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21(自分の為に)

「それでいいんじゃない?」叔母は軽く応えた。「在籍期間がうまくなかったら、うまくいかなかったやり方を学んだことになる」

「失敗確定みたい」

「あんたがそのつもりじゃ失敗確定だよ」

 その言葉にふたりで笑った。おかしくておかしくて、涙が出るほど笑った。そして春になり、わたしは新しい制服に身を包んで進学した。その三年をどう過ごしたかは別段語ることでもない。ケータイは二度、機種変した。彼女の番号は引き継いだ。卒業して短大に進み、バイト先で知り合った男の子と親しくなった。首にうっすらとある赤いアザについて訊ねられた。わたしは適当にはぐらかした。暫くの後、「別れよう」といわれ、バイト帰りにひとり笑った。付き合っていた筈もないのに、不思議な子だった。


   *


 短大でのわたしは叔母の仕事を手伝うために学科を選び、学び、卒業した。成人式は参列しなかったが、街に出て、その日の為に準備していた祖母の遺した着物で叔母と並んで写真を撮った。

 叔母の仕事を手伝いながら、古い家でふたりで過ごした。時にはケンカしたりしたけれども、思い返すに笑うことが多かったと思う。だいたいが叔母の軽口とわたしの皮肉ばかりで、真剣になるよりも適当さが勝った。叔母の性格はいつしかわたしのなかに多分に影響をもたらしてくれていたのだと思う。しかしそんな楽しい生活も長くなかった。ある初夏の頃、叔母の病気が発覚した。

 叔母はまるで急ぐかのようにその年の冬を待たずして彼岸へと渡った。病室には仏壇にあった年を取らぬままの青年の写真を飾っていた。力の抜ける一瞬までわたしは手を握っていた。すっかり痩せて枯れ木を思わせるような乾いた手だった。最期になにか云ったけれども、わたしには分からなかった。

 葬儀の喪主はわたしが勤めた。商工会を始め、たくさんの人が集まってくれ、改めて叔母の人脈、人徳を思い知らされた。久しぶりに父と会った。まるで見知らぬ初老の男性だった。幾つか言葉を交わしたけれども、どれも他人行儀の域を出なかったと思う。母とはたまに電話越しに話しをしていたが、改めて会うに実母と云う実感はあまりなかった。生きているふたりと会ったのはそれが最後になった。皆が帰った後、わたしは叔母と過ごした日々を思って自分の為に少し泣いた。

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