夜の化石
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
「夜の化石」て、先輩はご存じですか?
文字通りに、夜にしか現れない化石のことですね。時間帯によって、見られるものが変わるというのは自然界でままあるものです。虫でも、植物の咲き具合でも。
化石ですから、地層にうずまったものを指すのが定義的にも、イメージ的にもふさわしいかと思います。しかし、有史以前の生物の死骸や、その活動の痕跡が残っているのであれば、それだけでも化石といえなくもないでしょう。
でも、地層に埋まっているものなどでなければ、長い時の流れの中で状態を保つのは難しい。たいていは風化し、我々が目にするより早くに消え去ってしまうでしょう。
外に出続けながらも、状態を保っているもの。そうなればこの自然の力に耐えるか、寄せ付けない異質のものとなります。夜の化石も、おそらくはその一種。
最近、おじさんがその夜の化石を見つけたと話してくれまして。耳に入れてみませんか?
おじさんも、夜の化石の存在は子供のころから知っていたそうです。
夜の化石を探すには、夜中に明かりなきところへおもむき、視覚を封じた残りの感覚でもって、判断しなくてはならないのだとか。
これまで見つかった通常の化石も無数の種類が存在するように、夜の化石も多くのバリエーションを持ちます。そのため、発見者の語りというのは参考程度にとどまり、新しいものに関しては当事者自身のセンスによる判断が求められるとか。
はじめて話を聞いたときから、おじさんは夜の化石を見つけてやろうと、しばしば夜に家の外へ出ました。しかし何百日ねばっても、おじさんはそれらしいものに出会えないまま歳を重ねていってしまいます。
夜の化石については、祖父も知っていました。その祖父曰く、多くの人が踏み込める場所であるなら、化石もまた掘りつくされていても珍しくはない。そうなれば、見つける確率は低くなる。
人がまだ踏み入れないところへ赴くか。あるいは、余人の及ばないほどに感覚を鍛え、気づかれていないものに気づくかしないと難しいだろう、と。
おじさんは、後者の道を選んだそうです。
前人未到の場所というのはロマンもありますが、危険もあります。それは外からやってくるものであって、自分が持つアドリブで対処する力に自信が持てなかったから、とのこと。
視覚をふさがれた空間であって、どのように自分の感覚を磨くのか。若き日のおじさんはコウモリやイルカなどが行う反響定位、エコーロケーションに目をつけたそうです。
彼らは音の反響を受け取ることで、視界の悪い洞窟や深海などで獲物や障害物の位置を把握し、自分の行動を助けます。その技術を自分で応用することができるんじゃないかと。
超音波を用いることは不可能。おじさんとて人間ですから、自分が把握できる音波を使わねば意味がありません。
そこで舌打ちを採用しました。自分の舌を打つ音を調整し、エコーによって周囲の地形を把握できるまでに聴覚を研ぎ澄ませる、という運びです。
これは訓練を積んだ人であれば、差はあれど会得できるものとされています。おじさんは自ら目隠しして視界を封じるなどしながら、舌打ちの響きからの位置特定の訓練を我流で繰り返していったそうです。
しかも、ただ位置が分かるのみならず、夜の化石という得体のしれないブツを割り出すほどの精度が求められる。10週間前後で会得できるとされていたエコーロケーションの技を、おじさんはごく最近まで磨き続けていたそうですよ。
そうして、自分のおおよそ満足いく出来栄えとなったのが、いまから半年前のこと。
おじさんは舌打ちを連打すれば、暗闇に転がしたボールの速さや位置を正確に突き止められるくらいにはなったようです。
今なら、昼間と夜間の違いも十分に分かるはず。おじさんは夜の化石を探す場所の候補をあらかじめ絞っておき、陽のある間にそこでの反響を確認。自分の中へ刻み込んでいきます。
陽が沈んでから、そこに違いが現れるならば居合わせた生き物か、あるいは夜の化石が存在していることの証明。
おじさんなりの満を持し、夜が更けるのを待って、外へ繰り出したのです。
おじさんの選んだスポットは、「コ」の字の曲がり角を持つ、お墓近くのコーナーだったといいます。
普通に通行する分には、直線のストレートが少し外れたところにありまして。自分の家がこのコーナー沿いにあるとかでないかぎり、通る人はほぼいない。街灯のたぐいもない。
これだったらいけるかな……とおじさんはアタリをつけて、コーナーにつくや例のエコーロケーションのための舌打ちを始めたんです。
街中の夜仕様とでもいうべき、ごく小さな音でもって。
長年の修練の果ての結果。手こずるだろうなと、おじさんは思っていたみたいです。
けれども、コの字の最初のストレートでおじさんは出会いました。昼間には感じなかった反響。それも動きを見せないものを。
夜の化石は目にうつらない、とのもっぱらの話。おじさんは何度も舌打ちしながら場所を絞り、草の生えた一角に狙いを定めました。
どのようなものなのだろう、と足で軽く踏んでみます。ところが、たいした重さをかけたわけでもないのに、パリンと甲高い音が立って、それは割れてしまったみたいなんです。
化石のイメージから来る音ではないと思いつつ、かがみこんで手触りで探ろうとするおじさんですが、それらしきものは一切見当たらず。エコーロケーションをしても、それらしい反響はもう戻ってこなかったようです。
そしておじさんはそれ以降、昼間でもときおり視界がいっぺんに暗くなることが頻発するようになったようです。
まばたきをしているつもりはありません。それは突然、夜のとばりが降りてきたかのように思えるのだとか。




