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嗚呼、戦場よ  作者: 国家コーラ
第一章 フランスからサウジアラビアへ
1/1

~プロローグ~ 外人部隊の彼

「ああ!気持ち良いです龍一さん!」


「ほらっ!俺のでもっと感じろ!」


男の下卑な声と女の甘美な声が部屋に響き渡る。

一拍子ずつずれて木々の軋む音。

その音がぬちゅぬちゅと繰り返される卑猥な水音に交わり、卑猥さを更に引き立たせている。


(嫌な音だ…)


この部屋のベットで交わる男女とは別に、ベットから少し離れた場所にある椅子に何重ものロープによって縛り付けられている若い男は、もう何度目かも分からない感覚を脳離に浮かべた。

男はゆっくりと目の前で繰り広げられる淫靡な光景を見て溜め息を吐く。男の目には光が無い。それは元から無かったのか、はたまた消え失せたのか。

どちらにせよ光が無いのだ。

別に目が見えない訳では無い。

目は見えているのだが、彼自身、今だけは見えてほしくない。そう考えている。

それは何故?そう問われれば、彼は一体どの様に答えるのだろうか?

目の前の光景…と答えるかも知れないし、それ以外の何かと答えるかもしれない。

それは彼自身にしか分からない事だが、彼の様子を見るに、客観的に答えれば…見えたくない原因とは、恐らく目の前の光景なのだろう。


目の前の光景。それは先程も言った様にベットの上で交尾…人間的に言えば男女一人ずつでSEXをしている光景。

それは人間の生存本能のまま、と言う面で見れば素晴らしいとも言える物なのだが。

人間とはどうも、この生存本能とやらが気に食わぬらしく、往来で「SEX!」なんて叫べば一発で社会の正義、もとい警察官に連行されてしまう。

そんな複雑な行為であるSEXは彼からすれば見たくない物なのかも知れない。

いや、見たくない物なのだろう。何せ、目の前で交わっている男女の片割れである女は、彼の妻であるべき存在なのだから。

いや、語弊があったかもしれない。彼の妻であるべきと言うより、彼に抱かれるべき存在、と言った方が、より適切である。

どちらにせよ訂正的にはあまり変わらない事なのだが…しかし、この時点で読者の脳離に問題が一つ、浮上してくる筈だ。

目の前で一人の男性に、椅子に縛られている彼の妻が、マラ棒で引っ掻き回されている。

どうも、可笑しい事だと思わないだろうか?彼の妻が、本来、夫婦で営む筈のSEXを夫では無い、他人の男と行っている。それも堂々と。

もし、ソレが夫である彼の目の前では無く、何処かのホテルで隠れてやっているならソレは不倫である。いや、別に隠れていないだけマシと言う訳では決して無い。

決して無いが、彼の心境を思えば、隠れてコソコソやられるより、オープンにされた方が少しは楽なのでは無いだろうか?

…いや、そうでは無い。楽な筈が無い。現に椅子に縛られている彼の表情は苦悶のソレに満ちている。

誰だってこの状況に出くわせば感じるであろう言い様の無い不快感を彼は感じているのだ。

目の前で妻が他人とSEXをしているのを見せられている。それは誰しもが不快感を感じる事だ。ソレを彼も感じている。彼は何もおかしい事は無い。

おかしいのは目の前の光景であって、彼自身では決して無いのだ。



プロローグ◆――――――外人部隊の彼



BGM(聞き終わってから、または聞きながら読んで下さい。雰囲気が出ます)

http://www.youtube.com/watch?v=WA6zH7gKSr4&feature=related




「ヘイ!ジャップ!俺にもタバコを一本くれよ!」


海上から僅か20mにも満たない場所で航行しているフランス軍の軍用輸送ヘリであるEC725、通称『ユーロコプター・クーガ』と呼ばれるヘリの中で、アメリカ人の男性兵士がドアガンの傍で、自身の装備であろう自動小銃『FAMAS』を手入れしている一人の日本人兵士にタバコの催促をした。

外から吹き荒れてくる風圧に負けないためか大声で叫んでいる。

日本人兵士はソレを五月蝿いと思いつつ、自分が着ているコンバットベストの胸ポケットから覗いているタバコ『マルボーロ・12mm』を渡した。

彼自身、マルボーロはあまり好きでは無いのだが、今乗っているクーガが基地から飛び立つ前、ベネズエラの友人から『お守り代わりに』と渡されたのだ。しかし吸わない銘柄のため、他人へ渡すのに遠慮は無い。

お守りなんて信じないし、効果があるとは思えない。

もし、何かに守ってもらおうなんていう考えでいると、己頼みである戦場では任務遂行どころか、生き残る事さえ困難だろうと長年の兵士である彼は考えているのだ。

ベネズエラの友人から、好意として受け取るのは別として。


「ジャップ!マルボーロはうめぇなぁ!効くぜ!」


煙を吐いてアメリカ人は礼を言う。しかし、口を開ける際にアメリカ人の目の前に居る日本人の彼へ大量の煙が吐き出される形になるため、彼は素直に好印象を持てない。

右手で煙を掻き分ける彼にアメリカ人はニカッとヤニだらけの黄色い歯を見せながら、空いている右手を彼に差し出した。

握手でもしようと言うのか?彼はしばらく考えた後、煙を掻き分けていた右手を、アメリカ人の右手に添えた。直後、ガッシリと欧米人特有の大きな手が彼の差し出した右手を包み込んだ。

予想通り、握手だった。


「ジャップ!マルボーロの12mmとは気が合うじゃねぇか!俺もマルボーロは好きだぜ?スイス製だからな!」


この男はスイス製が好きなのだろうか?

握手をしたままマルボーロの生産国らしいスイスの名を挙げたアメリカ人兵士に彼は疑問を抱いた。

彼自身、マルボーロが好きではないため、詳しくは知らない。そのため、口を開こうとはせず、ただ頷くだけに留まり、耳を傾ける。

するとアメリカ人兵士が、彼の聞く姿勢に好感を持ったのか、機嫌良さげで大量の煙と共に、もう一度大きな口を開いた。


「マールボロはイングランドの名前だ!ブリテンの地名だからな!ドイツに侵攻されて、それを押し返した地でもある!縁起が良い上に、土地に拘らず別の国であるスイスの良い草を使ってると来た!味も良い!縁起も良い!それに効く!これ以上のタバコは滅多に無いぜ!」


力説するアメリカ兵。その表情には笑顔が垣間見える辺り、よほどマールボロが好きなんだなと日本人の彼は思った。

アメリカ兵の口から、導かれる様に彼の口へ入っていく副流煙が煙たくてしょうがないが、しかしそれ以上に、胸ポケットのマールボロが気になった。

どうせ自分は吸わないのだ。ならば、マールボロが好きと言う彼に、箱ごと渡しても問題は無いのではないか?

ベネズエラの友人には申し訳ないが、好意は嬉しくても物はいらない。

言い方は厳しいかもしれないが、事実である。

彼は小さな決心をした。


「…ホラ…これ、やるよ」


おずおずと握手していない左手で胸ポケットにあるタバコの箱を握り、アメリカ兵へ差し出した。

途端にアメリカ兵の表情が驚きと共に笑顔に満ち溢れる。

それほど嬉しい物なのだろうか?彼は首を傾げながら、アメリカ兵の右手にソッと包み込ませる。

大きな掌のため、手渡したタバコの箱が妙に小さく見えた。


「おいおいおい!ジャップ!良いのかよ!コレを貰っても!」


「ああ!構わない!俺はマルボロは吸わないからな!オマエにやるよ!」


「マールボロを吸わない!?じゃあ何で持ってたんだ?」


仰天するアメリカ兵を見て、彼は説明するのが面倒だと思った。

いちいちプライバシーの事を他人に喋るつもりは無い。

確かに、部隊仲間同士で互いに信頼関係を築くのは大切な事かもしれない。しれないが、しかし必要以上に馴れ合う気にもなれない。

それに彼からすれば、開口早々、ジャップと見下してくる奴は尚更の事だろう。

ジャップの件を抜きにしても馴れ合いたくない辺り、不器用である。

だが、この際は話そうと思った。理由は特に無い。


「友人から貰ったんだ!お守り代わりにって!」


「何時!?」


「さっきの基地でさ!飛び立つ前に他の中隊に居る友人から!」


「そりゃあ!友人がオマエにやったのに俺にやったら悲しむンじゃないか!?」


「なら返すか!?」


「いや!返さない!」


貪欲な奴だ、と彼はアメリカ兵の咥えているタバコを見て思わず苦笑した。

しかし、戦場では、その貪欲さこそが生へ繋がるのだと彼は知っていたため、言葉でからかおうとは思わなかった。

その貪欲さは正規兵からすれば慎むべき物だが、生憎と彼達は正真正銘の正規兵と言う訳では無い。

彼等が所属する部隊は―――――――――


「しっかし、外人部隊にも良い奴は居るもんだなぁ!俺の名前はビル!カーリー・ビルってんだ!仲間からはハンバーガー・ビルって呼ばれてる!宜しくな!」


「ああ!宜しく!」


再び差し出された右手を彼はもう一度握り、握手した。

やはり西洋人は手が大きいと感じる。


「アンタの名前は?!」


「俺か?!」


「他に誰が居るんだ?!ドアガンか?!」


「ああ、分かった!分かった!俺はジョン!…ジョン・マクラーレンだ!」


しつこいと感じながらも、ドアガンを叩きながらジョンは言ってやった。

ドコか投げやりな感じにビルは少々ばかりの嫌悪感を感じるが、お互いおあいこだと、それ以上気にしない。

そんな事よりも気になる事があったからだ。


「おいおい!東洋人じゃねぇのか?!見た所、アンタは東洋人に見えるんだがなぁ!」


東洋人の顔と言う物は全世界の数ある人種の中でも、一番分かり易い風体をしている。

それは東洋人から見た西洋人にも言える事なのだが、このヘリの中では西洋人兵士が比較的多かったため、ジョンは敢えてソレを言わなかった。


「名前なんてあって無い様なモンだろ!特にこの外人部隊にはな!」


ジョンが声を張り上げたその時、反対側のドアガンの近くでビルとジョンの話しを聞いていたロシア系の男が陽気な声で会話に割り込んできた。


「ああ!まさしくそこのジャパニーズの言う通りだぜ!名前なんて、そう重要じゃねぇ!」


「そうか!?」

ビルが条件反射で返した。


「ああ!そうさ!少なくとも!全フランス外人部隊中で、最も荒くれ者が集められてるって言う第二外人歩兵連隊の更に酷いって言われてるこの小隊で!名前なんか彼女とヤル時に使うコンドーム並みに意味の無いモンだ!」


「コンドームは意味が無い?!何でさ!」


ロシア系の男の言葉にビルがまたも反応した。興味津々で興奮しているのか、多少上ずった声で聞き返す。


「デカすぎて破れちまうからだよ!!アンタのナニより俺の方がデカイって自信があるぜ?!」


「良く言うぜ!そりゃアンタの態度じゃねぇのか?!」


ビルの言葉に思わずジョンが笑った。釣られてヘリの中に居た、他の隊員達も口角を歪めていく。

ロシア系の男は場の雰囲気に苦笑しつつ、両手をヤレヤレと振り、ヘリ特有の大型ドアへと凭れ掛り、ふとビルの胸ポケットへと視線を移動させた。

胸ポケットには先程、ジョンから貰ったマルボーロがある。


「要るか?!」


ビルが視線に気付き、大声で叫んだ。

ロシア系の男は、はにかみながらも催促をする。

現金な奴だ。

その光景を見ていたジョンは、そう思った。


「ほらよ!マルボーロだ!ジョン!良いよな?!」


遠慮しているのだろう。おずおずとした表情でビルがジョンに確認を求めた。

ジョンはやぶれかぶれに頷き、了承する。


「ああ、お前にやった煙草だ!どうしようと俺には関係無いさ!」


「その言葉を待ってたぜ!ほら!ロシアン野郎!吸っても良いってよ!」


「ああ、遠慮なく頂くさ!それと俺はロシアン野郎じゃねぇ!俺の名前はアイデンだ!アイデン・スコラノフ・アレモヴィッチだ!覚えとけよカウボーイ!!」


カウボーイと呼ばれたビルは胸くそ悪いのか、開かれた大型ドアから外へ痰を吐いた。

ジョンはソレを汚いと思いつつ、取り合えずと言う風に、アイデンへ自己紹介をする。


「俺の名前はジョンだ!と言っても、さっきまでしてた俺達の遣り取りを聞いてたみたいだから!自己紹介は必要無いよな?!アイデン!」


アイデンは深く頷いた。


「ああ!男の会話を盗み聞きする趣味は無いが、聞こえちまったものでな!気を悪くさせたか?」


「いや、構わないさ!この部隊では初めての顔合わせなんだ!どのみち、後で自己紹介し合うのが分かってるなら、先に知り合ってた方が良い!」


そのとおりだな。と先程まで剥れていたビルが頷いた。

アイデンは愉快そうに口角を歪めつつ、まずはジョンへ右手を伸ばした。

また握手か。ジョンは本日二度目になる握手を交わす。

アイデンはジョンに対し、ロシア語で『宜しく』と言い、次はビルへ右手を差し出した。

ソレを待っていたかの様に、ビルは勢い良くアイデンの手を掴んだ。


「へい!へい!アイデン!カウボーイの握手は痛いぜロシアン?!」


ビルがウインクすると、しばらく経ってアイデンもウインクで返した。

おそらく、これからする事が分かったのだろう。その表情は好戦的な物で満ち溢れている。


「望む所だぜ!カウボーイ!」


アイデンがそう言うと同時にビルが踏ん張った。アイデンも遅れながらも、同じく踏ん張る。

そしてガッチリと右手同士で握手し、お互いの握力を見せ付けるかの様に血管を浮かせ、全筋肉を腕へと集中させ始めた。握手による力比べである。

ジョンはその光景にガキかよ?ヤレヤレと感じながらヘリ内に居る他の隊員達へ目をやった。

どちらが勝つかに賭けをしているのか、隊員の何人かが輪になってお金を出し合っている。

それもはした金などでは無く、結構な金額だ。簡単な勝負なだけ、勝率も高いと見ているらしい。


「外国人って奴は・・・ったく」


ローター音と風の音がカモフラージュになり、隊員には聞こえない声量で、ジョンは小さく呟いた。


サウジアラビアよりもまだ遠い、地中海の上での事である。


◆ ◆ ◆



2012/7/14

Pm/14:42


地中海/クレタ島フランス軍第4空軍所属『イダ航空、空軍基地』


基地内の外人部隊に割り当てられた複数の持ち部屋の内の一室で、ビルとアイデン、そしてジョンは一つの机を囲むようにして座り、各々のしたい事をしている。

ジョンは銃の手入れを。ビルとアイデンは先程の勝負の続きを未だにしていた。


「ちっくしょーー!!また負けた!どうなってんだ?!俺が負けるなんて!?」


ヘリの中で行われた下らない勝負はビルが負け、アイデンが勝ったのだが、その結果が気に入らないビルが、2戦目となる試合をアイデンに申しコンだのだ。しかし、やはりと言うべきか、またビルが負け、アイデンが勝った。

その結果にも満足しないビルが何度も勝負を挑んだ結果、遂にココ『イダ基地』まで勝負が持ち越されたのだ。

ちなみに勝敗は、ビルの15戦15敗でアイデンの圧勝中である。


「おいおいカウボーイこれで15戦15敗だぜ?諦めな…極寒の地、ロシアで鍛えた筋肉は生易しいモンじゃないって事だ。勉強になって良かったじゃないか」


「うるせぇ!もう一回だ!」


止せば良い物を、と銃を分解しながら二人の勝負を見ていたジョンは、アイデンに勝負を挑むビルに呆れ、溜め息を吐いた。

そんなジョンの溜め息にも気付かず、ビルは16戦目に突入する。

が、直ぐにビルの悲鳴にも似た叫びにより決着が付いた。


「ぎゃああああああああ!????痛い!痛い!ギブだ!ギブ!ギブアップ!」


「これで16戦16勝だ。へっ!お前みたいなカウボーイには負けやしねぇよハンバーガー」


アイデンがニタリと口角を吊り上げると、ビルが涙目でソレを睨み付ける。

しかし結果は結果。いくら睨んだ所で、結果が変わる事も、ましてや掌の痛みが消える事も無い。ビルはしばらく睨んだ後、諦めたのか、自身の視線を隣に座っているジョンへ向けた。

ジョンは手入れのために分解していたパーツを、丁寧に組み立てている最中だった。

日本人特有の器用さにビルは感心する。アイデンも興味深く観察しだした。


「SIG…」


「ん?」


銃が組み立て上げられた瞬間、完成した銃を右手に持ち、ジョンは呟いた。

何を言ってるんだ?とビルは疑問に思う。しかしその疑問は一緒に見ていたアイデンが、直ぐに解決した。


「SIG P210…スイスの貴婦人か…良い銃を持ってるんだな、ジョン」


ジョンはニコリと笑みを浮かべると、小さく頷いた。

ビルは理解出来ていないのか、首を傾げる。


「はぁ~」


理解出来ないビルに、アイデンは溜め息を付くと、丁寧に説明を始めてやった。


「シグ社がスイス軍に高性能拳銃開発を依頼され、開発した拳銃だ。その名も『P210』そして別名が『スイスの貴婦人』そのシンプルなフォルムから貴婦人を連想した誰かさんが、スイスで作られたこの拳銃に、この渾名を付けたんだ」


「それに、この銃の高性能さは未だに他の拳銃に退けを取らないんだ。少しばかり値は張るが、十分に価値がある拳銃だ」


締めくくりにジョンが付け加えると、ビルは理解したのか、大きく頷いた。

その頷きに信用性が持てないアイデンは、苛立ちを隠せないのか、喉をクツクツと言わせる。

そしてその苛立ちを発散するかの様に、自身のフットホルスターから愛銃を取り出した。

ちなみに外人部隊ではライフル類等こそは支給品を使用しなければならないが、ハンドガン類は本来なら違反の所を、自前の物を使用しても良いと黙認されている。

※しかしあまりにも価値が高い拳銃(例・ジョンのP210は日本円で15万くらい)だと他人に取られる可能性があるので、あまりオススメしない。

その上、支給される拳銃の弾が適用しない場合(例・ホローポイント等の特殊弾)は自前で弾を揃えなければならない。


「ちなみにこれが、俺の銃だ」


そう言って取り出されたのはトカレフと呼ばれるソ連製の拳銃『TT33』だった。

今では本物は生産が終了されているために、オリジナルは至極珍しいと言われている銃である。

この銃もまた価値が高く、弾も『ボトルネックカートリッジ』と呼ばれる種類の物を使うため、対象への貫通力も高く、高性能であるとされている。

※日本で言われるトカレフは中国の偽物を指す場合が多く、粗悪品である。オリジナルは精度が高いので悪しからず。


「おいおい、ソ連マークが付いてるぞ?!まさかオリジナルか?」


ソ連マークが付いているのはオリジナルの証拠だと知っているジョンは、半ば興奮した様子でアイデンに問い掛けた。

ガンマニアなのだろうか?と興奮するジョンに少し、気味悪さを覚えつつ、アイデンは問いかけに対し、頷きで肯定を表した。


「凄いな…まさかオリジナルを目にする事が出来るなんて」


「これは俺の親父から渡された物でな、第二次世界大戦時代に実際に親父が使っていた物だ」


その証拠とも言うのか、グリップ部分は酷く擦り切れているのが確認できる。

しかし、それ以外は小まめに手入れされているのか、比較的見栄えが良い。

ジョンはその事に関心しながらも、ある事を尋ねた。


「年季物の割りには良く手入れされている様に見えるな…少し触らせて貰っても良いか?」


「ああ、別に構わないが壊すなよ?」

アイデンはマガジンを抜き取ると、銃をクルリと掌で回し、グリップ部分をジョンへ向けて差し出した。


「分かってるさ」


ジョンはアイデンから丁寧に銃を受け取ると、壁に向けて構えてみる。従来の拳銃ならば必ずあると言って良いほどのマニュアルセーフティがこの銃には付けられていないが、これは大量生産品故の仕様であり、同時にオリジナルの証でもある。

その代わりこの銃のハンマーはスライドカバーによって半分覆い隠された、言わば『ラウンドハンマー形式』にされている。

これは服や何かにハンマーを引っ掛けて起こる暴発を防ぐために作られた、使用者への僅かばかりの配慮である。


「(サイトが少し削られてるな…)」


リアサイトが狙いを付け易いように少し削られており、それがまた、本当に実戦で使っていたのだと実感させてくれた。

自分の銃では無い筈なのに、思わず身震いがする。


「(カシャ…パーン…ってな)」


不思議とこういう時、自分が歴戦の戦士になったかの様な錯覚を受けてしまう場合がある。

分かり易く言えば、アクション映画を見ていると気分が高揚し、映像と同じ事をしたくなるあの現象である。

ジョンも、今の自分がそういう感覚を抱いていると言う事実に、思わず苦笑せざる負えなかった。

別に可笑しくも無い普通の反応なのだが、ジョンはそういう感情が今の自分に不釣合いだと感じていた。


「(俺も、もうガキじゃないだろうに…)」


軽く自嘲すると同時に気付いた様な動作で、アイデンへ礼を言いつつ銃を返した。

机の上にあった自身の銃『SIGP210』をフットホルスターに仕舞いこみ、部屋に設置されたロッカーからコンバットベストを取り出すと、サッと着込んだ。


「おいおい?ジョン、どっか行くのか?」


ビルがいきなりの行動に慌てて問いただす。


「ああ…少し外で煙草を吸ってくる」


ジョンは胸ポケットの煙草『ラーク12mm』の赤いパックを取り出し、ビルへ見せた。

ついでにと、ジッポライターも見せる。


「それがお前の好きな銘柄か、フィリップモリス…悪くねぇぜ」


ビルの言葉にジョンはニコリと笑みを浮かべると、踵を返し部屋を出た。

部屋にアイデンとビルの二人だけがぽつんと残る。

開いた扉が閉まるのを確認すると、アイデンがおもむろに口を開いた。


「ジョンの奴、何か物寂しげな顔をしていたな」


「サウジアラビアが怖いんじゃないのか?ジャパニーズは戦争嫌いだからな」


ビルは自分のヒップホルスターから『M9-ベレッタ』を取り出した。

こちらはジョンやアイデンと違い、支給品である。

ベレッタを見ながら「俺もキングコブラを持ってくりゃ良かった」と、いきなり愚痴りだすビル。

その様子を呆れた目付きで見ながら、アイデンが気になっていた事をビルに、ふと訪ねた。


「そう言えば何でアイツがジャパニーズだって気付いたんだ?東洋人ならまずはチャイニーズだって思うだろう?普通」


「甘いなチッチッチ」とビルは人差し指を動かす。

アイデンは何の事か分からず、思わず首を傾げた。


「お前なァ…クーガに乗る前に部隊の編成書を渡されただろうが?それに東洋人はアイツだけ。国名見りゃあ余裕で分かるさ」


ビルの言葉にアイデンは納得し、何度も頷いた。


「あァ…部隊の編成書か…後で目に通しておくとしよう」


「ああ、そうしとけ」


ビルとアイデンはそれからは一切も喋らずに黙り込むと、静かに自分の席に座り、各々に自由行動を始めた。



◆ ◆ ◆



2012/7/14

Pm/15:19


地中海/クレタ島フランス軍第4空軍所属『イダ航空、空軍基地』・第四滑走路、フェンス近く



「スゥ……フゥ~~~…」


口から吐き出された煙が円い輪となり、空へ昇っていく。

ラーク12mmのキツさが肺に堪えるが、ジョンにとって、そのキツさが今唯一の救いの様に思えた。


「(はァ…どうしてこんな所にまで来ちまったんだろうなァ…)」


思い返せば日本から飛び出してきたのが今から6年前である。

その前は日本国内で自衛隊勤務を2年3ヶ月間続けていた。最終階級は陸士長だ。

更にその前はサラリーマンなんかもしていた。平穏だったあの頃が懐かしいと今までを顧見て、ジョンは思う。

あの頃は本当に良かった。美人な妻も居たし、自分を慕ってくれる義妹も居た。

それを全て自分で捨てて…いや、それは語弊があるかもしれない。全てを自分から捨てたと言うより、全てを捨てざる負えなかった。故に、あの頃が今になって懐かしく思うのだ。


「スゥ…フゥ~~~」


しかし今ココに、自分がこうして立っている事に悔いは無いし、悔いがあったとしても後戻りは出来ない。

人生なんてそんなもんだ。ある出来事を体験したジョンはその事を良く知っていた。


「(あの男さえ居なければなァ…いや、ホントに参ったよ…)」


脳離には一人の男。顔は整った方だが、少し焼けており、浅黒い。

髪はスポーツ刈りで、長身。いかにも体育教師風な体格だった。

その男が目の前に現れてから、自分の人生は狂ったのだ。

しかし、ジョンはその事を恨みはしない。自分にも非があると考えているからだ。

全てが狂ったあの日。妻との離婚。もう「お義兄様」と呼んでくれなくなった義妹。

その全ての事について自分に非があると考えている。

もう少し妻を満たしてやれれば、もう少し義妹に接してやれれば…どれだけ今が変わっていただろうか?いや、考えても虚しいだけだ。そうは分かっていても、ジョンは考えてしまう。


「(悪い夫…悪い義兄…そして悪い男…か)」


もう一度、ラークを吹かす。やはり12mm特有のこのキツさが心地良い。


ブッブッブッブブ…グゥウウウウウン…


煙が空中に昇っていこうとした瞬間、滑走路を移動している中型輸送機『C-160G』通称『ガブリエル』のエンジン音が辺りに轟いた。

風も吹いてくるため、煙草の煙が目に入ってきて沁みた。痛くて涙が溢れてくる。

灰も少し目に入っているのでは無かろうか?痛さが尋常では無い。


「糞が…」


口で罵りつつも涙が溢れてくる。

まるでその様は過去に咽び泣く男の有様を現している様だった。




続く


次回は現実の諸事情を考慮し、五月の後半に投稿したいと思います。


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