4(番号教えて)
「ダウト」
再び江戸川はしてやったりの笑みを口元に浮かべ、左腕を軽く振った。セーラー服の袖口から革紐に繋がれた、くすんだ銀色の小さなクロスが出てきた。
「へぇ」意外に思った。体育の時はさすがに外しているだろうが、そんなアクセを身に付けていたとはとんと気付かなかった。「シルバー? いいじゃん」
「ピューターだよ。次、どうぞ」
わたしはちょっと考え、「実は社長令嬢」
「うちの家系は元華族」
「ダウト」
江戸川はあはっと笑った。「当たり。でもそれなりにいい家だったって」
鈍くさいのとおっとりの境は何処だろう。まぁいい。「宇宙に行ったことがある」
「突飛すぎ」しかし江戸川はダウトを宣言せず、「実は吸血鬼」
クロスのチョーカーを見せたばかりでそれはどうなんだ。「ダウト」
「なら妖怪」
思わず吹き出した。「じゃぁってなんだよ。なんでもいいのかよ」
「妖怪も吸血鬼のうち?」
「まとめてダウトだ」
えへへ、と江戸川は笑った。「次は?」
なんだかわたしは、少し意地の悪い気分になった。「父が犯罪者」
「ダウト。さっき社長令嬢っていったじゃない」
わたしはプリントを重ねながら小さく肩をすくめる。策士、策に溺れる。同じ轍を踏んでしまったか。でも、「母だったら?」
「あ、そっか。なら冤罪?」
「さてね」
「本当だったの?」
「さてね」
途方もないプリントの山も、残り僅かとなった。最後の一束をまとめて、半分持つという江戸川に、「ドアを開けてもらいたいから」とやんわり断り、ふたりして職員室へ向かった。
*
無事に担任さまへ引き渡しを終えて教室に戻り、何気なく鞄の奥のケータイを引っ張り出すと、叔母からメールが来ていた。
油揚げ。
帰りにお使いを頼まれた。叔母の作るジャガイモのお味噌汁にはかかせず、わたしはそれが大好きだ。
「ケータイ、持ってるんだ」
返信しながら、ん、と応えた。
「良かったら番号教えて」
「ん?」顔を上げ江戸川を見た。江戸川はにこにこしている。「ケータイ」
わたしのケータイメモリはだいたい両手に収まる。年に一度、定期的に削除しているので足の指まで使うことはない。しかし「いいよ」快諾していた。「キャリアどこ? 赤外線?」
「よく分からない」肩をすくめ、「それに今日は忘れちゃって」
ケータイなのにね、と小さく舌を出した。
「ならどうするさ」
すると江戸川は当然とばかりにさらりと、「憶えるだけ」
「暗記してるの?」
うん、と頷いた。「電話帳? だっけ?」はにかみを口元に浮かべ、「使い方よく分かってないし」
「ふうん」
「それに憶えてなかったら不便じゃない?」
至極まっとうなご意見である。わたしだってケータイの機能を存分に活かしているとはいい難い。カメラだってついてる程度の認識だ。しかし番号登録くらいはする。だが、家はまだしも他の番号となると、さすがに諳んじられない。
「大事なヒトの番号だったらなおさらだよ」