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5(鬼が怒る)

 江戸川はよどみなく番号を口にした。わたしはそれをプッシュした。「間違えてないよね?」

 ウーウーと江戸川の鞄から低い音がした。「あれ?」不思議そうな顔をした。

「持ってきてんじゃん」

「みたいね」あは、と笑って、鞄の中から震えるそれを取り出した。黒い二つ折り。呼び出しを切った。江戸川の手の中でそれは唸るのを止めた。

 わたしは登録するのにケータイを操作しながら、ふと気が付いた。江戸川はクラスじゃもっぱら委員長の呼び名で通っている。それでの番号登録は少しかわいそうに思った。だから「江戸川」と打ち込み訊ねた。「下の名前、キヌコだっけ? シルクの絹?」

「実はそのキヌじゃないの」

 へぇ。「どんな字?」

「鬼が怒るって書くんだ」

 厳めしいな、おい。「ダウト」

「はずれ」

「冗談でしょ」

 江戸川は笑った。「シルクよりグールのほうが好き」

「人食い鬼が?」

「あれ? 違った?」

「オーガ? いや、オーガスだったかな」

「なに? それ」

「女の鬼はオーガスだったと思う」

「そうなんだ」にこっと、江戸川は綺麗な笑顔をわたしに向けた。「ならそれで」

 江戸川の基準はよく分からなかったが、愉快なやつだと思った。江戸川鬼怒子で登録した。

 なんとも物々しい字面である。当の本人はあれ、とか、うん、とか呟きつつ、「親しい人からなんて呼ばれてるの?」広げたケータイ画面を真剣に見つめながら訊いてきた。「せっかくだからそれで登録したい」

「できる?」番号登録はさすがに手子摺る程でないだろうけれども、機械と江戸川の組み合わせとなると、やはりあやしく思えてしまう。しかし江戸川は一言、「がんばる」

 そうか。と、なると、やはりそれは叔母だろう。「ミカ、かな」

「わたしもあなたのことミカって呼んでいい?」

「いいよ」

 だいぶ難儀したが、江戸川は無事にわたしの番号登録を済ませた。学校を出て江戸川と別れた帰り道、鈍くさい鬼というのが妙におかしくて、自転車を漕ぎながらひとり笑った。


   *


 叔母は婚約者に死なれて以来ずっと独り身だ。仏壇に祖父母の位牌と並んで妙に真面目くさった表情をした青年の写真が飾ってある。事故だったという。なぜうちの仏壇にそれを置くのかと訊ねるのは憚れた。婿養子になるはずだったと、どこかで聞いた気がしたがそれ以上は知らない。

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