19(受験の朝)
暗がりを幾人かの影とすれ違い、ひとりで境内に戻った。焚き火の前で人に囲まれ、談笑していた叔母は、わたしに気付くと持っていた紙コップを炎の中に投げ入れ離れ、作られた列に並んだ。叔母の知り合いに新年の挨拶を済ませ、燃え盛る炎を見つめていると、両手に紙コップを一つずつ持って叔母が戻ってきた。差し出されたそれを受け取ると、かじかんだ指先がぴりぴりとした。立ち昇る白い湯気はゆらゆら留まっていた。
「ひとり一杯じゃないの?」
「去年の分と今年の分だよ」
叔母は江戸川のことは何も訊かなかった。紙コップの中身をふたりで飲み飲み家に帰った。甘酒は、ほろほろと甘辛かった。
*
冬休みは何事もなくいつしか終っていた。江戸川とは疎遠になった。取り立てて連絡を取り合っていたわけでもないし、一般的な友情と比べればだいぶ隔たりのあるような関係だったが、それでも距離を感じた。わたし自身が受験に向けて気持ちを切り替えていたことがあったかもしれないが、江戸川も同じように何かを切り替えたのだと思う。ケータイのメモリは消さなかった。鳴らすこともなかったが鳴ることもなかった。
まるで沈黙が美徳のようなわたしのケータイに着信があったのは受験の朝だった。メールだった。試験会場である高校へ向かう途中で受け取った。
がんばって。
ひとことだけ送られてきた。
立ち止まって液晶に刻まれた文字を穴が開くほど見つめた。白い息で画面が凍るのではと思った。凍って文字がバラバラになるのではないかと思った。
ケータイを鞄のポケットにしまい、手袋ごしに触れたそれを代わりに引き出した。受験票。仏頂面の写真が貼られた小さなクリーム色のカード。
わたしはカードを持った手をコートのポケットに突っ込み、顔を上げて朝の通りを見遣った。行き交う車と、人と人。ポケットの中には江戸川のお守りが入っていた。クロスの硬い感触を手の甲に感じた。手の中の受験票を握りつぶした。
踵を返し、叔母と喧嘩した夜に江戸川と過ごした公園へ向かった。冷たい風が耳を切る。もちろん公園に江戸川の姿はなかった。
鞄を置いてベンチに座り、空を仰ぎ見た。ただただ灰色の雲がどこまでも続いていた。
受験、しなかった。
帰宅して素直に告げた。わたしの言葉に叔母はひどく慌て、学校に電話した。担任も慌てたようで、直ぐに叔母とふたりで来るよういわれた。




