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虚無子の冒険。  作者: 愛謳歌
10/14

???

 扉をくぐった私は真っ白な絵が飾られた廊下を歩いていた。

 アンドリューを抱きながら歩く私の姿は、今までの自分とは違い、とても堂々としていた。

 弱々しく、とても不安定な私の心に大きな支えが生まれたように感じた。

 不器用な父親の愛。優しい母親の愛。

 2人の愛に支えられ、私の心は大きく成長したような気がした。


「今日を大切に、幸せに……か。ふふふっ。愛ちゃんの言ってた通り、とっても素敵な意味があったわ」

 明日をもっと良くするために今日を大切に。

 今までの私は今日という日が嫌いだった。

 何も上手くいかない、周りは嫌なものばかり、そんな日々に私は絶望をしていた。

「当然よね。私は今まで今日を大切にしてこなかったんだから。明日が良い日になるわけないわ」

 努力をせず、立ち向かわず、延々と逃げ続けるだけの日々。

「お父さんを見習わないとね。お父さんはとっても頑張り屋さんだから」

 私のためにすべてを捧げてくれた親愛なる父親。私の大好きなお父さん。


「お父さん……会いたい……」

 私はポツリとつぶやき、立ち止まった。


「でもまだ会えないわ。私にはまだやり残していることがあるはずだから」

 私はそう言って頬を叩き、契約書を取り出して3つの空欄を見た。

「まだ何かあるのかもしれない。私はすべてを知るまで帰るわけにはいかないわ」

 私はギュッと力を入れた自分の拳を見つめた。

「何が起きても私は大丈夫。だってたくさんの大切なものを手に入れたんだから」

「それに、アンドリューもいるしね」

 そう言って私はアンドリューに笑顔を向けて歩き、扉についた。


 真っ白な扉。白いドアノブの他には染みひとつない、真っ白でどこか透き通った雰囲気の扉。

「真っ白? なんだか今までの扉と雰囲気がまるで違うわね」

 今までの扉はその住居人の特徴を表しているかのように個性的な扉だった。

「真っ白……どういうことなんだろう?」

 私は疑問に思いながら扉を開いた。


 *


 部屋の中は扉と同じように真っ白な空間が広がっていた。

 あたり一面が真っ白で、家具も住居人も、何もなかった。

「本当に真っ白……何もないわ……」

 私は扉から身を乗り出し、部屋の下を見た。

 どこまで行っても白が続くだけであった。

「これ……床がちゃんとあるのかしら……」

 そう言いながら私は恐る恐る片足を部屋に入れた。

 コーン……

 まるで水晶を叩いたかのような音が響き渡り、水面が揺れるように足を付けた空間が波打った。

「わぁ! とっても不思議! それに綺麗……」

 立てることを確認できた私は部屋に入り、その不思議な白い海を歩いた。

 コーン……

 コーン……

 美しい足音が響き渡り、綺麗な白い波が踊る。

「まるで天国みたい。天使にでもなった気分だわ」

 私は笑いながら両手を広げ、白い空間を走った。



 走っていると、少し先に何かがあるのに気が付いた。

 私はその何かに向かってゆっくり歩いた。

 そこには白いモヤのようなものがあった。

「なんだろう……これ?」

 私はその白いモヤに触れようとした。しかし触れることはできずに手は通り抜けてしまった。

「触れない? でも確かにここに存在しているわ」

 ユラユラと微かに揺れる白いモヤ。大きさは私と同じくらいであった。

「まさか次の部屋に行く扉なわけないし……もしかしたら!」

 そう言って私はノートを取り出した。

「ごめんなさい。もうちょっとだけこのノートを使わせて」

 そう言って私はノートを開いた。


[ 私は誰なの? ]


 ノートには私に問いかける言葉が書かれていた。

「『私は誰なの?』……まさか私に対して質問をしてくるとは思いもしなかったわ」

 私は頭を抱えた。見た目だけではただの白いモヤにしか見えないその存在が何なのかを当てられる自信がなかった。

「えーと……あなたは『霧』?」

[ いいえ ]

 まったく自信がない声で私は言った。

「まぁそりゃ違うよね……」

 私は想像通りの答えに笑った。


「うーん……ヒントが無さすぎるのよね」

 扉も部屋も本人も真っ白。全てが白に包まれており、ヒントと言えるものは何一つなかった。

「あなたの見た目って本当に真っ白なのかしら……?」

 私はふと思ったことを呟いた。

 白いモヤが微かに揺れる。

[ いいえ ]

 ノートに文字が書かれた。

「あっ! もしかして今の呟きに答えたのかしら?」

 そう思った私はもう一度先ほどの呟きを言ってみることにした。

「あなたの見た目は真っ白?」

[ いいえ ]

 ノートには否定の言葉が書かれていた。

「やっぱり! 質問をしてヒントを得ればいいのね!」

 この白いモヤの正体を知る手がかりを得た私は意気揚々と質問を始めた。


「あなたの名前は何?」

[ わからない ]

「わからない……流石にこれでわかったら苦労しないわね」

 そう言って私は笑い、質問を続けた。


「あなたの好きなことって何?」

[ わからない ]

「あら? これもわからないの?」

 予想外の答えに私は少し驚き、質問を続けた。


「あなたは化け物?」

[ いいえ ]


「あなたは人間? それとも人に似た何か? どっち?」

[ わからない ]


「あなたは生きてるの?」

「 はい 」


「……なるほどね」

 私は顎に手を当て、今までのやり取りを思い返し、考えた。

 しばらくして私は顔をあげ、質問をした。

「もしかしたら、あなたって『はい』か『いいえ』でしか答えられないのかしら?」

[ はい ]

「やっぱりね」

 ノートには予想通りの答えが書かれていた。

 今までの質問の答えは『はい』か『いいえ』のどちらかであった。その2つで答えられない時は『わからない』と書かれるのに私は気が付いた。

「質問の仕方もわかったことだし、ここからが本番ね」

 私は白いモヤを見つめ、質問を再開した。


「あなたの種族に性別はある?」

[ はい ]


「あなたは男?」

[ いいえ ]


「じゃあ女?」

[ はい ]


「あなたは食事をとる?」

[ はい ]


「あなたって……もしかして人間?」

[ はい ]


「人間なのね……」

 私は人間と答えるその白いモヤを見つめた。見た目からはとても人間であるとは思えなかった。

「でも人間だとしても、誰なのか答えられるのかな……」

 私は不安な眼差しで白いモヤを見つめ、質問を再開した。


「あなたはアメリカ人?」

[ いいえ ]


「あなたは中国人?」

[ いいえ ]


「じゃあもしかして同じ日本人なのかしら?」

[ はい ]


「私と同じ日本人なのね!」

 同じ日本人であるとわかり、私は少し嬉しかった。


「あなたは大人?」

[ いいえ ]


「じゃあ子供?」

[ はい ]


「ということは女の子なのね!」

[ はい ]


「女の子! もしかしたら友達になれるかも!」

 私は期待を胸に質問を続けた。


「あなたってお人形好き?」

[ はい ]


「じゃあ私の友達のアンドリューを紹介してあげる! 可愛いでしょ?」

[ はい ]


「やったわねアンドリュー。あなたモテモテよ」

 そう言って私はアンドリューの頬を指でつついた。


「あなたはお菓子を食べるの好き?」

[ はい ]


「私もいつも食べ過ぎるくらいにお菓子が好きなの! あなたもそういうことしちゃう?」

[ はい ]


「あははっ! 同じね!」

[ はい ]


「私は小学4年生なんだけど、あなたは年上かしら?」

[ いいえ ]


「じゃあ、あなたも小学生?」

[ はい ]


「あなたも小学生なの!? じゃあもしかして同じ4年生だったり!?」

[ はい ]


「年も同じで人形が好きでお菓子が好き! 私たち絶対気が合うわ!」

 私は興奮してそう言った。ここまで私の趣味とあった人がいただろうか?少なくとも私の人生では1人もいなかった。

「私、あなたに会えてうれしいわ!」

 私は笑顔でそう言った。



 次の質問をしようと思った私は口を開いた。

 しかし私は途中で止まり、少しずつ口を閉じた。

 先ほどまで明るかった私の表情がだんだん暗くなっていく。

「私は……友達が少ないの……あなたは友達が大勢いるのかしら?」

[ いいえ ]


「あなたも少ないのね……実を言うと私、学校でいじめられているの……もしかしてあなたも?」

[ はい ]


「あなたもそうなのね……もしかしてあなたも学校は幼稚なところだって思ってた?」

[ はい ]


「……もしかしてあなたは周りの人を馬鹿だと思ってた?」

[ はい ]


「……あなたは強がって、周りの人の助けを断ったりした?」

[ はい ]


「あなたは家族を嫌っていた?」

[ はい ]


「家族は暗く、そして自分のことを見てくれてないと思ってた?」

[ はい ]


「でもそれは自分の間違いだと気が付いた?」

[ はい ]


「あなたは父親が好き?」

[ はい ]


「あなたは母親が好き?」

[ はい ]


「……あなたは友達が欲しい?」

[ はい ]


「……あなたは……本当は……学校の人とも仲良くしたいのね……?」

[ はい ]


「本当はもっといっぱい友達を作って、友達と一緒に喋って、友達と一緒に食べて、友達と一緒に遊んで、友達と一緒に帰りたいのね……?」

[ はい ]


「あなたは……本当は一人ぼっちが嫌なのね……?」

[ はい ]



「あなたは……あなたは……」

 私の目から涙がぽろぽろとひとりでに零れ落ちた。

 前の部屋で私は家族の大切さを知った。

 でもまだ私にはわからないものがあった。

 私は私自身をまだ知らなかった。私自身を知らないがために私は自分に自信が持てなかった。

「あなたは……いえ、私は……」

 私は涙を流し、嗚咽を漏らした。


「最初……私は友達を作ろうと思ったの……でも周りの人は……私を置いてどんどん友達を作って……だから私は……周りを幼稚な人とか言って……自分から友達を作らなかったって思うようにしたの……」


 私の心を何も遮らず、私の心が直接言っているかのように、本当の気持ちが口から溢れ出てきた。


「いじめられるのは嫌……でもやめてって言えないの……怖くて……周りの人が助けてくれたときは嬉しかった……。でもそこで喜んじゃったら……今まで友達として接することが出来なかったのは自分のせいだって気づいちゃうから……だから私は周りを遠ざけたの……」


「私……今まですごく醜いことをしていたのね……いつもあいつらのことを醜いと思ってたけど……本当に醜いのは私……」


「私……私……本当は……本当は……!」



「私! 本当は友達が欲しいの!!」



 私は醜く酷い泣き顔をしながら叫んだ。


「本当は友達が欲しい! 一人は嫌なの! 友達と一緒にいたい! もういじめられたくない!!」


 私の心の奥底に押し込んでいた気持ちが私の口から飛び出した。


「今までの私は馬鹿だった! 友達が欲しいのに自分からは何もしなかったの! 私のつまらない意地が邪魔したの!」


「だから愛ちゃんが友達になってくれたときは本当にうれしかった! 初めて私自身の言葉で作れた友達だから! そして友達の大切さを知ることが出来たの!」


 一生の友達の笑顔が思い浮かぶ。


「私にも友達が作れるの……それがとっても嬉しかった……私は、私の言葉で友達を作ることができるの……」


 私の目に力強い輝きが灯る。


「だから! 私は今までのつまらない私ではなく! 本当にやりたい、友達を作ることをするの!」


「もう私は逃げない! 今まで散々逃げたから! これからは立ち向かう時なの!!」


 私は今までのような弱々しい姿でなく、前を見つめ、真っ直ぐに立った。

 やがて力強い私の表情が徐々に優しい表情に変わっていき、白いモヤを見つめた。

 白いモヤは揺れていた。


「……わかったわ、あなたの正体」

 私は胸に手を当て、静かに目を閉じた。


「あなたは……自分の大切なものに気付き、自分自身の気持ちにも気付いた……あなたはとても強い人……」


 私は目を開き、自信を持って答えた。


「あなたは私よ。今までのように傲慢で臆病な私ではなく、弱い自分を認め、自分に自信を持った私」


 そう言った途端、白いモヤが輝きだし、私の視界は光で染まった。

 私はあまりの眩しさに目を閉じ、手で目を覆った。

 徐々に輝きは弱まり、ガチャリという音と共に光は収まった。

 私はゆっくり目を開けた


 そこには白い扉と、私がいた。


『そう。私はあなた。もう、1人が嫌なあなた』

「ごめんなさい……私、今まであなたに酷いことしてたわ……あなたを大切にしなくて、ごめんなさい……」

 私は私自身に謝った。

『いいのよ。過去の失敗は未来の成功のための一歩なんだから。』

 そう言ってもう一人の私は微笑んだ。


『これからは……私を大切にね』

「うん。私は私を大切にする」


 私も微笑み、涙をぬぐった。


 *


『あなたは大切なことを知った。家族の事。そして自分自身の事を』

 扉の前に立つ私に対し、もう一人の私が言った。

『あなたは大切なことをもう全て知った。でもあなたは元の世界に戻るために先に進まなくちゃいけないの』

 もう一人の私は寂しい笑顔を浮かべた。

『周りの人に謝りたい、大好きなお父さんに会いたい……だけど、この先の苦難を乗り越えなくちゃいけないの』

「苦難……」

 私は呟いた。

『この次の部屋では、あなたの心にある悪い心、弱い心、そういった負の感情があなたを襲う』

『今までで一番辛いかもしれない……』

 もう一人の私は俯いてそうつぶやいた。

「大丈夫よ!」

 私は俯いてるもう一人の私を元気づけるために、明るい声で言った。

「私なら大丈夫! 他でもない私が言うんだもの! だからあなたは安心して」

 私は無邪気な笑顔を浮かべた。

 もう一人の私は一瞬驚いた表情を浮かべ、すぐに笑顔になった。


『あははっ。私が言うなら間違いないわね』

「そうよ! だからあなたは何も不安にならなくていいわ」


「私はもう迷わないわ! だって私のことを知ったのだから! 私の気持ち、私のやりたいことをね」

 私は扉を開けた

「大切な友達。大切な家族。そして大切な私」

 私は振り返った。


「私は負けないわ!!」


 私はとびっきりの笑顔を浮かべ、自信満々でそう言った。


『ありがとう……』


 少しずつ閉まる扉の隙間から、安らぎに満ちた声が聞こえ、扉は閉まった。


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