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彼女の隣で  作者: 青葉
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第八話 はじまり

「ふ〜………」

 自室に戻ってきてから、僕は荷物を全部放り出しベッドに倒れこんだ。いつものリュックと手提げ袋と―――そして、部室置いてあったギター。

 起き上がってハードケースを開き、中のギターを見る。

「夢じゃ、なかったんだよな………」

 何度も頭の中で繰り返した言葉を、改めて口に出す。頬だって何度もつねった。

「あは、ははは」

 知らずに笑いがこみ上げてきて、僕はいつものギター―――ブルーサンバーストを手にした。

 そうしてもう一度、先ほど弾いたフレーズを鳴らす。

 耳に心地良く流れ込んでくるアコースティックギターの音。だけど今はそれだけじゃ物足りなくなっていて、そしてそんな風に思っている自分がいることに気付いて、僕は笑った。



 

「どうしたんだ? こんな遅くに」

 外灯の下のベンチに座り込んでいる相田さんに僕はそう尋ねた。その時の時間はもう九時近くて、学校にはもうほとんど生徒は残っていなかった。

 相田さんはうつむいて、

「落ち込んでるの」

 とそれだけ言った。そんなこと自分で言うなよ、とか思ったけど、それが相田沙紀なのである。この二週間くらいで分かった。

『ああそうか、それじゃあな』

 そう言って帰ってしまうことも出来たんだけど、好奇心が働いたのか、もしくはいつもと様子が違う彼女を心配したのか、どういう理由か分からないけど

「何かあったのか」

 なんて、僕は彼女に言った。

 しばらく考え込んでから、相田さんはポツリと言った。

「部活………」

「はあ? まだ考えてんのか?」

「うん……」

 この女はそんなことでこんなに真剣に落ち込んでいるのか。ため息が出た。

「だって、決められないんだもん」

 僕の様子を見て怒ったのか、少し語調を強めて言った。

 結構サバサバしていて決断力もありそうなのに、なんと優柔不断なんだろう。

「今日も、どっか見学してきたのか?」

「うん、囲碁とパソコンと、それから科学部」

 あと海洋植物研究会も、とそれから相田さんは付け足した。

「なんでそう地味でマイナーなとこばっか行くんだよ……」

 思わず頭を抱える。

「メジャーなとこはもう全部回っちゃったし」

「あとは何が残ってるんだ?」

 どうせろくな部活は残っていないんだろう。

「えっと……真空管同好会と、おかゆクラブ」

 ホントに部員がいるのかどうかも怪しい部活ばかりである。てかこの学校はどうしてそんな部活が存在しているのだろうか。自由な校風といっても限度があるだろうに。

「こりゃもう駄目だな、おかゆクラブか帰宅部で決定だ」

 まあ、無理にやりたくもない部活に入ってもどうせ長続きしないだろうから、帰宅部だっていいと思う。

「それは、ヤダ……」

 苦しい表情で彼女は言った。その表情は今まで見たことがないくらい沈痛で、どうしようもなく落ち込んでいた。

 そんな彼女を見て僕はまたため息をついて、それから少し笑った。

 荷物を下ろして、僕は相田さんの隣に座る。

「……何かさ、やりたいこととかないのか?」

 こんな言い方をすると格好付けすぎかもしれなけど、僕は相田沙紀の落ち込んだ顔を見ていたくなかった。

「やりたいこと、か……」

 そう呟いて彼女は考え込んだ

「ないのか?」

 うつむく相田さんに僕は尋ねた。

 少し間をあけてから、

「ない訳じゃ、ないんだよね」

 そう言った。何となく歯切れが悪い。

「ない訳じゃないって、どういうことだよ?」

 解決に少し近づいたかもしれない、僕はそう思って彼女に聞いた。

「う〜んとね、やりたいことはあるっていうか何ていうか……」

 やっぱり何かはっきりとしない。

「何だよ、言ってみろよ」

 これが分かれば部活だっていくらでも選べるだろう。僕は彼女にそれを問いただす。

「……えっとね、その」

 そう言ってから間があく。

「……私ね、夢があるんだ」

 それから彼女はゆっくりと話始めた。

「夢?」

 いきなり出てきた意外な単語に驚いて、僕は思わず聞き返した。

「そう、将来の夢」

 そう言ってから、

「夢っていっても、何かどうすればいいか分かんないんだけどね」

 なんて、早口で照れたように付け足した。

「それで、その夢ってのは何なんだ?」

 部活の問題とかそういう理由じゃなくて、ただ単にこいつの夢っていうのが気になった。

「……聞いても、笑わない?」

「ああもちろん」

 こういうことをいうのは、やはり何か自信がないからなのだろうか。

 それから言うのを散々ためらった後、彼女はこういった。

「私の将来の夢はね―――歌手になることなんだ」

 相田さんがそう言い終わった後、しばらく僕は黙っていた。黙っていたというよりは、何も言えなかったと言った方がいいかもしれない。

「……歌手、か。すげえな」

 やっと出てきた言葉はこれだった。何ていうか、カッコ悪い。

「う、うん……」

 照れたような、少し不安なような、そんな微妙な顔で相田さんは言った。

「でもそれじゃあ、部活はどうしたらいいんだろうな」

 歌を歌う部活というと、合唱部とかそんなもんだろうか。

「合唱部とかいろいろ見て来たんだけど、何か違うっていうか……」

 だったらどうすりゃいいのか、全く分からない。お手上げ。

「じゃあ、どうするんだ?」

「それが分からないから悩んでんの」

 なるほど、全くその通りで。

「はあ………」

「ハア………」

 二人同時にため息をつく。

 空を見上げた。その日の空はよく晴れていて、星なんかが綺麗に見えた。

「綺麗だな」

「うん、綺麗だね」

 天文学に詳しいわけじゃないから、星や星座の名前は全然分からなかったけど、でもとにかくその日の夜空は綺麗だったわけである。

「なあ……」

 空を見上げたまま、僕は言った。

「歌、聴かせてくれないか?」

 どうしようもなくなって、何を思ったのか僕はそう言っていた。

「え!?」

 相田さんは驚いて声をあげる。

「歌手になりたいっていうんだったらさ、聴かせてくれないか?」

「で、でも、何歌ったらいいか分かんないし、その……いきなり言われても」

 まあ、いきなりこんなことを言われれば焦るのは当然だろう。それでも僕は食い下がる。

「そうだ!! じゃあ俺がギター弾くからさ、それと一緒に歌ってくれよ」

「え、ギター?」

 僕は部室に置いてあったギターをケースから取り出して彼女に見せた。

「ギター、弾けるの?」

 ここで『おうもちろん!!』なんて答えるのはちょっと恥ずかしかったから、

「まあ、ね」

 そう曖昧な返事をした。

「な、それならいいだろ?」

 ここまで来ると僕の目的は、彼女の部活をどうにかすることじゃなくて、相田さんの歌を聴くことになっていた。どうしてかよく分からないけど、それぐらい興味があった。

「べ、別にいいけど」

 ここで僕の熱意が勝ったわけである。こんな言い方をすると変かもしれないけど。

 さてそうすると、相田さんに歌ってもらう歌を決めなくちゃならない。出来れば僕がコード進行くらい分かる曲がいいんだけど……。

「曲は何がいい?」

 僕が聞いてから少し考えた後、

「なんでもいいけど……」

 やはりあまり気乗りしない口調で相田さんは言った。

 僕の頭の中の歌本をめくる。

 パラパラパラパラ………。

 と、天才的な僕の頭脳は手早く条件に合いそうな曲を発見する。

「今井美樹の『PRIDE』って分かる?」

 この曲は僕が使っていたギターの教本に練習曲として載っていて、そして僕が一番最初にまともに弾けるようになった曲である。

「うん、大丈夫。歌詞はうろ覚えだけど」

 彼女はそう頷いた。

 歌うと決まったら、彼女の目から先程までの動揺や不安は消えていた。

 場の空気が変わった、とでも言えばいいのだろうか。緊張感が僕にも走った。

 一度、深呼吸をしてからギターを弾き始める。

 イントロ、穏やかで綺麗な音色のアルペジオが響く。そうして僕は相田さんが入ってくるのを待つ。

 彼女のほうを見ると、目を瞑り集中している様子だった。そして、息を吸い込み、歌が―――彼女の声が入る。

 

 

 ―――全身に鳥肌が立つのが分かった。



 相田さんの、綺麗な声が僕のギターと一緒になる。

 まさに、ひとつになる。

 その感覚は今まで味わったことのないもので、僕の体が音に全部包み込まれるような、そんな感じがした。

 歌が進むにつれて演奏に力が、感情がこもっていって、僕はどこかに飛んでいっていた。

 とにかく気持ち良かった、そうとしか言い様がなかった。

 そして曲が、終わった。

 


 驚きと興奮と感動と、それから色々な感情がこもった目で僕は彼女を見る。

 彼女も僕と同じような目で僕を見ていた。

 一瞬言葉を失って、それから僕たちは、笑った。



 これが、はじまりだった。

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