8(二者面談)
夏がやって来た。模試や期末テストもつつがなく終わり、受験の夏を担任は大仰に語り、無垢な生徒たちを不用意に脅えさせた。進路相談のあと、塾だとかに行かない生徒を対象とした補習の告知があった。わたしたちは申し込んだ。
「必要ないだろう」と担任はいったが、わたしたちは参加を望んだ。かなり「出来の悪い生徒」向けだといわれても、折角なのでと押し切った。担任は少し考え、「上位クラスもあっていいか」とひとりごち「分かった」と了承した。
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夏は穏やかに過ぎ、秋を迎えた。わたしはこっちで進学することにした。戻ることは考えなかった。そこそこ近くの公立に的を絞った。
二者面談で「もっと上を狙っても大丈夫だ」と担任はいったが、わたしは首を横に振った。私立はハナから念頭になかった。叔母に相談すれば、彼女はたぶん自分のことのように力になってくれる。けれども充分甘えさせてもらっているし、引け目が無かったといえば嘘になる。わたしは自分にとって充分であることを選んだ。江戸川ならきっと分かってくれる。
小春日和の昼休み、五時間目までの僅かな時間。薄手の帆布地のブックカバーに包んだ本に印刷された文字を拾っていると、「何読んでるの?」前の席に男子が静かに腰を降ろした。
本心から知りたいわけでないだろうにと思いながらも、ゆるゆると顔を上げた。「大昔のホラー」
「ブラッドベリ?」
わたしはしおりを引き寄せた。男子の表情に邪気は感じられなかった。眉が寄るのを見て、不躾にまじまじと見つめていたのに気が付いた。「うん」声が少しかすれ、軽く咳を払った。「似たようなものかな」
男子は眉間を戻すと、「誰?」
作家読み派だろうか。著者名と本のタイトルを告げようと口を開きかけ、その肩越しに教室に戻ってきた江戸川の姿を認めた。向こうもわたしに気が付き、そうと分からない程薄く微笑んだ。けれども男子の姿に気が付くと、たちまちそれは霧散した。今度はわたしが眉根を寄せた。男子が首を巡らした。暴力が空から降ってきた。