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事件4 人形あそび(パペット・ショー)③

警備は万全だった。

 警察隊は館の外をぐるりと取り囲み、テイラーの部屋の前には二人の見張りを置き、邸内のあらゆるところに人手を割いた。

 精霊石で密に連絡を取り合う彼らに死角はなく、時刻が深夜に差し掛かってもその士気に低下は見られない。

 むしろ、夜の闇が濃くなるほどに彼らは警戒を強めた。

 テイラー邸は雑木林の中にある。


 侵入者を防ぐ為、そここに深夜でも灯りが灯され、それは朝まで絶やされないはずだった。

 蝋燭や油の光ではなく、鉱石に霊力(エーテル)を通わせた魔法の光である。

 それは、邸内の灯りについても同様だ。

 張り巡らされた魔法装置によって煌々とした灯りが昼間のように屋敷を照らす。


 これほどに光を求めるのは、あるいは彼らもテイラーを襲った怪談染みた事件に、多かれ少なかれ奇怪な恐怖を感じているのかもしれない。

 死体が襲ってくると言う、その異常な事件に。


 「そもそも死体を操る術って、そんなの存在するの?」


 警察が目を皿のようにして侵入者を警戒する中、アルフリート・ウルグルスとルカは、邸内の客間の一室でお茶など飲んで眠気を覚ましていた。

 養い子の質問に、黒色精霊種(ダークエルフ)は「うん」と答える。


 「存在するよ。死霊術ネクロマンシーと呼ばれる術系統がそれにあたる。しかし、あれは死体を操る術であって、死人を操る術ではない。首を捜したり、テイラーの問い掛けに答えたりはしないなぁ。それに、準備に時間がかかる。新鮮な遺体を殺害した直後に死霊化するのはその道の大家でも無理なんじゃないか?」

 「ふぅん」


 それほど関心も無さそうなルカは、お茶の入ったカップを口元に運んで一口飲んでから、ちょっと顔を強張らせてから言った。


 「ちなみに、魔法と関係なしに、その、 本当に死体が起き上がるなんてことは、あるの?」


 その目に少しの怯えを見つけて、アルフリートは苦笑する。


 「どうかな?」

 「えー!」


 ルカが抗議の声を漏らしたその瞬間だった。

 邸内の灯りが一斉に消えたのは。






 「きゃーーーーーーーーーーーー」


 使用人だろうか。

 誰か女性の悲鳴が邸内に響く。


 「落ち着け!各員、精霊石に霊力(エーテル)を込めろ!」


 警察隊を預かるリリー警部は、すぐにそう言って部下達を叱咤した。

 自身も胸元から精霊石を取り出して霊力(エーテル)を込めて淡い光を得る。


 「どうしたんでしょう?」

 「魔法装置を壊されたか、鉱石を外されたか」


 一斉に灯りが消えたことから、前者であろうとリリーは予想する。


 「敵が来るぞ!全員持ち場を離れるな!」


 リリーがそう言って腰の霊刀の柄を握ったとき、ぞっとするような声が耳に届く。

 それは幼い子どもの声に聞えた。

 秋の虫の音の様に、あらゆる方角から鳴り響く。


 「け、警部!」

 「慌てるな。慌てれば敵の思う壺だ!」


 くすくすくすくすくすくすくすくすくすくすくす


 やはり異様なのはそれが邸内のあちこちから聞こえてくることであった。

 しかし彼らはその理由をすぐに知ることになる。


 「ひぃっ」

 「どうした!」


 天井を見て悲鳴を上げた部下にそう言って自分も視線を向けたリリーは、思わず「げ」と淑女にあるまじき声を漏らす。

 しかし誰もそれを責めをしないだろう。

 天井にびっしりと張り付いた膝丈ほどの子ども達が、くすくすと楽しそうに笑うさまを見せられたのだから。


 その時、ばたん!とホールの扉が突然開く。

 開ける物も風もないのに開いた扉から、なんと何十という人影が緩慢な動きで入ってくるではないか。


 「そ、そとの奴らは何をしている」


 思わずそう言ったリリーであったが、外からも部下達の悲鳴が聞こえてくることから状況は同じであるのは明白だった。


 「っく。なんなんだこいつらは、まるで・・・」


 彼らには生気がない。

 目は空ろで、肌の色は暗闇にしても悪すぎる。

 動きは緩慢で、「うぅ」とか「あぁ」とか言いながら、しかし確実にこちらに近づいてくる。

 あれではまるで。


 「死霊じゃないか!」


 気が付くとリリーは抜剣していた。

 彼女が頼みと信じる剣を、自然抜かされていたのである。


 「全員、構えろ!あ、あれを近づかせるな!」


 ともすれば恐怖で震えそうになる声を抑えて、リリーは正眼に剣を構えた。










 突然消えた灯にパニックになりながら、ヴィンセント・テイラーが思い起こしていたのは目玉のない御者や首の捥げた妻の恐ろしい形相ではなかった。

 それはただ懺悔の言葉であった。

 許してくれ 許してくれ 許してくれ 許してくれ 許してくれ 許してくれ

 あれは罪であった。

 であればこれは罰なのだろう。

 かつてテイラーが犯した許されざる罪。


 警察も黒色精霊種(ダークエルフ)も、本当の死霊には敵わないのかもしれない。

 あれはきっと、この世の何者にもどうすることも出来ないのだろう。なぜなら。


 「許してくれ、ヒューバー」


 彼はもう、死んでいるのだから。

 テイラーがそう呟いたとき、突如どさりと物音がした。

 水か何かが詰まった皮袋が、無造作に床に取り落とされたような音。


 「おい……どうした?」


 暗闇の中、室内に控えるはずの侍従に声を掛けるが返事はない。

 代わりに、ガチャリと言う音が扉の方から聞こえ、すっと室内に光が差し込む。


 「あ、灯が戻ったのか?」


 テイラーはそう言ったが、次の瞬間には己の期待が裏切られたことを知った。


 「ひぃっ」


 室内に差し込んだ光は、床に倒れる二人の侍従を明らかにする。

 倒れたのは彼女達であったのだ。

 そして。

 ぎぎぃ、と不吉な音を立てて扉が開く。

 そこに立って入る者を見て、テイラーは心底からの悲鳴を上げた、


 「ひぃぃぃぃぃぃぃッ」


 憤怒の形相をしていたわけではない。

 血まみれだったわけでもなければ、首が捥げていたわけでもない。

 ただ騎士服の優男がにっこりと笑っているだけだ。

 その両腕から先を失い、だらだらと血を流しながら。


 「会いたかったよ、テイラー」

 「ヒューバー!」


 聞くものがあれば哀れに思うほど悲痛な声を上げて、テイラーはあとずさる。

 ヒューバーと呼ばれた異形の男は、ゆっくりと彼に近づいてくる。


 「ずっと、会いたかった。聞きたかったんだよテイラー。君は一度も僕を訪ねてはくれなかったから」

 「わ、悪かった。本当に悪かった。あの時はああするしかないと思ったんだ。私が麻薬を売買していることを警察はほとんど掴みかけていて、根回しが完了するまでどうしても時間が足りなかった。その間、麻薬を私の屋敷から隠し、どこかに置いておく必要があったのだ。だが誓って!誓って警察の捜査の手がお前の所まで及ぶとは思っていなかったんだよ!本当だ!何事も起こらないはずだったのだ!」


 テイラーは必死に弁解する。

 涙が目の端から流れ、鼻水がべとべとと顔を汚している。

 ヒューバーはそれを楽しむようにゆったりとした動作でテイラーに近づく。


 「テイラー?聞いているのは僕だよ。君は僕の質問に答えてくれればいい」

 「質問?」

 「そうさ。簡単な質問だ。それに答えてくれないと僕は死んでも死にきれないんだ。答えてくれるかい?」

 「こ、答える!何なりと答える!だから、だから命だけは!」

 「そうか、よかった」


 そう言って微笑するヒューバー。

 助かるかもしれないという安堵に涙が出そうなテイラー。

 だがヒューバーの質問は、とても彼を救う類のものではなかった。


 「何で僕を殺したの?」

 「お、お前……」


 その言葉で、おろかにもテイラーは全てを悟った。

 ヒューバーは尚もにこやかに微笑む。


 「君は僕に麻薬を預け、それを警察に垂れ込んだだろう?それで僕はこの通り、両の腕を切られて追放された。それで、静かに暮らしてたじゃないか。ねぇ一体どうしてだい?どうしてそんなことをしたんだい?ねぇ、教えてくれよ、テイラー?」

 「あ、あぁ、ああぁぁぁぁ」


 あとずさるテイラーの背についに壁面がぶつかる。

 もう、これ以上下がることはできない。

 この期に及んでは、ヒューバーの脇をすり抜けるようにして扉を出るしかない。

 そう覚悟を決めたテイラーは、勢い走り出そうとしてそして。

 思い切り前につんのめって倒れた。


 「あ、あが…」


 まるで引き摺り下ろされるように倒れ、強かに床で鼻を打ちつけたテイラー。

 何事かと思い自分の足を見て、テイラーはその顔を泣き笑いのように引きつらせた。


 「ねぇ、アナタ?やっぱリ、見つからないのヨ、わたしのカラダぁぁぁぁ」

 「さぁダンナさまさまさま、ちょいと目玉を貸してください。なにぃ、すぐお返ししましゅよぉぉぉぉ」


 そこには、目玉のない御者と首のない妻が、がっしりとテイラーの脚を押さえてしがみついていた。


 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 恥も外聞もない悲鳴が、邸内に木霊した。






 人の形をしたものを斬る。

 それが最早人でないとわかっていても、それには多大な決意が必要だ。リリー・ダラーは戦争を知らない世代である。

 彼女は今それを、心の底から思い知っていた。


 「く……そっ」


 緩慢な動きでこちらに近寄ってくる死霊の群れを、警察隊は剣でけん制しながらも確実に押されていた。

 くすくすという子どもたちの笑い声も背筋をぞくりとさせるが、あの死霊たちに捕まればどうなるかという恐怖が彼らの心を金縛りにする。


 「け、警部!一体、どうすれば……」


 部下達も若いものばかりだ。

 ここは自分が先陣を切らねばならない。

 そう思いながらも、リリーは動けずにいた。

 その時。

 不意に暗いホールの扉を、力強く開ける音がした。


 「うりゃああああああああ!」


 リリーには何が起きたのか分からない。

 分からないが、まるで横合いからぶん殴られたように、死霊の群れがサイドから総崩れになる。

 ドタドタと騒音が鳴り響く中、リリーは赤い少女が剣を抜くのが見えた。


 「ルカ!」

 「なにやってんのよ、あんたら」


 ルカは呆れたようにそう言うと、白く煌く艶やかな剣を閃かせ、そして躊躇することなく死霊の首を斬り飛ばした。


 「な……!?」


 リリーを初めとする警官たちの驚愕の声。

 明らかに自分達よりも幼いヒト種(ヒューマン)の少女が、こうも冷酷に人の姿をしたものを斬り捨てるとは。

 警官隊の驚きを他所に、次から次へと死霊を切って捨てるルカ。

 腕を飛ばし首を切り胴を裂き脚をへし折る。

 少し過剰ともいえる徹底的な破壊だった。

 流石にどうかと思ったリリーがルカに話しかける。


 「お、おい。いくらなんでもやりすぎじゃないか」

 「は?何言ってんの?あんたたちも手伝ってよ」

 「いや、しかし、いくら死霊とはいえだな」

 「…………は?」


 リリーがそう言うと、ルカは怪訝そうに顔を顰める。


 「死霊ってなに?」

 「お前がさっきからスパスパきり飛ばしてるやつだ!」

 「これが、ねぇ?」


 ルカはそう言うと、死霊の首を斬り飛ばし、リリーに投げて寄越した。


 「ちょ、ええええええええ!」


 思わずキャッチしてしまったリリー。

 手の中でリリーを睨みつける死霊。

 その目は、ぎろりとリリーを睨んで………いなかった。


 「へ?」


 拍子抜けするリリー。

 真っ白な陶磁器の様な肌をした生首は、口を半開きにして表情を固め、目はまるでガラスだまのようで。


 「っていうか、ガラス玉そのもじゃないか!こ、これは、人形だ!」


 なんだってーとばかりに驚愕する警察たちを呆れ顔で見るルカ。


 「分かったら、さっさと退治する!子どもみたいなちっこい人形は魔法装置を壊して回ってるから、早めに駆逐しといて。一段落したらリリーは、ちょっと私と来てくれる?」

 「わ、私か?」

 「そう。アルが呼んでる」








 「大変そうだな。テイラー卿」


 いつの間にそこにいたのか。

 テイラーを押さえる死霊たちさえ、数瞬その姿に硬直する。

 椅子に腰掛けるアルフリート・ウルグルスは、打った鼻から流す鼻血と涙でぐちゃぐちゃになったテイラーの顔に向かって、余裕の仕草でそう言った。


 「あ、アルフリート……様?」


 テイラーは安堵よりも驚きの声でその黒色精霊種(ダークエルフ)の名を呼んだ。


 折角現れたのにテイラーを助けるでもなく、椅子に腰掛ける黒色精霊種(ダークエルフ)の表情は、どこか楽しげですらあった。


 「さぁ、テイラーどうしてほしい?」

 「は?」

 「どうしてほしいか言ってみろ」


 そんなことは決まっている。

 そうは思いながら、テイラーはどもりながらも大声で答える。


 「お、お助け下さい!こ、この死霊どもから、私をお守りください!」

 「うん?よく分からんが、守ればいいんだな?どうしたら私はお前を守れるだろうか?」

 「こ、ここから連れ出してください!二度とこいつらが私を追って来れない場所に!」

 「ふぅん。いいぞ。やってやろう」 


 まるで何事もないようにそう言うアルフリートに、テイラーは不審さよりも頼もしさを感じたらしい。


 「お、お願いします!」

 「時に、テイラー卿」


 アルフリートの声が低くなる。

 必死なテイラーはそれに気付かない。


 「お前を連れ出すのに大事なことだから正直に答えろ。レイン・ヒューバーを殺したのはお前か?」


 アルフリートの視線が射抜くようにテイラーを見る。

 その視線に気圧され、また助かりたい一身で、テイラーは我知らず頷いていた。


 「私が!私が殺しました!」

 「なるほど。ちなみに麻薬を密売したのもお前か?」

 「そ、そうです!資金が入用で、徹底的に売りさばきました!」

 「そうかそうか」

 「さ、さぁ、お願いします。私を助けて!連れ出して下さい!」

 「いいだろう。連れ出してやるとも。いいかな、リリー警部」

 「………は?」


 アルフリートがそう言って視線を扉の方へ向ける。

 テイラーもまた、ほうけた顔で扉を見つめる。

 いつの間にか。

 開け放しの扉の前にはリリー・ダラー警部が、間抜けな顔をして口をあんぐりと開けていた。


 「リリー?」

 「は、はい!」

 「聞こえてたな?テイラー卿は、レイン・ヒューバーの殺害を認めた。不正取引についても供述している。お望みどおり連れ出してあげてくれ。監獄でも刑務所でもお好きな所へ」

 「え?え、えぇえぇっぇ!」


 ようやく事態に気付いたのか、テイラーは驚愕に顔をゆがめながら絶叫し始める。


 「そ、そんな!あ、アルフリート様は、この死霊どもをなんとかしてくださるのではなかったんですか?」

 「何を言ってるのか、分かりかねるな。テイラー卿?死霊とは何だ?」

 「な、何を言ってる!この………。この?」

 「どの、だね。ヴィンセント・テイラー?」


 またしてもいつの間にか。

 脚に這いよる死霊も、騎士服の死霊もその姿を忽然と消していた。

 後に残ったのは絶望を絵に描いたような顔をしたテイラーだけであった。


 「そ、そそそそそ、そんなぁぁぁぁ!」

 「リリー。お連れしなさい」

 「は、は!」

 「それから、テイラー卿」


 リリーと警官たちに両脇を固められ、泣きながら連れ出されるテイラーにアルフリートは微笑んでから言った。


 「黒色精霊種(ダークエルフ)の私が証人だ。言い逃れが出来るとは思うなよ?」

 「~~~ッ………」

 「連れて行きたまえ」

 「は!」


 苦悶の表情をうかべながらしょっ引かれるテイラー。入れ違いで部屋に入ってきたルカが、嘲るようにその後姿を見送った。


 「ばいば~い」


 ルカが手を振り、警察もテイラーもいなくなる。

 しばらく椅子に座ってぼうっとしていたアルフリートは、頃合を見計らって廊下の方へ声をかけた。


 「入ってきたらどうです?いまさら隠れることもないでしょう?」 


 ルカも廊下の方を見る。

 彼女のことは、すでにアルフリートに聞いて知っていた。


 「あなたには、敵わないわねぇ。久しぶりね、アルくん」


 すぅっと、まるで霧から生まれてくるように、室内に入ってきた人影があった。


 「灯が消えた邸内で、光の中に潜むとは、貴女らしい。お久しぶりです。クローディア」

 「本当に、久しぶりね。アルくん。そして始めまして。かわいいお嬢さん」


 現れたのは精霊種(エルフ)の老婆だった。

 痩せ気味の体にふぅわりとした衣装。

 びしっと背筋の通った、若い頃はさぞかし美人であったろうと思わせる貴婦人。


 「紹介しよう、ルカ。人形遣い(パペットマスター)のクローディア・セルノさんだ。私の古い友人だよ」

 「はじめまして」


 ルカがそう言うとクローディアはにっこりと微笑んだ。


 「余計な気を遣わせたわね。ごめんなさい。アルくんは、いつから私のこと、気付いてたの?」


 老婆がそう言うと、アルフリートはひょいと肩を竦ませた。


 「テイラーの妻の遺体――そっくりの人形を見たときです。血管や皮膚の張りまで再現する、あんな精巧な人形を作れるのは、セブルスでももう貴女くらいでしょう」

 「お見通しね。さすが黒色精霊種(ダークエルフ)。本人達には街の宿で魔法の眠りについてもらってるわ。放っておいても明日には目を覚ます」

 「それは良かった」


 さして興味も無さそうにアルフリートがそう言うと、クローディアはいっそう深く微笑む。


 「アルくん、ありがとう。私ではあんなにうまく警察に引き渡すことが出来なかったかもしれない。ううん。勢いあまって殺してたかもしれないわ」

 「なに。何もしてやしませんよ。遅かれ早かれ、これだけ騒げばいずれは同じ運命だったでしょう。叩けば埃が出る身ですからね」

 「でも、助かったわ。正直、あんまりこういうのは得意じゃないから。私民話とか、ラブストーリーみたいな演目が得意なのよ」


 クローディアはそう言ってルカに微笑みかける。

 思わず微笑み返すルカ。

 不思議な魅力がある女性だった。


 「ひとつだけ、聞いてもいいですか?」

 「な~に?」


 ルカの問いに、クローディアが嬉しそうに返事をする。


 「たぶん、腕を失くしたヒューバーさんは、クローディアさんのお客さんだったんですよね?」

 「ええ、そうよ。義手を作るのに、二月くらい私の屋敷に滞在してたわ」

 「その。どうしてここまでして敵を討とうって思ったんですか?」


 まっすぐなルカの問いに、クローディアは思わず苦笑した。そしてはにかむように笑いながら、ルカに言ったのだった。


 「……恋をしてたって言ったら、お嬢さんは笑うかしら?」

 「いいえ」


 思わぬ即答にクローディアの方が面食らう。


 「本当に?何百歳も年が離れているのに?」


 ルカはそれを聞いてほんの一瞬だけアルフリートを見て、「そんなの関係ないと思うから」と言った。


 「ありがとう。彼が殺されたとき、私はもう彼の側にいなかった。人伝に彼の死を知って、事故死に見せかけた殺人であることが分かって。犯人が代議士選を前にしたテイラーだってことがなんとなく分かった。不安要素を消したかったのね、きっと」

 「それにしても手の込んだことをしましたね。ヒューバー氏はよほど愛されていたと見える」


 アルフリートがそう言うと、クローディアは遠い目をして言った。


 「かわいい人だった。百年ぶりの恋だったわ」


 そう言って、寂しそうに笑ったのだった。




 


 


 ヴィンセント・テイラーは現在裁判中である。

 無事に帰還した彼の妻は優秀な弁護士をつけてその弁護に当たっているが、状況は芳しくない。テイラー本人が裁判に勝つことを望んでいないからだ。

 クローディア・セルノは、テイラー邸で別れ、彼女はそのままセブルスに帰ったのだろう。

 ルカと再開を約束して、貴婦人は風とともに去っていった。

 彼女の魅力的な笑顔を、ルカはそれからしばらくの間忘れることはなかった。




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