1.みゆの青春。そして妊娠。
あら、みなさんお久しぶりだわね。
ずいぶん前になるかしら、あたいの毎日を紹介したわよね。
あれからずいぶん色んな事があったわ。
・・・あ、ちょっと待ってて
・・・ふう、イモリかと思ったらゴミだったわ。(つい気がそれちゃうのよ)
ちなみにあたいは一日5匹のイモリを捕獲した記録を持ってるのよ。
彼らはあたいの手の中から決して逃げられはしないのよ。
さてと、いったいどこから話そうかしらねぇ。
そうね、ちょうど一年くらい前だったかしら。
あたいはずいぶんとオスねこに追っかけられていたのよ。いわゆる”モテ期”ね。
通りの角をひとつ曲がるたびに、あたいの魅力に誘われてオスねこがひょっこり出てくるのよ。
気に入ったオスの場合、あたいはぽてっと道に寝転んでおなかを見せながら毛づくろいをするの。
(彼らもまた、あたいの魅力から決して逃げられはしない)
うなーん、と彼らはあたいに求愛して見せるわ。
時には美味しい餌をくれる別宅を紹介してくれたり、時には彼らのテリトリーに連れ込まれて囲われそうになったり、色んな目にあうのよね。(油断は禁物よ)
そんなオスねこの候補からあたいが身体を許したのは、一匹だけだった。
彼は白い身体に大きな瞳を持ち、とても育ちが良さそうだった。
雪の上を優雅に歩く彼を見て、あたいは一目で恋に落ちてしまったんだわ。
あたいは思わず雪の上で身体の力を抜いたまま、ぽてっと横たわったの。
それを見た彼は優雅に近寄ってきてこう言ったの。
『お嬢さん、そんなところに寝転ぶと風邪をひきますよ』
そう言って彼はあたいのほっぺをペロリとなめてくれたわ。(あたいの胸がきゅん、と鳴ったわ)
そんな事があって、あたいたちは一夜を共にしたのよ。
(あたいはそうして命を宿したの、このおなかの中に)
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あれから数ヶ月。
あたいは日増しに体重が増え、目に見えてまるまると太っていったの。
自宅のご主人様たちが不思議な顔をしてあたいの身体を眺めるようになったのはこの頃からね。
「お父ちゃん、みゆったらまるで妊娠しているみたいにお腹が大きいわ」
”おかあちゃん”があたいのお腹をさすりながら心配そうにそう言ったの。
「どれどれ」 と”おとうちゃん”があたいのお腹をマッサージする。
あたいは彼らにお腹を優しくさすられながら、なんとか妊娠している事を訴えてみたの。
うなぁーご。あぉぉ。ごろごろ。
彼らはそんなあたいに柔らかい櫛をあてて何度もマッサージしてくれたの。
「きっとさ、捨て猫だったから未だにたくさん食べちゃうんじゃないかな」
おとうちゃんがそう言うと、おかあちゃんも納得したみたいだった。
けれどもイヌの”ぴんちゃん”(あたいの恩人)はちゃあんと分かっていたのよね。
あたいの身体の変調を敏感に感じたぴんちゃんは、事あるごとにあたいの身体を丁寧に舐めて癒してくれたんだもの。
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あたいのつわりは人間たちにはとても微妙な感じだったらしい。
夜中にあたいがげこげこと嘔吐していると、彼らは心配そうに身体をなでては労わってくれた。
「ねえ、これってつわりみたいじゃない?それとも変なものでも食べてきたかな?」
そんなふうにおかあちゃんがあたいの顔を覗き込む。
「うぅーん。正直、わからないねえ。おなかを触ってもうんちか赤ちゃんかまったくわかんないよね」
あぁ、おとうちゃんたら。うんこと一緒にしないでほしいんだわよ。
そうしてあたいはいつもの寝床でのんびりと眠ったものよ。
(そこはりょうくん(おとうちゃんの息子)の勉強机に敷かれた柔らかい座布団の上だった)
お外では春を告げる巨大な風が吹きすさび、大きな月が辺りをきらきらと照らしていた。
- あたいは眠りながら感じていたわ、赤ちゃんたちの鼓動を。(ぴんちゃんの心配そうな視線と共に)
次回は出産話につながります!