14(疑問)
家の前に叔母が立っていた。わたしの姿を認めるとサンダルを鳴らしながら駆け寄ってきた。大した距離でないのに肩を上下させ、大きな白い息を吐いた。
少し気まずかったけれども、わたしはいった。「ただいま」
「おかえり」
叔母はわたしの手を引き、家の中へと連れ帰ってくれた。叔母の手は氷のように冷たかった。ずっとわたしの帰りを外で待っていたんだと思うと、また胸が支えた。
用意してくれたお風呂に入って身体を温め、江戸川の唇が触れた首筋に触れた。そこはうっすら赤くなっていた。湯船の中で揺れながら、ふわふわとした感覚を思い返した。湯から上がると、パジャマを着て、髪を乾かし、直ぐに自室で横になった。暗い部屋の中で眠れぬまま幾度も身体を動かした。時計の針だけが規則正しく鳴っていた。わたしは静かに身を起こし、叔母の部屋をそっと窺った。暗がりの中、叔母は目を閉じたまま黙って自分の布団をめくり、わたしを招き入れた。その晩、わたしは何年かぶりに叔母と一緒に寝た。叔母からは甘い匂いはしなかったけれども、わたしと同じ匂いがした。わたしたちは家族でも親子でもないかもしれないけれども、それでいいのだと理解した。叔母の体温でぬくめられた布団の中で、直ぐにわたしは深く静かな眠りに落ちた。翌朝、ふたりで寝坊した。わたしは二時間目から学校へ行った。休み時間、教室へ滑り込んだわたしにクラスメイトと話していた江戸川が、そっと目配せをして薄く微笑んだ。
*
終業式を終えて冬休みになった。夏にあったような補習は開かれなかった。江戸川はクラスメイトたちに「また来年」と、どうにかすると時期外れの挨拶をしていた。
最後まで残っていたわたしは、やっぱり最後まで残っていた彼女と一緒に教室を後にした。駐輪場から自転車を出し、校門を抜けると、彼女はふと立ち止まり、校舎を振り返った。「あっという間だったね」
ひとりごとのようだったから返事はしなかった。いつもの道を手を繋ぎ、自転車をひきながら並んで歩き帰った。分かれ道に差し掛かると、カラカラと鳴っていた自転車が沈黙した。わたしは視線を落とし、繋いだ手を見た。手袋をしていないその手は指先が冷たかったけれども、てのひらに江戸川のぬくもりがある。顔を上げて口を開こうとするのを笑顔で遮られた。「楽しいクリスマスと、」そろっと彼女の手が離れた。「いいお年を」
思わず噴き出した。口元を押えながら、わたしは応えた。「良いお年を」
江戸川はうん、と透き通った冬の空のような笑顔で頷くと、たたっと駆け出し、ひらりと自転車に跨がった。春先にがんばる、そういった彼女は自転車乗りをすっかりモノにしていた。角を曲がり、去りゆく後ろ姿が溶け消えるまで見送った。数羽の鳥の影が、まるで追いかけるように今し方江戸川が消えた方へと飛んで行くのを見た。
マフラーを口元に引き上げ、コートのポケットから取り出した片方の手袋をはめ、帰宅した。
わたしたちが次に会うのは年が明けて三学期の始業式。冬休みは静かに過ぎて行った。ある男性が自首をした。冤罪が確定した。父の右腕だった人らしい。いずれもメディアに載らなかった。父が捕まったことだけが残った。父とは母は縒りを戻さなかった。
「時期尚早かな」叔母はいった。わたしはふたりが元に戻るとは思わなかった。
「ここにいていい?」
わたしの言葉に、叔母は当たり前じゃん、と何故にそんな疑問が出たのが疑問といった風情で答えた。そんな叔母の気持ちをこそばゆくも嬉しく思った。




