第十二話 徹夜
「ハハハハ………」
遂に出来た。
「フハハ、ハハハ……」
遂に完成した。
「エヘヘヘヘ………」
僕らのオリジナル曲の第一曲目が出来たのだった。
「イヤッホウーーーーー!!!!」
なんて叫んでいる現在時刻は午前五時半。冷静に考えると、どうみても近所迷惑なんだけど、それでも叫ばずにはいられなかった。あたりは薄明るくて、鳥のさえずりがやたら聞こえてくる。新聞は一時間半くらい前にポストに投げ込まれた。
「ほとんど、徹夜だよな……」
なんて呟いて大きく伸びをした。何か仕事をやりきったような、妙な充実感があった。
完成した曲の出来栄えはというとまあまあ……いや、自分で言うのもなんだけどかなり『イイ』と思う。メロディーラインも綺麗だし、コード進行にも無理はない。沙紀の書いた詩とも合っていると思う。
―――完璧だ。初めてでここまでやるなんて僕はまさに天才なんじゃないだろうか?
「………流石にそれは言い過ぎか」
自分でそう言って苦笑した。
さて、もう後は残り少ない時間を睡眠に費やすだけだ。僕は思い切りベッドに倒れこむ。
――――マテヨ
目を瞑ろうとすると、どこからか声が聞こえた。
――――ドウシテ、オマエハ、コンバン、ギターヲ、ヒキハジメタンダ?
どうしてって、そりゃあ………。
僕は今晩の、つい数時間前までのことを思い出す。
勉強に疲れて、それで休憩にギターを弾き始めて、そしたらいいアイデアが浮かんできて………ん?
――――ドウシテ、オマエハ、ベンキョウウヲ、シテイタンダ?
それは明日が、いやもう今日が
「テストだからだよ!!!」
………どうやら僕は大事なことを忘れていたらしい。
机の上には解きかけの数学の問題集が広げられていた。それを見て、僕は全てを思い出す。
「ハハハハ………」
もう、笑うしかなかった。
「おっはよー!!」
「おはよ………」
元気良く朝の挨拶をしてくる級友にも、僕はそんな風にしか返せなかった。
「元気ねえな、もしかして徹夜か?」
そう尋ねる出席番号三番、青木和也。彼も十分に出席番号一番候補なので、僕と同じく一番以外になるのは人生で今年が初めてだそうだ。
「ふっ、まあな……」
などと格好を付けてみたけど、その徹夜の理由はそんなに立派なものじゃなかった。本当のことはあまり言いたくない。
「おはよう………」
と、沙紀が教室にやってきた。彼女も何だか僕と同じようにぐったりとしている。
「あれ、相田さんももしかして徹夜?」
そんな沙紀に和也がそう尋ねた。
「え!? ま、まあね」
そう答える沙紀は明らかに挙動不審だった。
「へえ〜、二人とも勉強熱心ですげーな」
和也はそれをすっかり信じ込んで感心していた。素直な奴だ。
和也が自分の席に戻ってから、僕はこっそり沙紀に話しかけた。
「なあ、お前本当に勉強で徹夜したのか?」
「え゛?」
沙紀の体が突然びくんと揺れた。
「ハハハ………、実は違ったりして」
沙紀は気まずそうに笑った。僕はそれに少し安心して、
「何してたんだ?」
そう尋ねた。
「勉強しながらノートに適当に詩みたいなのを書いてたら、結構上手くいっちゃってさ……朝までずっとそんなことやってたんだ」
それを聞いて僕は大きな声で笑ってしまった。沙紀も僕と同じようなことをやっていたのだった。
「そ、そんなに笑わないでよ!!」
「ゴメンゴメン」
笑いながらの謝罪ではあまり意味はないかもしれないけど、僕はそう言った。
「でもさ、俺も似たようなことやってたんだぜ」
「え?」
沙紀がキョトンとした声を出す。
「俺も朝までずっと曲作っててさ……」
僕がそう言うと今度は沙紀が笑った。
「ハハハ、誠一何考えてんの!? 次の日テストだっていうのに!」
ムカつくくらい楽しそうに沙紀は笑ったので、僕はちょっとムッとした。
「うっせーな、でも曲完成させたんだからいいだろ?」
僕がそう言うと沙紀は途端に笑うのを止めてポカンとした。
「……ホントに?」
信じられないような、そんな顔だった。
「ああ、本当だよ」
僕が言ったその瞬間、沙紀は
「やったーーーーーーー!!!!」
教室中みんながこっちを向くくらい大きな声でそう叫んで、椅子から飛び上がった。僕はそれを唖然として見つめた。
「凄い、凄いよ誠一!!」
僕の手を取って沙紀は言った。
「あ、ああ……」
その勢いに僕は完全に押されていた。流石相田沙紀である。
「早く聴きたいな〜、ねえどんなのになった? うわースゴイ楽しみ〜」
沙紀からは徹夜の疲れなど完全に吹き飛んだようだった。その笑顔を見ていると僕の疲れも何だか取れてきて、徹夜の甲斐があったな、なんて思ったりした。
「自分では結構自信あるんだけどさ」
「ホント!? 流石誠一だよ〜」
沙紀と僕は完全に舞い上がっていた。
「は〜い、それじゃあ席に着いてー、問題配るよー」
――――そう、テストのことなど完全に忘れて………。