第十話 勘違い
「あ、え、い、う、え、お、あ、お」
発声練習。いつもと同じくこのフレーズを先輩と一緒に口にする。
「か、け、き、く、け、こ、か、こ」
グラウンドの隅の、日陰。周りでは運動部が掛け声を出しながらランニングなんかをしている。
「さ、せ、し、す、せ、そ、さ、そ」
それに負けないくらいの声で発声練習をする、我らが(って言っても二人だけなんだけど)演劇部。
「た、て、ち、つ、て、と、た、と」
分類上は文化部ってことになってるけど、ほとんど運動部と変わらないと思う。
「な、ね、に、ぬ、ね、の、な、の」
それでもまあ、
「は、へ、ひ、ふ、へ、ほ、は、ほ」
隣には綺麗な先輩もいて、
「ま、め、み、む、め、も、ま、も」
天気もいいし、
「や、え、い、ゆ、え、よ、や、よ」
それでもいいかと僕は思う。
「ら、れ、り、る、れ、ろ、ら、ろ」
桜はもう散りきっていて、瑞々しい緑が目に飛び込んでくる。
「わ、え、い、う、え、お、わ、お」
四月が終わって、五月がやってきていた。
その日も一通り練習が終わって、僕らは部室に戻ってきていた。
「疲れた〜」
「そう言えるだけ余裕が出てきたみたいだね」
「ハハハ、そうかもしんないっすね」
なんて感じで先輩と部室で駄弁る。確かにまあ、最初は疲れたなんて言っている余裕もなかった訳だから、大した進歩なのかもしれない。
「大会は八月だから、優勝目指して頑張ろうね」
ひとみ先輩はいつものように笑いながら言う。
―――最近、ひとみ先輩の笑顔には何か特殊な力があるんじゃないかと僕は思う。
どんなにキツイ走りこみや筋トレも、先輩が笑顔で励ましてくれるだけで何となくやる気が湧いてくる。
確かじゃないけど、そんな気がしている。
「そういえば、大会の台本だけど………」
先輩がそう言いかけた時だった。
「せーいちーーーー!!!!!!」
この声と共に部室の扉が思いっきり開かれた。
「さ、沙紀……」
「よし誠一! 行くぞー練習だ」
沙紀の突然の登場にビックリして、ひとみ先輩は言葉を失っていた。
それからしばらく僕と沙紀を交互に何回か見た後。
「ああぁ……」
と、何か納得したような声を出して、
「なんだ、誠一君にもそういう女の子が……」
「ちょ、ちょっと先輩!?」
「うん、私はお邪魔みたいだから失礼するね!!」
そう言って―――笑った。
いつもと同じようなその笑みは、僕を残酷に切り裂いた。
「先輩、勘違いですって!! いやホントにそう言うんじゃ……」
「じゃ〜ね〜」
先輩は僕の言葉を聞く様子もなく、部室をそそくさと後にした。
「ハア………」
ため息が出た。
「どうしたの誠一? 元気だしなよ」
………いや、おまえのせいだって。