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虚無子の冒険。  作者: 愛謳歌
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笑い玉

 扉をくぐった私は笑顔を浮かべている顔の絵が飾られた廊下を歩いていた。

 周りに飾られている笑顔とは裏腹に私は戸惑いの表情を浮かべながらサインの書かれた契約書を眺めていた。


「なんであんなことしちゃったのかな……」

 私は自分で自分の行動に驚いていた。

「欲しい」

 そう思ったときにはまるで操られるかのように体が勝手に動いていた。

「……まぁこれもきっと魔法のノートの力ね。私を持ち主として選んでくれたのよ。ねぇアンドリュー」

 そういって私はアンドリューを抱きしめながら歩き、扉に着いた。


 口角が上がっている口の描かれた扉。無気味なほど健康的なピンク色をした口の絵。

「気色悪い……どういうセンスをしているのよ……」

 悪態をつきながら私は扉を開けた。


 *


 部屋に入った途端私は眩暈に襲われた。

 部屋の中が幾何学的な模様でびっしりと描かれていた。

「なにこれ、すごく目が痛い……」

 私は襲い掛かる眩暈を我慢しながら部屋の様子を調べた。

 小さな部屋であり、意外にも扉をすぐ見つけることが出来た。

 むしろ扉以外に家具が何もなかった。あるとしたら部屋の中央に黒いボールが置いてあるくらいである。


「扉をすぐに見つけられて良かった。でもこの部屋に住居人はいないの? 扉はどうせ開いてないんでしょ……」

 私は部屋を開けてくれるこの部屋の住居人を探した。

 しかし何もないこの部屋のどこを探せばいいのか。

 見渡しているうちに私は毒々しい幾何学模様に目をやられ、眩暈が強くなった。徐々に増していく目の痛みと共に。私の怒りもたまっていった。

「なによこの部屋……すごく目が痛くなるし、誰もいないし、気分は悪くなるし、もう最悪……」

 私が悪態をついているときだった、部屋の中で何かが動いたのに私は気が付いた。ボールがひとりでに転がっている。


 私は口をつむぎ、体を硬直させ、ボールを見つめた。ボールはゆっくりと回転し、今まで見えていた面の反対側が見えてきた。

 ボールが私を見つめた。正確には見つめたかどうかはわからなかった。

 なぜならそこには大きな口しかなかったから。

 しかしこのボールが私の存在に気づいたことに何故か確信を持てた。


「……」

 私は緊張した面持ちでボールを見つめた。

「…………」

 うるさい模様の部屋とは対照的に静寂が部屋を包む。

「……………………」

 待てどもボールは動かない。痺れを切らした私は声をかけることにした。

「あ、あの……扉……開けてもらえませんか?」

 ボールは動かない。私は続いて声をかけた。

「あ、もしかしてもう開いてたり……?」

 ボールは動かない。そうこうしているうちに目の痛みがどんどん強くなり、私は我慢の限界をむかえた。

「なによ! なにか言いなさいよ! そんな大きな口があるんだったら何か言ったらどうなの!?」

 私は声を荒らげ力いっぱいに叫んだ。

 するとボールの口が動き出した。

 口角が少しずつ上がり、白い歯を見せながらボールは声を発した。


 アハハハハ


 笑い声だった。突然の笑いに私はひどく混乱した。

「え? 何? 何を笑ってるの!?」


 アハハハハハハハハ!


 ボールは笑い続ける。

「何なの……どうすればいいの!? こんな言葉が通じない相手と話せるわけがないじゃない!」

 言葉と言って私はハッとした。私には言葉が通じない相手とコミュニケーションをとることが出来ることを思い出した。笑い続けるボールをよそに私はリュックからノートを取り出し、中を見た。


[ 笑って ]


 そこには一言そう書かれてあった。

「あはは……」

 私は目の痛みと眩暈を我慢し弱弱しく笑った。

 するとガチャリという鍵の開いた音が聞こえた。

「あはは……なによ簡単じゃない。鍵が開いたみたいだしもう用はないわ。さようなら。」

 私はふらふらと扉に向かって歩いた。


 アハハハハハハハハハハハハハハ!!


 ボールは絶え間なく笑っている。

 私はその笑い声が何かとかぶる感覚がした。


 アハハハハハハハハハハハハハハ!!


 私を囲む人から発せられる声。


 『 やーい! 虚無子! 』


 私はその感覚の正体がわかった。眩暈が急に悪化した。

「やめて!」

 私は叫んだ。


 アハハハハハハハハハハハハハハ!!!


 しかしボールは容赦なく笑う。

「やめて!! 笑わないで!!!」


 アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!


 ボールは徐々に大きな声で笑い始めた。その笑いが私の心を抉る。

「うるさい!!! 笑うな!!!!」


 ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! ! !


 ボールがひときわ大きな声で笑った。

 その声の大きさは私の頭に痛みをもたらすほどであった。

 身の危険を感じた私は吐き気を我慢し、ふらつきながらも扉に急いで向かった。


 ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! ! !


 ア ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ハ ! ! !


 ボールは笑い続ける。

 頭にガンガン響くその音から逃げるように私は進み、扉にたどり着くと同時に勢いよく部屋から出た。


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