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現代物

逆圧迫面接

作者: 網笠せい
掲載日:2026/02/11

 慣れないパンプスで、かかとが少し痛かった。


 リクルートスーツに身を包んだ私は、緊張で思わず肩に力が入っているのに気付いて、何度も深呼吸をくり返した。


 面接会場には似たようなスーツ姿の就活生たちが集まっている。


「次の方、どうぞ」


 私はぎこちなく立ち上がると、面接官に小さく会釈をして「ありがとうございます。失礼します」と、できるだけハキハキと聞こえるように伝えた。


「どうぞ、おかけください」

「失礼いたします」

「簡単に自己紹介をお願いします。あと、緊張してるでしょうから、好きなものについて聞かせてください。今、推し活とか言うじゃないですか? そういう話が聞きたいなぁ」


 推し活について!?


 思ってもみなかった質問に、私は息を飲んだ。スーツ姿の面接官たちはさわやかに笑っている。


 私は立ち上がって一礼し、名前や学校名を伝えた。志望動機なら考えてきた。会社についても、どういう事業なのかはある程度調べてきた。けれども今求められているのは、推し活についての話なのだ。


「あ、大丈夫、座ってください。緊張されてますねぇ。リラックスしてくださいね。だって推し活の話なんですから」

「はい……。私は田辺則孝(たなべのりたか)くんというアイドルが好きで、応援しています」


 私はパイプ椅子に、両脚をしっかり閉じて座った。少しだけ内腿がぷるぷるした。普段はこんなに両脚をきっちり閉じない。


「おっ、田辺くんですか。最近ドラマに出てましたね。主人公の後輩役でしたっけ? すごくいい演技してましたねぇ。かわいくて、でもちょっと控えめな感じがして、芯があるタイプの役で」

「そうなんです!!」


 推しが褒められたことに、思わず食いついてしまった。恐縮する私に、面接官は「いいんですよ! 僕らはそれが聞きたかったんですから」と無邪気に笑いながら言った。


「じゃあ、コンサートにも行ったり?」

「はい。ペンライトやうちわを持っていきます」

「いいですねー! うちわにはなんて書いてあるんですか?」

「田辺くんって書いてあります」

「あははは! そこは『ウインクして』とかじゃないんですね」


 面接官の一人が笑いながら指をピストル型にして、あさっての方向を撃った。思わず私も笑ってしまった。


「書いてる人もいますね」

「コンサートはよく行くんですか?」

「はい。近場のチケットがとれればいいんですが、遠方のチケットしかとれないこともあって……」

「あー! そういうことあるって聞きますねぇ! じゃあ地方の交通網とか、宿泊関係はバッチリって感じですね? 美味しいお店とかも知ってたり?」


 これって何を聞かれているんだろう。出張の手配を任せられるかどうか、知りたいんだろうか。


 それとも、コンサートのときに有給休暇をとるかもしれないって、警戒されているんだろうか?


 一瞬でさまざまなことが頭をよぎる。その分、うっかり本音が漏れてしまった。


「はい。推しが食事していたお店に行ったり……」

「それってどうやって知るんですか?」

「SNSで画像をアップしてくれるので、そこから……。あとはファン同士で情報交換することもあります。サインを飾ってあるお店の情報とか」

「なるほどねぇ……。ちょっとした聖地巡礼ってやつですね。……あ! うちはちゃんと有給休暇がとれますから、コンサート、行けますよ!」

「よかったぁ! ……じゃなくて、安心しました」


 うっかり素が出た私に、面接官は楽しそうに笑った。


「田辺くん、きっとどんどん人気者になっていくんでしょうねぇ」

「そうですね! 私も応援していくつもりです!」

「それじゃあ、これで面接は終わりです」


 えっ!? 推し活の話しかしてないのに!?


 私は思わず腰を浮かせて、口をぱくぱくさせた。


「結果は後日郵送でお伝えします。本日はありがとうございました。お話できて、楽しかったですよ」


 私は半ば放心状態のまま、パイプ椅子から立ち上がって、深々とお辞儀をした。


「ありがとうございました」

「そのままお帰りいただいて構いませんからね」

「はい。失礼いたします」


 会議室を出て、エレベーターに乗り込む。受付の女性社員が私に黙礼してくれた。お礼を一言言って会社を出た私は、開放感でいっぱいになって、大きく息を吸い込んだ。


 よくわからない面接だったけれど、推しの話ができて楽しかったから、まあいいか。


 少し話しすぎてしまったかもしれないけれど。


***


 面接官たちは、たくさんの書類を机の上でとんとんとまとめながら、伸びをした。


「面接終わったねぇ。お疲れ様」

「どうでした?」

「素直そうな子だねー。うちわが田辺くんの名前だけって言ってたから、企画部向きじゃないね。あんまり突飛なことしないタイプっぽい」

「事務とか経理向きですか?」

「そうかもね。営業事務とか向いてそう。交通網知ってて宿泊手配できるのは強い。あと、SNSの画像から店割り出すって、ちょっとした特殊能力だよ。粘り強く調べそうだよね。ファン仲間もいるって言ってたし、フレンドリーなタイプなんじゃない?」

「遠征行くって言ってましたね」

「うん。有給はキッチリ使うタイプだろうな。急に立て込む部署とか忙しい部署には向かなさそう。有給とること自体はなんも問題ないけど、コンサートってことは日程調整できないでしょ?」

「僕、ときどき怖いですよ……プロファイリング人事じゃないですか」

「えぇー? でも今どき圧迫面接とかして、うちの会社を嫌いになられちゃうよりは、ずっとよくなーい?」

「まあそうですけど」


 面接官は窓のブラインドに指を引っかけてそっと下げると、隙間から外を見た。


 そうして、先ほど面接をした就活生が伸びをしているのを見つけると、ふふっと笑った。


「推し活の話って、すごく素が出るよね」


<おわり>

参考資料

X(旧Twitter)

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― 新着の感想 ―
「こういう面接ってあるのかなあ。でもあったら面白いよなあ」 が読後の感想でした。 私が今の会社に就職してから二十数年経つので当時の記憶も曖昧ですが、少なくとも圧迫面接はなかったかなと。 就活生のプレ…
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