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てめぇら全員イカれてるっっ  作者: カンパネルラ
3/8

「これぞまさしく運命の」と称するにはあまりにも狡猾で、不可抗力で、放逸的で、身も蓋もないこと

すぐに終わらそうと努力しました。しかしそんな目標も呆気なく・・・・いともたやすく、打ち破られたのです。そう、これが俗に言う計画倒れです。

「こんにちは~」


 突然真上から掛けられた男の声に、幼い姉弟は揃って体を向けた。

 にこにこと人当たりのよい笑みを見せる男はまだ若く、高校生のお兄さん位に見えた。二人が近所でよく見かけるお兄さんは、ここまで綺麗な顔立ちはしていないし、優しい声色など出してきたことなどないが。

 第一この青年が垢抜けているのに対し、向こうはどこか野暮ったい。姉弟の観点でいけば、キラキラしたお月様と、そこらに転がっている石のようなイメージだ。

 中腰になって此方をじっくり眺めてくる彼の服装は渋谷系ファッション。それ自体、郊外にある小さな公園にはどうにも似つかわしいイレギュラーな存在だった。

 彼の服装が悪いといっているわけではないが、これで、これまた頭の軽そうなケバい友人以上恋人未満の女性が一人くらいひっついてでもしていれば、まだデート中偶然立ち寄っただけ・・・・というのも(強引ではあるが)納得できる。

 だが今、彼は一人だ。

 その上人気のない、もう夕日が彼方に見える頃の公園で、小学校低学年の児童たちに接触している。

 これだけでは彼が危険であるとは断言できないが、明らかに不審である。

 しかしまだ幼い二人にはそれを判断するだけの状況整理もできなかった。

 

「こ、こんにちは」


 姉である少女のほうは一応の礼儀は知っているらしく、緊張したのか赤面しながらも挨拶を返した。弟のほうは、無言で青年を見つめるだけだった。

 青年はその様子に不満の色を見せるわけでもなく、何が可笑しいのかフフフ、と笑った。


「へ~、懐かしいなあ。砂遊びかぁ」


「・・・・っ!えと、あのね、私たち、トンネルつくってたの。みてみて!」


 青年が二人の遊戯に興味を示すと、姉の人見知りが解けたのか、自分たちの作品を披露した。

 砂場にしゃがみこむ二人の足元を覗き込んでみれば、大半の人間が予想のつくであろうスタンダードな砂の山が出来上がっていた。二人はそのど真ん中の開通工事の最中だったようだ。

 周りにはプラスチックのシャベルやらバケツなどといった作業道具、また、そこを通る為のミニカー、機関車まで顔を並べていた。


「すごいじゃん。上手にできてる~」


 青年に褒められて「えへへへへ」と嬉しそうに少女は笑うが、弟はやはりじっとその様子を凝視するだけで、なんら反応をするわけではない。寧ろ、睨んでいるよう。

 水彩絵の具で、背景も人物も何もかも、無視して塗りたくったような 淡い橙色で染まった公園。

 奇妙な青年の影が、ぐにょんと歪に伸びる。

 あれ、今お兄ちゃんの影が・・・・少女が口を開こうとすると、どこか慌てた様に弟が少女の服の裾をくい、と引っ張った。続けて公園を囲む電灯を指差す。


「あっ、もう帰らなきゃ」


 冬を過ぎ、日照時間が延びたとはいえまだまだ春になりきらないのがこの時期である。日の落ちる時間がまだ早い。今夕日がきれいだなどと思ったら、すぐに夜の闇がやってくる。

 姉弟が砂場のおもちゃを片付け終わると、青年が傍に屈みこんだ。するとおもむろにポケットから何か取り出したではないか。

 いくつものファッションリングが嵌まる細い指がつまんでいるのは赤い糸だった。

 血管のように生々しく、細い。しかし毛糸のように柔らかそうなこの糸を、「それ、なあに?」と不思議そうに見つめる姉の左手小指に結びつけ、もう一端を弟のそれに結んだ。

 そうして立ち直すと、


「これはね、お守り、だよ」


「おまもり・・・・?」


 今一合点がいかないという顔の少女に青年は続けた。


「うん。お守り。これさえしておけば、君たち二人はこれから先どれだけ大変なことや辛い事があっても離れないでいられる。たとえ道に迷ったとしても、二人は『ずっと一緒』」


 にこにこと、和やかな空気を漂わせながら青年はまじないをかけるかのように言葉をつむいだ。

 無邪気な少女は「そっか!」と破顔すると、弟の手をぎゅっとつないだ。

 

「お兄ちゃん、ありがとーっじゃあねー!!」


「うん、バイバーイ」


 姉弟が去ってゆくのを見届けると、青年は先程までの温和な様子とは打って変わり、乱暴にベンチに座り込んだ。

 ポケットからタバコとライターを取り出し、慣れた手際で早々に火をつける。

 そうして一服。吸い込んだ煙をフーッと吐き出した。


「・・・・・・さあて、どうなることやら」

 

 酷薄な笑みを頬に宿し、咽喉の奥からくっくっくっくと声を上げた。



 


 それからいくつもの春が過ぎ、二人は高校生になっていた。

 姉の夏菜は16歳、弟の雪矢は15歳。公園で奇矯な青年に出会ってもうずいぶんたつ。

 だが姉弟は彼のことをまだ、覚えていた。

 彼の独特で、不思議な雰囲気は確かに印象的だったが、青年と接触していたのはほんの30分程度。普通幼い児童がそんな短時間会話した位で記憶していることができるだろうか。

 しかし特別記憶力が高いわけでもないこの姉弟があの怪しい青年を覚えていられたのには、訳があった。





「ぐぎゃーー!!ねえちゃーん!!」


「え?うわあああっ雪矢どこーー!?!」


 時は飯時、違ったわ、昼食時間ーランチタイムー。二人は現在、激戦区にいた。

 前々から生徒間で話題になっていた期間限定発売予定の「超贅沢ゴールデンショコラパン」。今日それの発売初日なものだから購買部は荒ぶる生徒たちが怒涛の渦で溢れていた。

 そこになんの心の準備もないまま姉弟たちはまんまとその集団に呑み込まれてしまったというわけだ。(怖)

 

「はあ、ふう、やっと抜け出せた・・・・」


「あ~~苦しかったあああ・・・・・・」


 命からがら脱出に成功した二人はどうにか落ち合うと、ほっと安堵する。それからいつもの場所へと赴いた。

 姉弟がたどりついたのは東校舎の非常階段出入り口(踊り場というのかしらん?)。思いっきり外である。

 実は此処、誰にも使用されないようになってから長く、鍵などもう使い物になっていないため二人にとって絶好の場所だった。

 この非常階段は雪矢が見つけ、それからずっと二人の秘密の場所だ。

 しかし今は春とはいえ二月真っ只中。この時期が一番厳寒といってもよいだろう。夏ならば涼風が心地よいのだが、寒風吹き荒れる2月のこの時期にこの場所を選ぶなど、酔狂もいいところだった。

 

「ひいゃあああああああああさんむぅいいいいっ」


「ぎいやあああああああああ死ぬぅうううううっ」


 流石姉弟とでもいおうか、リアクションが全く同じである。

 

「ととととにかく、座ろうか夏菜サン」


「めめめ名案ですな雪矢クン。あ、そういえば私、あったか~いオニオンスープ持ってきたんですよ。早速飲みませう」


 夏菜が肩から提げていた水筒を取り出すと、カパッとコップを取り外し、そこにスープを注ぎ込む。温かそうな湯気と一緒に、美味しそうな匂いが漂った。

 その様子に、雪矢は微笑みながら揶揄した。


「流石俺の5ヶ月先に産まれた姉ですな、こういうとこだけはしっかりしてますな」


「でも雪矢クンはこの程度の寒さなんか屁のつっぱりでもないように見えますから、オニオンスープは私一人で飲むことにしますかな」


「夏菜さんは何時も素晴らしくご聡明で全く麗しくていらっしゃいますね。そのご尊顔を毎日拝することのできる喜びを、御姉様の好物であるこの購買部大人気プリンで表現したいと思い、献上したく存じます」


「ふむ、苦しゅうない」 


 ささっと雪矢が恭しく差し出したビニール袋を女王様然と受け取る。中身を見ると、ニタァアア。

 夏菜は涎が垂れそうになるのを懸命に堪えながらコップを渡してやった。


「あったけえええっうんめえええ」


 一口飲むなり咆哮した弟に、夏菜は満足げにうなずいた。これ(だけ)は夏菜の手作りである。だが弁当やらデザートやらを作るのは非常に面倒くさい。料理は大体弟との家事交代制の中で日ごろ作り飽きているのだ。

 しかもある程度料理も極めているのでそこいらの女子高生や主婦の作るものよりよっぽどいい味を出す。雪矢はそんな夏菜の料理がいたく気に入っているので、弁当を作ってくれるよう隙あらば頼み込むのだが、「弁当なんか市販でいい、市販で」とすげなく却下されてしまうのだ。


「ふふん、参ったか」


「お、恐れ入りましたっ」


 非常階段出入り口で(外)で五体投地する弟と、オーホホホホと高笑い(古い少女マンガにありそうな)をする姉といった、どこにでもいそうな姉弟だが、明らかに他の兄妹姉弟けいまい していとは違うところがあった。

 それは、二人の左手の小指に存在している。それは10年前に奇妙な青年からつけられた、あの赤い糸だった。


「しっかしさー、今回あんなことになってるなんて知らなかったよね。思いがけず翻弄されちまったよ、人の波に」


「ほんとほんと・・・・って俺言ったじゃん昨日今日とで!だから購買だって急いで皆が来ないうちから行ったんだろ?買うモンなんか決まってるんだからさっさと買っちゃえばいいものを夏菜がいつまでもあれやこれや悩んでるからあんな羽目に・・」


「いやあれはだってホラ、あんないっぱい有るの見るの初めてだし、早く買えったって皆来るの早いし。それに途中いきなり押し出されちゃったから雪矢と離れちゃったし。・・・・・・・総括、仕方がない!」


「開き直ったよこの人!?」


 堂々と弁解する夏菜にガクッと項垂れる雪矢。悪びれずにもくもくと購入してきたパンを頬張る夏菜を見、自分も食べ始めた。


「しっかしさ~、やっぱり不便だよねーコレ」


「は?・・ああ、コレね」


 突然話しかけられ、言語情報が脳に到達するのがやや遅れたが、理解して、パンをひとかけら飲み込む。

 夏菜は小指にかわいらしく蝶々結びされた糸を抜こうとする。が、スカスカと手ごたえが無い。暖簾に腕押しとはこんな場面で使うんだなと思いながら夏菜は雪矢の指に目を向ける。

 雪矢の男にしては細い指にも同じくそれは結ばれていた。


「雪矢から離れると絶対頭がクラクラして気持ち悪くなる。しかも段階があって、10m以上だと吐き気、20メートル以上から頭痛+、30メートルからは動悸、息切れ+・・・・なんでっ・・私だけ・・・・あの糞野郎・・・・!」


 考えたくなくなったのか、そこでうううと青褪めて絶句した。

 そう、この赤い糸の機能(?)は二人が離れた距離に応じて徐々に症状が悪化していくといったものであった。そしてこれも糸の効果か、二人が意識的に離れようとしない限り世間は二人が常に共にいても都合のよいよう動いた。

 それにどれだけ動こうとも物体を透過し、伸縮自在。他人からは不可視の物質でもあるらしいので、そういう面では問題をクリアしている。

 だが、


「やっぱり・・・・っこのまんまはやだよーー!」


「はーー?」


「だってさーだってさー、私達、ちっちゃいころからこのまんまだよーずっとだよー?好きな男の子できてもこれじゃあ告白もできないしさああ・・・・・・彼氏ほしいよおおおお」


 泣き言を言い出した姉に、雪矢は半眼だ。


「そ、そんな目でみるなー!私だって年頃の女の子だよ!花の女子高生だよ!恋に恋するお年頃なのー!第一、雪矢だって彼女とか欲しいでしょ?!」


「はいーー?俺にはそんなモンいりませんー。勉強と、何より手のかかる姉でいっぱいいっぱいでそんなモン欲しがる余裕すらありませんー」


 やたら「そんなモン」を強調。ちょっと待ていとばかりに夏菜は躍起になってかかる。


「なにその言い方!あんたそれでいつか人生後悔するよ!」


「もう後悔してるけど?」


 雪矢は自身の小指見せて反撃する。夏菜の怒りが最高潮マックスに達した。


「もうっ今晩の夕食はストだ!ストしてやるううぅ!」


 売り言葉に買い言葉。夏菜は逆上の勢い余って立ち上がった。

 その瞬間、突発的強風が夏菜の華奢な身体を押した。


「えっ!?」


 バランスを崩し、背にした手すりを越えて、数メートルまっさかさまに落ちてしまうーーーー

 

ーーーーと、思いきや、夏菜の身体はいつまでたっても固い地面に砕かれること無く、其処にあり続けた。

 嗅ぎ慣れたシャツの匂い、自分と同じ血が通う人間の温かさ、薄い胸板。それらを感じ、夏菜はああ、自分は落ちずに済んだのだと分かった。

 硬くつむっていた瞼をゆっくりと開くと、「あ・・・・・・ありがと」と搾り出すように言った。

 雪矢はフーーッと息をゆっくり吐き出すと、夏菜の耳元に囁いた。


「・・・・・・もう腹括れ。俺達はずっと、このまんまだ。・・・・・・・・・・一生、な」


 普段と違う低音ボイス。掠れて艶めいた声が耳朶を打つ。

 いつもと違う弟に、夏でもないというのに背中に汗が伝うのを感じた。なんだか知らない人間みたいだ、などと驚きながら。

 だが雪矢はさっさと夏菜を放すと定位置に戻り、またパンに喰らいつく。夏菜もそれに倣い昼食を再開した。

 先程あんなハプニングがあっただけに少し気まずい。

 黙々と食していると雪矢が口火を切った。


「ったく夏菜はほんと間が抜けてるよなー」


「・・・・なぬ!?」


「ホラ、口元にパンついてる。マジ馬鹿面」


 そう言うなり夏菜の口に付いたパン屑を掬い取り、自身の口に入れた。

 怒ってはいないようだと心の隅で安心したのも束の間。夏菜はその行動に内心うっ、とする。

 年々雪矢のスキンシップが酷くなって来ている様な気がする。小さいころは、それこそ引っ付き虫宜しく夏菜の後を付いて回り、(糸がつけられる以前から)夏菜以外の他の子供達を排斥し、夏菜が自分以外の子供と接触するのも阻んできた。

 現在ではそれも収まってきてはいる。しかしやはり雪矢は依然人見知りが酷く、他者を拒み、夏菜以外の人間との交流はほぼ皆無である。

 これで親がいつも家にいればなあ、と思う。

 両親は共働きのビジネスマンで、二人が中学生になってから帰ってくることが少なくなった。その為にそれ以後家族が揃うことなど滅多にない。

 家に帰っても二人だけ。アットホームが売りの戸建て物件だったらしいがこれではあまりにも寂しすぎた。実質二人暮らしのあの家は、はっきり言って広すぎるくらいである。

 とりあえず夏菜の友人達は姉弟のことを理解してくれているため、トラブルもそれほどなくここまで高校生活をやってこれた。

 だがどこでも構わず、しかも年頃の姉弟がベッタリ一緒というのでは場はやはり浮いてしまう。

 これでは彼氏などできようもない。自分は全くの論外だ。いや、圏外だ。

 夏菜がぐぬぬ、と唸っていると予鈴が遠くで聞こえた。


「うっし、そろそろいくかあ」


「えっうわ早い」


 姉の心中など意にも介さず雪矢は夏菜の手を取った。見ればもう己の分は既に食べ終え、ゴミの片付けまで済んでいた。


「ちょっと待ってよ。まだ私食べ終わってないって」


 夏菜はまだ食べかけのプリンを雪矢にみせる。


「それさ、5個あったよね。全部食べきろうとするから中途半端で時間きちゃうんだよ」


「でもこれで最後だし、あと一口だもん」


 最後の一口、これで終わる。だがなんだかこの一口が勿体無くて、なかなか食べられないのだ。

 食べたい、でも食べたくない。

 プラスチックのスプーンを前に葛藤を繰り返していると、フッと影が舞い降りた。

 目前には自分とは似ていない、均整の取れた顔。それが離れると、スプーンにはプリンなど跡形もなくなっていた。一瞬の出来事だった。


「ア゛ーーーーーー!!?」


「ごっつぁんでしたwwwwww」


 夏菜が絶叫を上げると同時に雪矢はゴミを片手に非常ドアを開けた。


「雪矢!覚悟はいいかー!?」


「おっとぉ、ねーさんそのゴミは不法投棄かい?」


 立ち上がりかけた夏菜がゴミを取るのを確認すると一気に走り出した。夏菜は雪矢を追って廊下を大爆走。

 いつの間にか走っているうちに夏菜と雪矢は並走し、鬼ごっこはかけっこになっていた。

 そして二人同着。クラスメイト達の訝しげな表情も構わず、姉弟はゲラゲラ腹を抱えて笑いあった。

 気持ちがいい。楽しい。

 夏菜は、二人はずっとこのままかと嘆いていたのも忘れた。寧ろこのままでもいいと思った。

 これから何が起こるかも知らずに。

 この時間がこのまま続いてゆけばいい。そう、思っていた。



 


 

 




  

 


 to be continude.

 

 


 

 

 



  




 

どつかれさんでした・・・・といいたいところですが、まだあります。まだ。←

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