小さな悪魔
扉をくぐった私は憎たらしい顔をした悪魔の絵が飾られた廊下を歩いていた。
頭の痛みがとれた私は次の部屋を目指していた。
「なによあんなに笑って……何がおかしいのよ……」
私は力なくつぶやいた。
「下品な笑い声……本当あいつらは幼稚で下品……」
笑い声が聞こえない廊下で私は呟きをつづけ、扉に着いた。
赤と黒で色取られた扉。ネームプレートのようなものがあり、そこにはなにやら文字が書かれていた。
「えぇと・・・『ようこそ』?」
そこには可愛らしい文字で歓迎の言葉が書かれていた。
「日本語で書かれてる……もしかして人の言葉を話すのかしら?」
日本語を扱えるということは人間的な思考を持っているのかもしれない、そう思った私は喜んだ。
「やっとまともな人に会えるのね!」
期待を胸に、私は扉を開けた。
*
「やぁよく来たね! 歓迎するよ!」
部屋に入った途端、私は小さな何かに突然声をかけられた。
「えっ! あっ……」
「そんな入口に立っていないで中に入りなよ。お茶でも出すからさ」
戸惑う私をよそに小さな何かは私に部屋に入るよう促した。
子供くらいの大きさの何かは人間の形状とは明らかに違った。
2つの角。
とがった耳。
鋭い歯。
小さな黒い羽根。
黒い尻尾。
赤黒い瞳。
しかしどことなく人形のような可愛らしさを感じる。
「どうしたの? 早く入りなよ」
「あ……うん……」
扉を開けたまま棒立ちだった私に対し住居人はそう言い、私は言うとおりに部屋の中に入っていった。
赤色を主体とした壁と床。その真っ赤な空間の中に黒色の家具がいくつかおいてある部屋だった。
私は住居人と机を挟んで向かい合うような形で椅子に座った。
「待っていたよ。君と早く話がしたかったんだ。僕は小悪魔。名前は無いけど自分ではそう呼んでいる」
「小悪魔……」
たしかに羽や尻尾はまるで悪魔の様であった。しかし見た目が可愛らしいためか私はその小悪魔から恐ろしさを感じなかった。
「君は次の部屋を目指しているんだろう? でもあの扉には鍵がかかっているよ」
そう言って小悪魔は部屋の奥にある黒い扉を指差した。
「僕は話すのがとっても大好きなんだ。だから僕の話に付き合ってくれたら鍵を開けてあげるよ」
「会話……」
私は嫌な顔をした。
そんな私を意に介さず小悪魔は笑顔を浮かべたまま話を続ける。
「話す前に紅茶を飲みなよ、とってもおいしいよ」
そういわれて私は目の前に置いてある紅茶を見た。
濃いオレンジ色をした赤い液体。
私は一口飲みこんだ。
芳醇な香りが口に広がり、クセの無い味わいを楽しんだ。
「おいしい……」
私は思わず喜びを声に出した。
「僕は別に紅茶に詳しいわけじゃないけど、それはキャンディという紅茶さ。君のようなお子様にも飲めるんじゃないのかな」
「お子様って……」
私はすこしムッとした。
「そういえば君は今小学生かな?何年生?」
小悪魔は私の事を少しも気にする様子を見せずに話を続けた。
「私……今……小4……」
「へぇ! 小学4年生なんだ。なんだか4年生にしては小さいね。友達と比べてみても小さい方なんじゃないかな?」
(人が気にしていることを……)
「……違う」
私は俯いて答えた
「ふーん違ったか。まぁ違うにきまっているよね。ところで小学4年生って今どんな勉強をしているのかな? 足し算とかできる?」
「出来るわよ……それくらい……」
「へぇ! 出来るんだ! すごいね! でも自信なさそうに見えるなぁ。友達と比べてみて勉強は苦手なのかな?」
「……そんなことない」
私は俯いたまま答えた。
「そうだよね。そんなわけないよね」
いちいち癇に障る言い方をする小悪魔に私は腹が立った。
「さっきから何なのよ……」
「『何』って何かな? 僕は言いたいことを言っているだけだよ」
(それが頭に来るのよ……)
「僕は空を飛びまわることが好きなんだ。君は運動とか得意? かけっこは友達より早い?」
「……わかんない」
私は目をそらし答えた。
「わからないかぁ。まぁわかるわけがないよね」
ほくそ笑んでいる小悪魔の言い様が気に入らなく、私の怒りは頂点に達した。
「さっきからなんなのよ! 『わかるわけがない』とか『そんなわけない』とか。あなたに私の何がわかるの!?」
小悪魔は満面の笑みを浮かべ答えた。
「僕は君のことならよく知っているよ。君の名前は虚無子。何もない子」
*
私の体は固まり、冷や汗が滝のように流れた。
「な、名前……」
「君は他の友達と比べてみて背が低いとか勉強ができないとか足が遅いとかわかるわけがないよね。だって比べる友達がいないんだもの。それじゃあ比べようがないよね。だから違うに決まっているんだよ」
小悪魔はニヤニヤ笑いながら話を続ける。
「それにしても虚無子だなんて、最近の子供はすごいね! 名前の付け方が上手いよ。まさに的を射ている。勉強もできないし脚は遅いし友達もいないし」
「君は今いじめられているんだよね。確かにいじめは良くないよねぇ。でも君にも何か原因があるんじゃない?」
「そ、そんなわけないじゃない! あいつらが……」
「そのあいつらに対して君はどんなことを思っている?」
私の言い分を聞かず小悪魔は話を続けた。
「君はいじめられる前から周りの子供たちをずいぶん見下していたんじゃない?馬鹿だ、幼稚だとか言ってさ。君は自分が大人で強いとでも思っているのかな?」
小悪魔の言葉が胸に刺さる。
「君はよく言うよね。私は辛いと思ってないとか、怖くなんかないとか。でもその発言をする前には決まって少し黙る。強がっているのがバレバレだよ」
「ち、違……」
私の顔が部屋の色のように真っ赤に染まる。
「本当は臆病で弱いくせに変に強気になるのがダメなんだよね。助けに来てくれた人を自分で追い返しちゃうし。本当馬鹿だよね」
「あ、あんなやつらの……」
「あいつらより強いって自分では思っているのに、やっていることは誰もいないところで独り言を言うだけ。そんなの立ち向かう勇気がない証拠だよ」
「うっ……」
「それに自分の父親に対して『私のことを見ていない』とか言って。自分だって父親のこと全然見ないくせに」
「……」
私は黙って俯くことしか出来なかった。
私の目からは大粒の涙が零れ落ちていた。
「ふふふ……」
小悪魔は微笑む。
「あぁ楽しかった。本当君との会話を楽しみにしていたんだよ。想像以上に楽しめた。そうだ、楽しませてもらったお礼に次の部屋への鍵は開けておくね」
ガチャリという音がした。
「うわあぁん……!」
私はこの悪魔から逃げるように泣きながら走った。
「君は本当に面白い人だよ。嘘の塊のような人だ。どうかこれからもそのままの君でいてくれ。虚無子」
私は扉を激しく閉めた。




