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彼女の隣で  作者: 青葉
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第七話 ターニングポイント

「……ホントに、二人だけなんですか?」

 先輩の話を聞いてから、思わず僕は聞き返した。

「うんっ」

 またしてもにこやかに答えるひとみ先輩。

「だって去年の文化祭はいっぱい部員がいたじゃないっすか!!」

 そうだ、あの時の劇には何人も出てきていた。それが今は二人だけなんて信じられない。

「文化祭、見てたんだ」

 先輩はキョトンとした顔で僕に言った。

「はい見てました。あれに感動して俺はこの部活に入ったんですから」

 僕はまだ言っていなかった入部の理由まで一気に言った。

「……ごめんね。あれに出てた人達もういないんだ」

 先輩の声のトーンが急に落ちた。

「え?」

 ひとみ先輩はうつむきながら、話し始めた。

「去年のあの劇に出てたのはね、みんなもう卒業しちゃった先輩達なの」

 ということは、去年三年生だった人達なのだろう。では今の三年生は? 僕がそのことを先輩に尋ねる前に、先輩は言った。

「私の一つ上―――今の三年生はこの部活にはいないんだ」

 それで二年生、先輩の学年はひとみ先輩一人だけ。

「だから、二人なんすか……」

 部室の中に重い空気が流れた。

「……ごめんね。去年の文化祭みたいな劇がやりたいんだったら、この演劇部じゃ無理だね、ゴメン」

 先輩は申し訳なさそうに、本当に申し訳なさそうに言った。

「いや、別にそんなに謝んなくていいっすよ!!」

 そんな先輩が見ていられなくなって、僕はブルンブルンと首を振った。

「二人だって劇が出来ない訳じゃないし、全然気にしてないっすよ!!!」

 全然気にしていない、っていうのは流石に嘘だけど、僕はそう急いで継ぎ足した。

「本当?」

 先輩が顔を少し上げて僕を見た。

「え、ええもちろん」

 その時のひとみ先輩の上目遣いの表情にグッときたとか、そういう理由で言ったんじゃない。断じて。そう自分に言い聞かせた。

「そっか、ありがとう誠一君」

 それでまたひとみ先輩は笑顔を見せてくれた。

 うん、やっぱり可愛い。

 今こうして思うと、僕の今までの人生で、女の子とこんな風な密室で二人きりで話すのは初めてだった。そんなことに気付くと僕は途端に居心地が悪くなって、先輩から顔を背けた。

 自分の顔が赤くなっていないか、少し心配だった。

「どうかした?」

 そんな僕の様子に気付いたのか、先輩が声をかけた。

「い、いえ別に」

 緊張してしまって、僕はそんな言葉でしか返すことが出来なかった。

 部室の中を見回す。狭くて、色々な本や衣装、小道具などがゴチャゴチャと置いてある。そのほかにも賞状や昔の集合写真なんかがあったりした。

「………あ」

 意外なものを見つけて、僕は思わず声をあげてしまった。

「あれって……」

 僕は部室の隅に埋もれているそれを指差しながら先輩に尋ねた。

「ああ、あれは昔小道具で使ったやつみたいだけど」

「ちょっと見てみてもいいですか?」

 きっと僕は、先輩が「うん」と返事をする前にそれに手を伸ばしていた。

 周りの荷物をどかしてそれを取り出す。

 黒いハードケースには埃が積もっていて、軽く手で払ってから僕はケースを開いた。

「……レッドサンバースト」

 黒から赤へと綺麗なグラデーションが僕の目に飛び込んできた。僕が今のギターを買うとき隣にこの色のものが並んでいたのを覚えている。

「綺麗な色だね」

 先輩も感心して声をあげる。

 さっき見た夕陽よりも少しだけ濃い赤、サンバーストという名前の通りジンワリと染みた太陽の光みたいだった。

 ギターの状態を確認する。

 ネックは反っていないしペグなどにも異常はない、弦も取り替えれば全然使い物になる。肝心の音はというと……。

「ねえ、誠一君」

 声をかけられてはっとした。ギターに夢中になっていてひとみ先輩のことをすっかり忘れてしまっていた。

「は、はい何でしょう?」

 姿勢を直して先輩に向き直る。

「ギターとか、詳しいの?」

「いやその何つーか……」

 急な質問で上手く答えれなかった。

「詳しいっていうか、何ていうか」

 頭をかいて言葉を濁した。

「ふーん、そうなんだ」

 ひとみ先輩はあごに手を当てて、何かフムフムといった感じで頷いた。

「何ですか?」

 僕はそんな先輩の様子が気になってそう言った。

「いや、そのギターを見たときからさ、何か目つきが変わったような気がしたからさ……」

 先輩はちょっとだけ笑いながら言った。僕はその言葉の意味が分からなくて、

「へ?」

 なんて間抜けな声を出す。

 いやいや何でもないよ、と誤魔化すように笑ってから、

「おおっと、もうこんな時間か。そろそろ帰んないと」

 腕時計を見てそう言った。

「そうっすね」

 外はもう日が沈んで暗くなっていた。

「それじゃあ誠一君、今日はお疲れ様」

 またね〜と言って、ひとみ先輩は部室を後にした。

 先輩がいなくなって、一人でポツンと部室に残される。

 それで、ため息を一つ。

「二人だけ、か……」

 まあ、ひとみ先輩のような綺麗な先輩と二人だけの部活っていうのも別に悪くないのかもしれないけど、それでも僕が憧れてた部活とはちょっと違う訳で……。

 手元のギターを一度鳴らす。コードはC。

「ありゃ」

 爽やかな和音が鳴り響くはずが、サウンドホールから出てきたのはトンチンカンな音だった。

「チューニングしてないんだっけか」

 もう一度ため息をついて、ケースの中に入っていた音叉を使ってチューニングを始めた。

「前途多難だな……」

 ……ホントにマジで。



 ギターを一通りいじってから、僕は部室を後にした。部室に放置されていたギターは予想以上にいい音を出してくれた。

 弦を交換するために今日はこのギターを家に持って帰ることにした。

「フンフンフ〜ン♪」

 鼻歌交じりで中庭を抜けていく。馬鹿みたいに上機嫌だ。

 あたりは暗くて、所々にある外灯をたよりに進んでいく。

 と、ベンチに意外な人物が座っているのを見つけた。普段なら絶対声をかけたりなんかしないだろうけど、その時の僕はそう、馬鹿みたいに上機嫌だったからそいつに向かって挨拶をした。

「よお」

 ―――今思うと、もしかしたらこれは運命だったのかも知れない。

「相原……」

 相田沙紀は僕を確認してから力なくそう言った。どういうわけか元気がない。

「どうしたんだ? こんな遅くに」

 ―――もしこの時、沙紀に会っていなかったら、僕の高校生活はもっと別のものになっていたと思う。それが良いのか悪いのか分からないけど。

 

 でもとにかく、この時が『ターニングポイント』だった。

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