18(がんばってね)
不意にわたしは、江戸川と同じ学校へ進学するものだと信じていた自分がいるのを知った。
「どうして?」
口にした言葉は的外れだと自分でも思った。思い起こせば志望校について彼女と話をしたことがなかった。わたしが勝手に思い込んでいたことだった。なにかが胸の奥で抜け落ちるのを感じた。
江戸川はわたしと向き合うと、立ちすくむわたしに寄りかかり、頭を肩に預けた。「急に決まったことだから」
「なんで、」
「ダウト」
それ以上、何を訊いても答えないのだと理解した。
「受験、がんばってね」
江戸川は繋いだ腕を少し動かし、すとんと手首に落としたそれをわたしの手首に移した。
「お守り」
いつぞや見せてくれたピューターのクロス。わたしはすっかりその存在を忘れていた。
本当に隠すのがうまいんだから。
わたしは手の中でそれを受け取り、「ありがとう」礼をいった。彼女は自由な方の手をわたしのコートの襟元の隙間に差し込み、肌の上を優しくなぞった。そこはいつか、彼女に甘く噛まれた場所だった。
彼女の指先は柔らかくて、乾いていた。わたしは黙って互いの呼気が白く流れるのを見遣っていた。
不意に彼女はわたしの襟を掴むと、顔を引き寄せ、そうと分からないほどの素早さで唇に唇で触れた。
「またね」
江戸川の身体が、腕が、指先が、ついと離れていった。もし一歩踏み出せていたのなら、彼女を捕まえられたはずだった。彼女がどこかへ行くのを阻めたはずだった。
けれどもわたしは、その場で彼女の姿が暗闇の中に溶け消えるのを黙って見ていた。赤いコートがすっかり暗がりに飲み込まれてもなお、彼女が消えた先を見つめていた。わたしたちにまたという言葉はないのだと確信した。どこかでばさっと鳥の羽ばたくような音がしたので夜空を見上げたけれども、爪の先で引っかいたような細い月があるだけだった。




