の壁に1つの扉。

 突き当りには上へ行く階段があった。


 ひとまず私は玄関を開けてみることにした。しかし玄関は開かなかった。

「見た目では鍵がかかってないのに扉が開かない。多分この玄関が次の部屋へ行ける扉でしょうね」


 気を取り直し、私は他の部屋を探索してみることにした。

「1つ目の扉はさっきのリビングに通じる扉で、2つ目の扉は何かしら?」

 私は2つ目の扉を開けようとした。しかし2つ目の扉は開かなかった。

「あれ? この扉も開かない?」

 私は扉を調べてみた。よく見ると扉の四隅に板が張り付けられており、扉が開かないようになっていた。

「なによこれ入れないじゃない。もしかして中にあるものを見られたくないのかしら?」

 私はなんとか開けようとしたが扉は開かず、私はあきらめて次の扉に行くことにした。


 私は3つ目の扉を開けた。中は台所のようであった。

 ただ台所にしてはやけに広い。

 調理用の台が四角を描くように4つ置いてあり、周りには洗面台やおそらく調理器具が入っていると思われる戸棚がいくつも置いてあった。

「まるで学校の家庭科室みたい。気のせいかリビングよりも広いような。それに大きな調理台ね。下についてる調理用具入れに私が屈んで入れちゃうくらいの大きさよ」

 私は部屋の中を一通り見て回ったが、やはり誰かいる様子はなかった。

 私は部屋を出て隣の部屋に行くことにした。


 4つ目の扉の中はまた台所であった。

「また台所? しかもさっきの部屋と見た目が全く変わらないじゃない!」

 私はため息をついた。

「ここの人は食べるのが本当に好きみたいね。2つも台所を用意するなんて。それに廊下に飾ってある絵も食べ物の絵ばかりだし」

 私は笑いながら部屋を出て向かいの部屋に向かった。


「ここまで部屋を見て回ったけど4つの部屋の内2つが台所ってどういうことよ……まさか最後の部屋も台所何てことはないわよね……」

 私は嫌な予感を胸に扉を開いた。

 しかし中は台所ではなく、物で溢れかえっているとても広い部屋だった。

 おそらく今までの3部屋分の広さはあるように見えた。

「やっと台所以外の部屋ね。それにしてもやけに物が置いてあるわね」

 そういって私は周りを見渡した。

 埃のかぶった戸棚やベッドなどが乱雑に置かれていた。

「埃っぽいところね。ここは物置部屋かしら?」

 私は流石にこの広さの物置の中を探す気にならず、ノートに何も書かれてないことを確認してからリュックにしまい、部屋を出た。


「一階は見て回ったけど誰もいないみたい。2階にいるのかしら?」

 そう言って私は廊下の奥にある階段を上った。

 ギシ……ギシ……。

 私はゆっくり階段を上り、2階の廊下にでた。

 そこには左側の壁に2つ扉があるだけであった。


 さっそく私は1つ目の扉を開いた。中は寝室であった。

 大きなダブルベッド。

 枕元にはランプ。

 壁には窓はなく相変わらず食べ物の絵が飾ってあった。


「普通の部屋ね……まるで家に帰ってきたみたい」

 普通の家。あまりにも現実的な風景に私は自分の家を思い出していた。

 人形がたくさんの私の部屋。

 物の少ない父親の部屋。

 母親の写真が置いてあるリビング。

 母親の笑顔。父親の暗い顔。

 私の気持ちをさらけ出し、出て行った私の家。


「最後の会話があんなのになるなんて……」

 私は気が付くとアンドリューを抱きしめ涙を流していた。私はハッとなり涙をぬぐった。

「……まぁ私は悪く――」

 そう言って私は止まった。

『強がっているのがバレバレだよ』

 前の部屋の言葉を思い出してしまった。

「――私は悪くない。暗い顔をしている方が悪いのよ」

 頭に浮かんだ言葉をかき消すように頭を振りながらそう呟いたとき、「ぐぅ~」という大きな腹の虫がきこえた。

「今の音! 隣の部屋から聞こえてきた!」

 私は急いで部屋を出て行き、隣の部屋の扉を開けた。



 そして私は固まった。


 非現実的な、緑色をした大きな何かがそこにはあった。


 *


 2mを超える背丈。

 背丈だけでなく横幅も広く、大きくたるんだ緑色の肌のお腹。

 たるんだお腹に比べ上半身はやや細身でおり、まるで三角形のような体形。

 上には綺麗に着た紺色のジャケットに白いシャツ、ピンクのネクタイ。

 七三に綺麗に分けた金髪。

 そして黄緑色をした焦点の合ってない大きな目。

 よだれを垂らした口。


 一目見ただけで危険だと感じた私は恐怖に全身を縛られた。

 アー……

 ひどい体臭を放ちながら、緑色の化け物はだらしなく声を発し、ゆっくり近づいてきた。

 私の脳内に警告が鳴り響く。しかし足が動かない。

 頭の中は真っ白になり、手に持っていた物を落とした。

 アンドリューが落ちたその音で私は我に返った。

 私はアンドリューを急いで拾い、廊下を駆け抜けた。


 (やばい! やばい!! やばい!!!)

 私はパニックになりながら階段をおりた。

(捕まったらダメ! ど、どこかに隠れないと!)

 階段をおりた私は急いで台所に入った。部屋の外からはギシ!ギシ!とゆっくり階段をおりる音が聞こえてきた。

(階段をおりてる! やっぱり私を追いかけてる!)

 私は急いで扉と対角線上にある調理台に向かった。

 そして調理台の下にある用具入れの扉を開け、中に隠れた。

 幸いにも中には物があまりなく、私ひとり分のスペースがあった。


 私は息をひそめた。


 部屋のドアが開く音が聞こえる。私は口に手を当てた。

 ゆっくりとした重量感のあふれる足音が聞こえてくる。

 対角にある調理台の扉を開く音がした。私は体が一気に冷える感覚に襲われた。

(調理台を調べてる……)

 アーという声が聞こえ、扉を閉める音がした。

 今度は隣の調理台の扉を開く音がした。

 心臓の鼓動が今までに感じたことがないほど早くなり、目の前がグルグル回りだした。

 扉の閉まる音がした。次は私の隠れている調理台だ。

 近づいてくる無気味な声。

 どんどん大きくなる心臓の音。

 徐々に強くなる酷い匂い。

 恐怖に耐えられなくなった私は扉を開けて外に出た。

 緑色の巨体がすぐ近くにあった。

「いやあああああああああああああ!!」

 私は叫びながら化け物とは反対にある入口に向かって走り出した。

 化け物が手を伸ばす。しかしギリギリのところで私には届かなく、化け物の手は空を切った。

 逃げ切れた私は部屋を飛び出た。


「いや! どうしよう! 台所はダメ! 物置!? 広いあそこなら隠れやすいかも!」

 そう叫びながら私は向かいの物置に入った。

 私はしゃがみながら机や椅子、タンスの隙間をぬって移動した。

 物置の扉が開く音がする。

 ズシン!ズシン!という足音と共に物を放り投げる音が聞こえた。

 化け物が物をどかしながら移動してきている。


「うえぇん……」

 私は思わず泣きだしてしまった。

 その声で場所が分かるのか、音が一直線にこちらに向かってきた。

 しゃがみながら物の間をぬって移動しているせいで速度が出ない。

 音がだんだん近づいてきた。

「このままじゃ追いつめられちゃう……戻らないと……」

 逃げ切れないと感じた私は迂回する形で扉に向かって移動した。

 酷い匂いがより一層強くなった。

 左に2つ大きな棚が並んでいる。

 見たくもないはずなのに私は棚と棚の隙間を見た。

 濁った黄緑色の瞳がこちらを見つめていた。


「いやあああああああああ!」

 私は叫びながら尻もちをついた。

 化け物は棚に手をかけ、棚をどかそうとしている。しかし重いのか化け物はなかなか棚をどかせられずにいた。

 私は力を振り絞って立ち上がり、棚の横を抜け、今まで化け物が通ってきた道にでた。化け物が物を放り投げていたおかげで道には障害物がなく、私は走って扉まで行き、部屋を出た。


「もうダメ! あとはリビングしかない!」

 私は急いでリビングに向かった。

 しかし焦っていたせいか足がもつれて転んでしまった。

 リュックの中のお菓子が床に散らばる。

「ああ! 馬鹿! 転んでる暇なんてないの!」

 立ち上がろうとしたとき、すぐ後ろにある扉が開いた音がした。

 パニックに陥った私はリビングではなく玄関まで這って移動し、扉を開けようとした。

「お願い! 開いて! 開いてぇ!!」

 扉はガチャガチャと音をたてるだけで開く気配はない。

 私は振り返った。緑色の化け物がゆっくりこちらに近づいてくる。

 絶望に打ちひしがれ、私はただその化け物を見つめることしかできなかった。

 私の頭の中に「死」の一文字が浮かんだ。


「えっ……?」


 しかし突然化け物は立ち止まった。そして屈み、床に落ちているものを拾い始めた。

「お……菓子……?」

 化け物は床に散らばっているお菓子を拾っていた。

 私が戸惑いの目で化け物を見つめていると、化け物はお菓子を口に入れ食べ始めた。グチャグチャと汚い音が響き渡る。


 その時、ガチャリという音が聞こえた。

 私はその音で我に返り、急いで玄関を開け、部屋を出た。


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