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4:彼女の妹と夜中に一緒に…

 愛花が旅行から帰ってきたのは、日曜の夜遅くだった。

 玄関で「おかえり」と出迎えた俺に、愛花は疲れた顔で、でも嬉しそうに抱きついてきた。


 「青典くん、待っててくれてありがと……。すっごく会いたかった♡」 


 その言葉だけで、胸が熱くなった。

 五年付き合ってるのに、こういう瞬間はまだドキドキする。やっぱ俺は愛花のことが好きなのだ。

 ……ただあなたのご家族も一緒にいるこの状況で、甘えてくるのは恥ずかしいので今はまだ我慢してもらえませんかね?

 というわけで、愛花は土産話もそこそこに、愛花は俺の手を引いて二階の自分の部屋へ。


「疲れたからもう寝る―」


 と、家族に別れを告げて、お風呂も入らずベッドに飛び込んだ。


「あー自分の部屋って落ち着くー♡」


 部屋の電気を薄暗くして、うつ伏せの愛花の隣に座る。

 今にも寝てしまいそうなほど脱力する彼女の腰を揉んでやると、「あ~効くぅ~」と喜んでマッサージを受け入れた。

 ちょっとした施しさえ喜んでくれるのは俺も嬉しい。軽く揉んでやるつもりだったが、本格的に、僧帽筋や肩甲骨周りなんかにも、スポーツ経験からなる揉み解しの妙技を披露していく。


 おとなしく俺の手技にご満悦の愛花は、やがて、仰向けに態勢を移して、甘えるような上目遣いで俺を見つめてきたのだった。

 ちょいちょいと小さく手招きなんかしてくるので、彼女に顔を近づける。


 「ねえ……今日、したいな♡」


 耳元で囁かれたのは、甘美なご褒美の提案だった。

 俺も我慢できなくて、すぐに彼女の唇にキスを落とした……。


 俺もベッドに体を預けて、愛花の胸に顔を埋めながら、彼女の薄布をずらしていく。

 愛花は甘い声を漏らして、俺の背中に手を回してきた。全てを受け入れる準備ができたという合図だ。

 俺ももう限界で、ズボンを下ろして……。


 ……だが、あろうことか俺は、あることに気が付いてしまった。


 ――ゴムがない!

 そういえば先週使ったきり、補充してなかった――!


「え……マジで?」


 慌てて、もしかしたら一個くらいどこかにあるはずと部屋中を探し回ったが、残念ながら、在庫は空だった。

 愛花が残念そうに唇を尖らせる。


 「私は別に大丈夫ですけどー。青典くん、ドンマイですねー」


 たまらず、天井を見上げてため息をついた。

 愛花は、そんな俺の腕に抱き着いて、くすくす笑う。


 「でも、こうやってくっついてるだけで幸せ……」


 そう言って、彼女は張り詰めた糸がプツンと切れてしまったかのように、すやすやと寝息を立ててしまうのだった。

 愛花は満足げに俺の腕の中で眠ってしまったけど……この不完全燃焼。俺は全然眠れない。


 頭の中は、さっきの愛花の柔らかい感触と、未処理の熱でぐちゃぐちゃだ。

 それもこれも、俺という人間の浅はかさに原因がある。あんな大切なものを、どうして後回しにしてしまったのか……。過去の自分に、打ちのめされる。


 ……そして、深夜二時頃。

 結局スマホをいじりながらモンモンとした気分をぬぐえない俺は、喉が渇いて水を飲みにリビングへ降りた。

 するとそこは、灯りが点いたままだった。

 美咲ちゃんがコタツに潜り込んで、スマホをいじってた。


「あ、お兄ちゃん……?」


 眠たそうな声。明日は学校があるあろうに……俺もだけど。


「なんだか眠れなくて。美咲ちゃんもどうした? 夜更かしなんかして」


「んー。……なんでもないです。もうそろそろ寝ようと思ってたところなんですから」


 さてと。とコタツから出る美咲ちゃん。……どうしたというのだ。

 あんなに距離感がおかしいこの子が、よもや、よそよそしいだなんて!

 どこか具合でも悪いんじゃ……?


「大丈夫? マッサージでもしようか?」


 いつもみたいに。そう思って、俺の横を通り抜ける彼女の肩に手を置いて、軽く揉んでみた。

 すると、いつもとは違う予想だにしない反応をしてみせるのだった。


「わ! やめてよ、お兄ちゃん!」


 美咲ちゃんはビクッと体を硬直させて、俺の手を払いのけた。

 ……え?

 そんな反応されたことなんて、この五年間、一度もなかった。むしろ積極的に距離を詰めてくる美咲ちゃんにここまで強く拒絶されたことが理解できずに、俺は思考停止状態に陥ってしまう。


 いつもなら「もっと強くお願いしますー♡」とか甘えてくるはずなのに、今日は様子がどうも変だ。そういえば、愛花が帰ってくる前も、異様にそわそわしていたというか、俺のことを避けていたように思う。


「ご、ごめん……」


 ようやく思考が今の状況に追いついた。固まった体を慌てて引いて、不快にさせたことを素直に謝る。


「ううん……私もびっくりしちゃっただけですから……でも、今は、それダメです」


 美咲ちゃんも我に返ったように、慌てて弁明していた。かといって、言葉の通り、びっくりしただけってわけでもなさそうだが……。


「……ん? 『今は』?」


 気になるワードを復唱すると、美咲ちゃんは更に顔を伏せて、いじいじと理由を口にしたのだった。


「だって……お姉ちゃん、帰ってきたばっかりなのに、そんな日も私がお兄ちゃんに甘えちゃったら……なんか、悪いじゃないですか。お姉ちゃんがいない間は、ずっと私が独り占めしてたんだから、お姉ちゃんが帰ってきたなら、ちゃんと返してあげないと……」


 彼女の声は小さく、まるでいたずらの言い訳をしている子供のようだった。

 普段から距離感バグってるくせに、変に律儀なんだな……。


 いや、待て。

 返してあげるってなんだ。

 まるで愛花がいない間、俺は美咲ちゃんのものになってたって言ってるように聞こえるんだが?

 いやなってないが? 俺は身も心も愛花の彼氏だが?


 ……なってない、よな?

 自分の中で芽生えた疑念に、自分で少しドキドキした。

 いやそんなことはいいとして……でもなんだか、この子に気を使われるのは、少し変な感じだな。むしろ調子が狂う。

 あの美咲ちゃんなりに空気を読んで、姉の愛花に気を使ったのだろうが、残念ながら美咲ちゃんにそんなことを求める人は、少なくともこの家には誰一人いないのだ。


「……たしか、愛花が言ったんだっけ? 『妹とナカヨシなのは浮気じゃない』って」


 ほら、前に美咲ちゃんがイジワルな感じでそう言ってきたじゃん。

 俺は情けなくも、別の意味にしか聞こえなかった魔性の言葉だが、よくよく考えれば、姉妹の間でそのような会話がなされたことに注目すべきだった。


 美咲ちゃんは、自分の距離感がバグってることに、うすうす気が付いているのだ。

 そしてそれが原因で、俺と愛花の仲がこじれないかを心配していたのだろう。

 でもあの愛花だ。俺にはわかる。

 美咲ちゃんを励ますために、なにより本心から、そのようなことを言ったに違いない。


「こう見えて俺達、五年間一度も喧嘩したことない超ラブラブカップルなんだぜ。それに美咲ちゃんと俺だって、もう家族みたいなもんだろ。あんまり気を使われると、俺、美咲ちゃんに何か悪い事でもしたのかなって、逆に心配になってくるよ」


「お兄ちゃん……」


 だったら俺も愛花と同じ考えだ。美咲ちゃんを除け者にしようだなんて思わない。

 それでも距離を取ろうというのならば、そしたら俺は、積極的に距離を詰めようじゃないか。


 まあもちろん、普通に俺が嫌われて、距離を置かれてるだけだとしたら、それは甘んじて受け入れようとは思うが……。

 そうじゃないなら、美咲ちゃんに変な気を使われるのは不本意だ。

 彼女は受験生だしな。勉強事以外に余計な問題を抱えさせちゃ申し訳が立たん。


「……うん、わかりましたっ。それじゃあこれからも、よろしくね、お兄ちゃん♡」


 美咲ちゃんは、少し考えた後に、にこりと笑って俺に抱き着いてきた。そうそう。これこれ。この遠慮のなさが美咲ちゃんだ。

 今だって抱き着く必要はないだろ? 五年前の初恋とそっくりな顔で、それ以上の弾力で抱き着かれる俺の内心なんて一切考慮しない感じこそ美咲ちゃんなのだ。


 しかも今は……ヤバい。

 愛花とは寸前でお流れになった。その後遺症が今もウズいている。

 理性がぶっ飛ぶ。その前に、美咲ちゃんを引きはがした。


「よし。じゃあもう遅いから、寝るぞ? 受験生なんだから、今の時期は特に身体を大事にしなよ?」


「はーい。それじゃあお兄ちゃん、一緒に寝ようよ♡ 美咲をあっためて♡」


 すっかり元通りの美咲ちゃんなのであった。よかったよかった。

 ……でもなんで、そもそもこんな時間までコタツでだらだら起きてたんだ?


「美咲ちゃん、何か悩みとかあって寝れなかったの?」


「あ、ぜんぜん。そんなことじゃないです。……まあでも、ほら、私の部屋、お姉ちゃんの隣じゃないですか? 悪いなあって思って、夜はしばらくリビングに居るようにしてるんですよ?」


 ……ん? 悪い? 何が?

 部屋が隣だと何が悪いというのだ……? え? 夜はしばらく?

 わ、わからない。美咲ちゃんが何を言っているのか……?


「……へ? そ、それって、どういう……?」


「えへへ。でも、お兄ちゃん、気を使わなくていいって、言ってくれましたよね? だからお兄ちゃん達も、ぜんぜん、私に気を使わなくていいですからね♪」


 何を言ってるのか分からない彼女がさらに俺の耳元で、こそっと、イジワルを囁いていく。


「私、少しくらい騒がしい方が勉強に集中できるんです。ていうか、コソコソされると、逆に気になっちゃうっていうか……♡」


 そ、それってもう……アレのことじゃん!?

 え、マジで? 今まではバレないように静かにヤってたんだけど、むしろ美咲ちゃんの好奇心を刺激してた!? 聞かれてた!?

 てか、俺達のせいで美咲ちゃんはこんな夜中までリビングにいたの!?

 俺と愛花の夜の営みのせいで……!?


 俺は顔面蒼白だったんじゃないだろうか。

 いや、昔の彼女とうり二つのこの子に聞かれていた。そんな変態的な刺激に、興奮していたかもしれない。

 どちらでもあった。それくらい、俺の心はパニクっていた。


「だ・か・ら……♡」


 俺の動揺をよそに、愛花は艶のある声で俺の耳に囁き続ける。

 いよいよ俺の理性が崩壊するワードを、その口からもたらすのだった。


「次、ヤるときはぁ……。いっそ私も、混ぜてくださいね♡」


 プツンと、何かが切れた音がした。

 俺は美咲ちゃんの両肩を掴んだ。ストレートの黒髪が、柔らかなシャンプーの匂いを振りまいて、その香りが一層俺の心を刺激する。

 たまらず、その小さな唇に、俺はむしゃぶり――。


 ――チカチカと、液晶のライトが眩しくて、一瞬怯んでしまった。

 反射的にそちらを向けば、それは、美咲ちゃんの手にあった……ゲーム機の画面だ。

 世界的な人気を誇るキャラクターがレースカーで順位を競うゲームだった。


「お兄ちゃん達、いつも音ちっちゃくして、内緒話でこれで遊んでますよね? 知ってますからね? 私だって、お兄ちゃんと対戦したいのに! 仲間外れにしないでください!」


 俺は、深い深い、ため息をついた後に、可能な限り平常心を装った声を搾り出した。


「うん……でもほどほどにね……」


 美咲ちゃんを階段の下から見送って、とりあえず俺は、ぶらぶらとコンビニに出かけた。

 冷たい風が、少しでも体の火照りを冷ましてくれることを願いながら……。

ここまでお読みいただきありがとうございます!

この作品はここまでで一旦書き溜めが切れてしまったので、また溜めなおしてから再び連続登校する予定です!

よろしければブックマーク・★で応援などして続きを待っていただけたら幸いです!

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