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虚無子の冒険。  作者: 愛謳歌
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魔物のアパート

「ここね……」

 私は目の前にあるアパートを見つめた。

 噂を聞いて誰か来るかと思ったが誰もおらず、静寂だけがそこにあった。

 目の前にたたずむ大きな建物は周りに照明がないため無気味に影をおびていた。

「……別に怖くなんかないわ。今から行く世界はこんな無気味なところじゃないもの」


 薄暗い廊下、その一番奥の扉が噂の場所。

 電気が通ってないはずなのに、たしかにその扉の前の照明だけは薄暗く灯っていた。

 私はゴクリと喉をならし、静かに扉を開けた。

「……あれ?」

 私はポカンと口を開けた。

 扉の先には化け物などいなかった、それどころか部屋すらもなかった。

 目の前にあるのは先の見えない地下へ続く階段だけであった。

「なにが扉の中に何かがいたよ……嘘じゃない……」

 恐らく噂を流した小学生はつくはずのない電気がついているのを見て恐ろしくなり逃げたのだろう。

「……でもまさに別世界への入り口って感じね。楽しみだわ」

 私は暗く足元の見えない階段を踏み外さないように少しずつ降りて行った。


 ………

 ……

 …


 カツン……カツン……

 どれだけこの階段を下りたことか、一向に先に着く気配がなかった。

「この階段いつまで続くのよ……ちゃんと先はあるんでしょうね……」

 私は微弱な照明しかない階段を少しずつ進んだ。

「あなたがいてくれて良かったわ。こんな階段しかない退屈な場所に話し相手がいてくれるんですもの」

 階段を下りる前にリュックから外したアンドリューに語りかけ、強く握った。


 アンドリューを握りしめながら階段を下りていると明かりが見えてきた。

「やっとついたのね……」

 ため息をつきながら私は部屋に入った。


 *


 目の前に広がる部屋は洋風な屋敷のようだった。

 床には赤い絨毯がしかれており、壁にはよくわからない絵画がかけられている。ソファに机、さらにはカウンターのようなものがあり、アパートの一室というよりもホテルのフロントのようであった。


 私は長い階段で疲れた足を癒すためにソファに座った。


「ようこそいらっしゃいました」


 突然後ろから掛けられた声に私は驚いて立ち上がり、同時に振り向いた。

 そこには小さな老人のようなものがいた。

「ような」というのは外見が人間のそれとは違ったためだ。

 白いジャケット。

 妙に広い肩幅。

 その割には細い脚。

 横にしか生えていない白髪。

 そして頭にある2つの角。

 赤褐色の肌。


 人はあまりに衝撃的な場面に出くわすと声が出なくなる。

 私は叫ぶことも忘れ、ただその小さな老人を見ていた。

「入居をご希望の方でしょうか?」

 老人はパクパクと口を動かすだけで声を出さない私を不思議そうに眺め、そして納得したような顔をしてから指を振った。

 私は自分の意志とは関係なしにソファに座った。

(何今の!? 勝手に体が動いた!?)

 私が戸惑っていると今度はクラシックのような音楽が流れ始めた。

(この音楽……なんだか心が落ち着いてくる……)

 私は静かな音楽と共に頭の中が少しずつ冷静になっていくのを感じた。

「これは失礼しました。人間のお客様ですね。私はこのアパートの管理人でございます」

「えっ? か、管理人……?」

「はい。そしていわゆる小鬼というものです。お客様は私のようなものを見るのは初めてでしょう?パニックになっていたようなので心落ち着くクラシックをおかけしました」

「あ、ありがとうございます……」

 妙に丁寧に話しかけるその小鬼に私は少し戸惑いを感じた。

「それで、お客様は入居をご希望でしょうか?」

「えっ……あっ……」

(入居?私は別の世界で暮らすために来たのだから、入居しにきたのと同じことになのかな)

「た、多分そう……です……」

 消え入りそうな声で私は答えた。

「そうですか。入居をご希望のお客様ですね。このアパートに入居するには条件があります」

「条件……?」

「はい。それでは今から入居の方法をご説明いたします」

 小鬼はカウンターから一枚の紙をとりだし、それを見せながら説明を始めた


 ・入居の際にはこちらの契約書を使用します

 ・必要なものはあなた様のサインと今の住居人のサインです

 ・現在このアパートには10名の住居人がおります

 ・サインをする方法はその住居人の部屋を出る

 ・全員のサインがなくてはこのアパートには入居できません


「……以上です」

 一息に説明されたが、私は迷うことなく記憶することが出来た。

「さ、サインをしてもらう方法の「部屋を出る」というのは、扉を開けてすぐに閉めれば良いということ?」

「このアパートの部屋は連なっている構造となっています。つまり入口と出口が存在し、出口をでると次の住居人の部屋に行けるというものです。出口から出た場合にのみサインをいただける形になります」

「あぁそういうことね……」

(要するにただ素通りしていけばいいのね。話しかける必要がないならすごく楽だわ)

「わかったわ」

 私は自信に満ちた声で答えた。

「それではこちらが契約書となります。最初の住居人の部屋はあちらの扉になります」

 小鬼は赤く細い指で奥にある扉を指した。

 私は契約書を受け取ると足早に扉に向かって歩き、扉を開けた。


「ここの者はみな一癖も二癖もあります。お気をつけて」


 いつの間にか音楽は止まっており、静かな空間の中、無気味に聞こえる小鬼の声が少しずつ閉まる扉の隙間から聞こえ、扉は閉まった。


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