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虚無子の冒険。  作者: 愛謳歌
1/14

つまらない世界

「 ――――――― ! 」

     「 ――――――――― ! 」


 お昼休みの小学校。一人の女の子を取り囲むように子供たちが集まり、各々罵倒を繰り返している。

 女の子の名前は「今日子」(きょうこ)。クラスの嫌われ者。勉強もできない友達もいない何もない子。

 学校の子供たちはそんな彼女にあだ名を付けた。


「 やーい! 虚無子! 」


 何もないやつ。虚無子。


 学校の国語の時間にたまたま出てきた難しい言葉を子供は使いたがるものだ。

 それが苛めの道具として使われた。

「……」

 虚無子は黙ってうつむくことしかできない。言い返す言葉と勇気を虚無子は持っていない。

 彼女を助けてくれるような人はいない。


 キーン コーン カーン コーン

「 そろそろ行こうぜー 」


 虚無子が解放されたのはお昼休みの終わりを知らせるチャイムが鳴ってからであった。


 ………

 ……

 …


「何が虚無子よ、たまたま難しい言葉を覚えたからって子供みたいにはしゃいで馬鹿じゃないの……」

 夕方、帰り道の途中で虚無子は目が隠れるほど長い前髪を垂らしながら俯き、一人つぶやいていた。


「友達がいないって? 誰があんた達みたいな子供と一緒にいるもんですか」

「うんざり。学校って本当に意味のないところね。授業なんて受けても幼稚な子供しかできてないじゃない。そんな授業を真面目に聞く必要なんてないわ」

「私にちょっかい出してくる幼稚なガキもムカつくけど周りの奴らもなんなの? チラチラこっちを見るくらいならあのガキ共に何か言えばいいじゃない」

「……まぁ私は別に困ってないから余計な口出しはいらないけど」


 日は徐々に沈み、虚無子のつぶやきは続いていく。


 今までに虐められている虚無子を助けようとする子供は何人かいた。

 しかし虚無子自身がその子供達の助けを余計なことと言って追い払うため、今では助けようとする子供はいなくなってしまった。


「そして……このつまらない家に帰ってくる……」


 日は完全に落ち、虚無子はアパートに着いた。


 *


 無駄に明るい人工的な照明が灯る廊下、その一番奥の扉が虚無子の家。

 バタンと大きな音を立てて虚無子は扉を閉めた。


「今日子……おかえりなさい……」

 暗い顔をした気弱そうな男が虚無子を出迎えた。虚無子の父親である。

「……」

「ご飯できているよ……食べるかい?」

「……後で食べる」

 父親を見ることなくそう言った虚無子は自分の部屋へ向かっていった。

「そうか……じゃあ後で一緒に食べよう……」

 消え入りそうな声でそう言った父親はリビングへと消えていった。



 虚無子はピンクのネームプレートのついた扉を開けた。そしてたくさんの人形に囲まれたベッドに飛びつき、お気に入りのクマの人形を抱きしめた。

「ただいまアンドリュー。元気にお留守番してた?」

 虚無子はアンドリューと呼ばれるクマの人形に向かって話しを始めた。

「ねえ聞いて! 今日もまた幼稚な子供が私にちょっかい出してきたのよ! 相手してあげなくちゃいけなくて本当に面倒だったわ。それに家に帰ってきたとたん暗い顔した奴が現れたのよ! もう最悪!」

 物言わぬ人形に向かって今日の出来事を話し続ける虚無子。

「今日もお話に付き合ってくれてありがとう。アンドリュー」

 一通りしゃべってお腹が空いた虚無子はリビングへ向かった。


「それにしても本当に学校ってつまらないわね。周りも馬鹿ばかりだし」

「そのつまらない学校が終わって、このつまらない家に帰ってくる……」

「本当……つまらない世界……」



 リビングに入ると仏壇の前に座っている父親の姿が目に入った。

 仏壇の前にはほほえみを浮かべている綺麗な女性の写真が飾ってあった。虚無子の母親の写真である。

 虚無子の母親は小さい頃に他界しており、この家には父親と虚無子の2人だけしかいない。昔、父親は普通のサラリーマンであった。しかし母親が他界してからは育児に時間をおくために近くのパートと内職を始めた。


 虚無子は無言で台所へ行き、用意されていた料理を机に運び食事を始めた。食器の音で虚無子に気が付いた父親も遅れて食事を始めた。


 静寂がリビングを包み込む。聞こえる音は食器の音だけ。家族の団らんも明るい笑い声もそこにはない。

 食事を終わらせた虚無子はさっさと立ち上がり自分の部屋へ戻っていった。

 バタンという大きな音がリビングに広がった。


 *


 ある日虚無子は一つの噂を聞いた。


「あのアパートの一番奥の部屋は別の世界につながっている」


 あのアパートとは、なぜか住宅街から少し離れた場所に存在している廃アパートだ。形は残っているが手入れはされていないため内装は荒れ果てている。小学生たちはよくそのアパートでかくれんぼ等をして遊んでいた。

 ある夜、小学生の一人が忘れ物を取りに行ったとき、廊下の一番奥の照明がついているのを見た、そして扉の中に何かがいたという。

 この世ならざるモノがそこにいた、つまり別の世界につながっている、というのが噂の内容だ。


 噂を聞いた子供たちは馬鹿にしていたが、虚無子はその噂を聞いた時、胸が躍った。

「別の世界? この世界じゃないところに行けるの? このつまらない退屈な世界から出られるの?」

 つまらない世界からの脱出。いじめてくる奴もいない。暗い顔をした親もいない。

 虚無子にとってそれは理想郷への行き方に聞こえた。

「何て素晴らしいことなの! いつもあいつらが遊んでるアパートにそんな秘密があるなんて! でも中に何かいるってなんなの……。化け物とかはいないわよね……」

「……まぁ化け物なんか別に怖くないわ、ここにある退屈に比べたらむしろ刺激的で喜ばしいことじゃない!」

 その日虚無子は足早と家へ帰って行った。


 バタンとドアを開け、出迎えていた父親に目もくれずに虚無子は自分の部屋へ向かい、アパートに持っていく物の準備を始めた。

「今日からこの家ともお別れね。向こうでは何が必要かな、とりあえず食料とお金は必要よね。あと暗い所だからライトとか?」

 意気揚々と小さなリュックに大量のお菓子や少しずつためたお小遣い、ライトなどを詰め込みながら虚無子は他に何か必要なものはないかあたりを見回した。

「あ……」

 周りにある大量の人形が目に入る。

「ごめんなさい、皆を連れては行けないの。仕方がないことなの。許してね」

 そういいながら虚無子はアンドリューだけをリュックにしばりつけた。


 夜になり、荷物をまとめた虚無子は勢いよく部屋を出て玄関まで来た。

 興奮のせいで上手く靴紐が結べずにいると後ろから父親の声が聞こえた。

「こんな時間にどこかに行くのか?」

 虚無子は一瞬止ってから靴紐を結んで立ち上がり言った。

「私、別の世界に行く」

「……別の?」

 父親は戸惑いの声をあげる。

「そう。この家を出ていくってこと。さようなら」

 そう言いながら虚無子は家を出ようとした。


「待ちなさい!!」


 今までに聞いたことのない父親の怒号に驚いて虚無子は止まり、そして振り返った。

「お父さんはお母さんがいなくなってもうお前しかいないんだ……。家出なんてやめなさい……」

 悲しく暗い顔をした父親の姿。虚無子の嫌いな顔がそこにあった。


「……」

「さぁ、寒いから扉を閉めて部屋に入りなさい」

「……うるさい」

「え?」

「うるさいのよ! そうやっていつも暗い顔をして私を見て!」

 今まで抑えていた気持ちが虚無子の口からあふれ出てきた。

「ごめんなさいね! お母さんじゃなくて私しかいなくて! いつも向かっているのは仏壇のお母さんの写真! 私なんかいても嬉しくないんでしょ? ご飯の時だって私の顔を見ないものね!!!」

「ち、ちがう……そういうわけでは……」

「もういい!! こんな家出てってやる!!!」


 涙を目のふちにため、叫びながら虚無子はかけて行った。

 後ろから何かを叫ぶ父親の声がしたが、風にかき消されて聞こえなかった。


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