開業前の日々。1
今時、こんなことを言うのはおかしいかもしれない。
僕には姉がいる。妹がいる。幼馴染がいる。委員長や生徒会長、もっと言えば友達だっている。
そんな世界が、僕を変えてしまった。
誰も信じない。愛さない。仲良くしない。軽蔑し蔑む。もっと言えば周りに怯えている。
え?怯えているとはどういうことだって?
はは……愚問だね。
なぜなら、皆は狂ってしまったからさ。
ドンっ!!
「ねぇお兄ちゃん?ここにいるの?ねぇ?」
壁を勢いよく殴ったような音の後、数秒間開くことのない扉の前で小言を言いながら立ち止まる。
紛れもない妹の声だった。
だが、僕は返事をするつもりは毛頭ない。
息を潜め暗闇の中をひたすら目をつむって朝を待つ。
すると、諦めたのか扉の外からスタスタと歩いていく音が微かにきこえた。
どうやら立ち去ったみたいだ。
僕は安堵の溜め息を口から垂れ流す。
ドタドタドタドタドタッッ!!!
僕はたちまち顔を強ばせた。
先ほどの溜め息があだとなり、奴らに気付かれたのだ。
「お兄ちゃんっ!やっぱりここに居るんだよねっ!?ねぇ?ねぇ?ねぇ!ねぇっ!!居るんでしょ!!なんで嘘つくのっ!!ねぇってばっ!!」
バキッ!!!
先ほどの妹が怒鳴り散らし、何かで扉に攻撃をして来た。
こんな事は初めてだ。本当にこ、殺されるかもしれないっ!
そしてつむっていた目を開けると、一点の縦長の光が差し込んでいた。
僕はガタガタと震えながら目を閉じようと、耳を塞ごうとした。
しかし、それは………叶わなかった。
そこには大きなナタを持った妹が居た。
「あはっ……お兄ちゃん捕まえちゃった」
「う、うぅ……ふ、ふざけるな……は、離せっ!」
僕は抵抗をしたが、なんせ5日飲まず食わずの生活だったから力がまったく入らず、虚しくも妹に引っ張られる形で部屋から出された。
「もう、お兄ちゃんまずはご飯食べよ?お姉ちゃんが一生懸命作ってくれてるんだからさ」
「お、お前はふつのかもしんないけどなっ!僕のは絶対変なの入ってんだよっ!!」
僕は半ば反抗して踏ん張るが、力が出ずに少し小柄な妹に引き摺られてしまう。
自分で言うのもなんだが立っているのがやっとの状態かもしれない。
そんな脆弱な反抗とは裏腹にどんどんと食卓のある居間へと近づくにつれて、姉ちゃんの作る料理のいい匂いが漂ってくる。
しかし、これは罠だ。
僕が空腹な事をいいように利用して、僕に脅迫や拷問をするに違いないっ!絶対にそうだっ!
もう居間の目の前、もう手を打つことは出来ない。
俺はグッと妹を睨みつけた。
「まーた妄想?お兄ちゃんの悪い癖だよ?ほら、さっさと行くっ!」
妹はバシンと平手で僕の肩を叩く、僕は思わずよろめいて扉をダイナミックに開放した。
「うぉあっ!?」
「ふぇっ!?」
ダイナミックに扉を開けたそこには、眼鏡をかけー
ドシャ
「いってぇぇぇぇっ!!!!」
ガバッと勢いよく起き上がり、まずは鼻を確認する。
……血がタラァっと流れ出てきた。
僕は瞬時に妹の方を向く。
「那由っ!!」
「わわっ!?お兄ちゃん鼻血でてるよっ!勿体無いぉっ!!」
「何が勿体無いだっ!!元はと言えばお前がなぁって……姉ちゃんさん?」
僕の右腕に柔らかな物が当たってませうよ?
「やぁっと出てきてくれたァ……」
少し涙ぐみながら瞳を閉じて僕の右腕にしがみついてほっぺたをすり寄せてくる。
「姉ちゃん、悪いけどやめて」
「なんでぇ?」
「目の前をご覧なさい?ほら、ハイライトオフの妹……もとい、那由が居るよ?あ、キッチンに向かった」
さぁて問題です。あの子はなにを持ってくるでしょーか。
「正解はナタでーす。お兄ちゃん駄目でしょう?包丁とか無難すぎるんだよ?」
「いや、ナタも無難すぎると思うが……料理にナタって使うのかい?」
普通は包丁だけで事足りる筈なんだけどー……
「ねぇ姉ちゃん」
「なぁに?お姉ちゃんと結婚してくれる気になったのぉ?いいよ?えへ……私が養ってあげるからね」
「いや、勝手に話進めないで」
「殺」
目の前を縦に一閃される。
「おい貴様っ!殺って言ったよなっ!!殺る気マンマンじゃねーかっ!!」
するとあやつはまるで、犬のような眼光いや…奥羽に住む野犬達の様な鋭い眼光っ!!
「ぐるるるる……」
「おい姉ちゃんこのワンコどうすればいいの?」
「三人家族に犬一匹っていい家庭って感じしなぁい?」
と、隣でお腹をさする姉。
よかった。25歳でやっといい人が見つかったみたいだ。
「お兄ちゃぁぁァァんッッッ!!!うがァァァァッ!!!」
咆哮と共に那由の歯が牙となり、背中の付け根の所から黒と白の縞模様の尾が現れる。
「………はぁ、那由……だから嫌なんだよ。ニル姉ちゃん頼んでいいかな?」
「分かったよ。桜くん」
そう言うと、姉ちゃんは俺から少し離れピョンっと軽くジャンプした。
すると桜の手には、あまり見慣れない形をした槍が携えられている。
「ニル姉ちゃん久しぶりだけどっ……調子は?」
「絶好調だよぉ?フフッ……桜くんこそ大丈夫ゥ
?」
「まぁ……久しぶりに働くからなねぇ。俺としてはやっぱり働きたくねぇなぁ」
「フフフ……口調昔に戻ってるよォ?」
「おっと」
俺は思わず口を抑えた。まぁ昔に色々あったから仕方ないと思っておこう。
そして今は『また』嫉妬に罪力を暴走させた妹を抑える為になんとかしないと………まったく、困った姉妹だ。