逆圧迫面接
慣れないパンプスで、かかとが少し痛かった。
リクルートスーツに身を包んだ私は、緊張で思わず肩に力が入っているのに気付いて、何度も深呼吸をくり返した。
面接会場には似たようなスーツ姿の就活生たちが集まっている。
「次の方、どうぞ」
私はぎこちなく立ち上がると、面接官に小さく会釈をして「ありがとうございます。失礼します」と、できるだけハキハキと聞こえるように伝えた。
「どうぞ、おかけください」
「失礼いたします」
「簡単に自己紹介をお願いします。あと、緊張してるでしょうから、好きなものについて聞かせてください。今、推し活とか言うじゃないですか? そういう話が聞きたいなぁ」
推し活について!?
思ってもみなかった質問に、私は息を飲んだ。スーツ姿の面接官たちはさわやかに笑っている。
私は立ち上がって一礼し、名前や学校名を伝えた。志望動機なら考えてきた。会社についても、どういう事業なのかはある程度調べてきた。けれども今求められているのは、推し活についての話なのだ。
「あ、大丈夫、座ってください。緊張されてますねぇ。リラックスしてくださいね。だって推し活の話なんですから」
「はい……。私は田辺則孝くんというアイドルが好きで、応援しています」
私はパイプ椅子に、両脚をしっかり閉じて座った。少しだけ内腿がぷるぷるした。普段はこんなに両脚をきっちり閉じない。
「おっ、田辺くんですか。最近ドラマに出てましたね。主人公の後輩役でしたっけ? すごくいい演技してましたねぇ。かわいくて、でもちょっと控えめな感じがして、芯があるタイプの役で」
「そうなんです!!」
推しが褒められたことに、思わず食いついてしまった。恐縮する私に、面接官は「いいんですよ! 僕らはそれが聞きたかったんですから」と無邪気に笑いながら言った。
「じゃあ、コンサートにも行ったり?」
「はい。ペンライトやうちわを持っていきます」
「いいですねー! うちわにはなんて書いてあるんですか?」
「田辺くんって書いてあります」
「あははは! そこは『ウインクして』とかじゃないんですね」
面接官の一人が笑いながら指をピストル型にして、あさっての方向を撃った。思わず私も笑ってしまった。
「書いてる人もいますね」
「コンサートはよく行くんですか?」
「はい。近場のチケットがとれればいいんですが、遠方のチケットしかとれないこともあって……」
「あー! そういうことあるって聞きますねぇ! じゃあ地方の交通網とか、宿泊関係はバッチリって感じですね? 美味しいお店とかも知ってたり?」
これって何を聞かれているんだろう。出張の手配を任せられるかどうか、知りたいんだろうか。
それとも、コンサートのときに有給休暇をとるかもしれないって、警戒されているんだろうか?
一瞬でさまざまなことが頭をよぎる。その分、うっかり本音が漏れてしまった。
「はい。推しが食事していたお店に行ったり……」
「それってどうやって知るんですか?」
「SNSで画像をアップしてくれるので、そこから……。あとはファン同士で情報交換することもあります。サインを飾ってあるお店の情報とか」
「なるほどねぇ……。ちょっとした聖地巡礼ってやつですね。……あ! うちはちゃんと有給休暇がとれますから、コンサート、行けますよ!」
「よかったぁ! ……じゃなくて、安心しました」
うっかり素が出た私に、面接官は楽しそうに笑った。
「田辺くん、きっとどんどん人気者になっていくんでしょうねぇ」
「そうですね! 私も応援していくつもりです!」
「それじゃあ、これで面接は終わりです」
えっ!? 推し活の話しかしてないのに!?
私は思わず腰を浮かせて、口をぱくぱくさせた。
「結果は後日郵送でお伝えします。本日はありがとうございました。お話できて、楽しかったですよ」
私は半ば放心状態のまま、パイプ椅子から立ち上がって、深々とお辞儀をした。
「ありがとうございました」
「そのままお帰りいただいて構いませんからね」
「はい。失礼いたします」
会議室を出て、エレベーターに乗り込む。受付の女性社員が私に黙礼してくれた。お礼を一言言って会社を出た私は、開放感でいっぱいになって、大きく息を吸い込んだ。
よくわからない面接だったけれど、推しの話ができて楽しかったから、まあいいか。
少し話しすぎてしまったかもしれないけれど。
***
面接官たちは、たくさんの書類を机の上でとんとんとまとめながら、伸びをした。
「面接終わったねぇ。お疲れ様」
「どうでした?」
「素直そうな子だねー。うちわが田辺くんの名前だけって言ってたから、企画部向きじゃないね。あんまり突飛なことしないタイプっぽい」
「事務とか経理向きですか?」
「そうかもね。営業事務とか向いてそう。交通網知ってて宿泊手配できるのは強い。あと、SNSの画像から店割り出すって、ちょっとした特殊能力だよ。粘り強く調べそうだよね。ファン仲間もいるって言ってたし、フレンドリーなタイプなんじゃない?」
「遠征行くって言ってましたね」
「うん。有給はキッチリ使うタイプだろうな。急に立て込む部署とか忙しい部署には向かなさそう。有給とること自体はなんも問題ないけど、コンサートってことは日程調整できないでしょ?」
「僕、ときどき怖いですよ……プロファイリング人事じゃないですか」
「えぇー? でも今どき圧迫面接とかして、うちの会社を嫌いになられちゃうよりは、ずっとよくなーい?」
「まあそうですけど」
面接官は窓のブラインドに指を引っかけてそっと下げると、隙間から外を見た。
そうして、先ほど面接をした就活生が伸びをしているのを見つけると、ふふっと笑った。
「推し活の話って、すごく素が出るよね」
<おわり>
参考資料
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