求め合う二人
セイラさんは僕を抱きしめたまま離れないもんだから顔をそっと両手で包み込み「僕の事を見てください」と言った。
泣きじゃくるセイラさんの顔は涙と鼻水で濡れていて茶髪の髪は涙で頬にくっ付いていた。眉間に皺が寄ってくりくりとしていた目は垂れさがり溢れてくる涙を僕は指で拭った。恥ずかしそうに顔を背けようとするセイラさんの顔をまた僕の目線に戻す。その距離は約10㎝……お互いの息が届く距離ですぐにでも鼻先が当たりそう。こんなに涙と鼻水だらけのセイラさんが愛おしくてたまらない。このまま飲み込んでしまいそうになる……その衝動を抑えて、抑えて、これ以上泣かないでと願う。セイラさんは僕を見つめたまま僕の頬に触る。
「昌隆君……私、わ、私もう生きてるの辛いよ……っ!」
やっと言ってくれたその答えに僕はセイラさんの気持ちに寄り添うように「辛いですよね。苦しかったこともありましたね。もう楽になっていいんですよ?」と返した。無理に明るく振舞ってたんだろうなと思うと僕まで胸が苦しくなる。今度は僕が寄り添う番だ。セイラさんが最期に出会えたのが僕で良かったと思えるように、綺麗な思い出のままで迎えて欲しい……自分勝手だけどそう願った。
「僕は最期の日にこんな素敵な女性と出会えて本当に良かったと思ってます。それに2人ならきっと怖くないし辛いこともないし最期の日くらいは楽しく終わりを迎えましょう?」
「ありがとう……私、昌隆君に出会えてよかったっ……」
泣きじゃくるセイラさんは嗚咽交じりにそう言った。見つめ合う僕らは自然とキスをしていた。僕のファーストキスは涙の味が口に中で広がった。
テントに戻った僕らは、何も言わず服を脱ぎ産まれたままの姿で肌と肌を重ね合い無我夢中でお互いを求めあった。あれだけ寒い夜だったのにテントの中は蒸し暑くテントの隙間から入る冷気が心地よかった。何度も何度もセイラさんを飲み込もうと必死で気持ちよさなんてどうでもよくてセイラさんに夢中で最期の記憶を僕に塗り替えようと、刻もうと、死んでからも僕を思い出してほしいと欲をぶつけまくった。乱れるセイラさんはとても美しく、童貞の僕には何もかもが刺激的でもっとしたい、もっとたくさん欲をぶつけて僕自身の中に溶け込めばいいいのに……そう思った。重なり合う指がお互いを離さまいときつく結んだ。セイラさんは僕の顔を見て気持ちよさそうに微笑む。そして齧り付くキスの嵐……。唇が切れてもお構いなしにたくさん求めあった。汗と血が交じり合うこの味はきっと忘れない。
人生で一番最高な日が最期の日になるのが惜しいと思ったくらい僕の心はセイラさんでいっぱいになった。もっと早く出会っていれば、違う形だったら僕は生きる希望がきっと持てた。けどお互い選んだのは死で生じゃない。それでもこんな最期ってあってもいいなと思えたくらい幸せな気持ちになった。もうやり残したことはないと山へ入るときは思ってたけれど人生の初めてを経験するなんて想像すらしてなかった。
疲れ果てた僕とセイラさんは手を握ってぼーっと横になっていた。風と森がざめく音とで眠気が一気に押し寄せる。少しくらい仮眠してそれからどうするか考えようと目を閉じようとしたらセイラさんがいきなり起き上がりリュックをあさっていた。横目でみると紙とペンを取り出し何かを書いてる。
「何を書いてるんですか?」
「遺書の訂正をしようと思ってね!暗く終わるのはなんかもったいないじゃん?」
「確かに……」
僕は殴り書きをした家族宛の遺書を思い出した。確かに最高の思い出を残すのも悪くないなと思い僕もノートとペンを取り出した。最後に勢いで「死ね」と綴った後に僕はその後に「死ぬ前に最高の女性と出会えて共に笑い合い泣き合いたくさんの初めての経験をしました。貴方達が教えてくれなかった尊い物です。とても大好きで愛おしいその女性とはまたいつかどこかで会いたい。」と付け加えた。こんな山奥で死んできっと誰も見つけてくれないであう。けど今ここに、最高な幕引きを僕自身の為に綴った。セイラさんも同じ気持ちだったら嬉しいな……。こんな……僕の為に励ましてくれて、慰めてくれて、優しく包み込んで、僕とたまた居合わせただけのちっぽけな存在に気付いてくれた。感謝でいっぱいだ。まさかこんな感情で死ぬとは思わなかったな……。何度も暴言と暴力を堪えた心の痛みを抱え家族なんて、この世の中なんてクソくらえ!全部無くなれ!と思って死ぬはずだったのになぁ……。ずるいよ……本当に……。……切なさが押し寄せる。
「昌隆君のなんて遺書を書いたの?気になる!」
僕の遺書なんて毒を吐いた殴り書きとセイラさんへに向けた感情だから絶対見られたくない。ノートを抱えてたまま僕は背を向け「絶対に見せません!」と頑なに拒否をした。セイラさんは「お互い見せあいっこしようよ~」と甘えた声で詰め寄ってくる。逃げ場のない僕は仕方なくノートを渡した。殴り書きした汚い字と恥ずかしい思いの丈が今まさにセイラさんに読まれてると考えるとこの場から逃げ出したくなる……。そんなセイラさんは僕のノートをまじまじと見つめていた。
「ねぇ、昌隆君。輪廻転生って信じてる?」
「輪廻転生ですか……。僕は仏様、神様を信じてないので……あるかどうかで言えば信じてないというか、よく解りませんね」
「輪廻転生ってもとはインドの仏教の教えでね、魂はそのままで肉体に宿る?そんな話。現世で善い行いをすれば転生先では恵まれ、悪い行いをすれば転生先は苦しく辛い所らしいよ」
「じゃあ、仮に輪廻転生があるとしたら僕たちはどっちの転生先なんでしょうね……」
「分からないけれど悪い行いはしてないからきっと善いところかもね」
「悪いのは僕達じゃなく親ですからね……」
自分は悪くない悪い。悪と言ったら家族だ。これは他責ではなく事実だ。
「次はセイラさんの読ませてくださいよ」
渡されたのはA4サイズに紙だった。
僕より綺麗な字で家族への鬱憤と嘆き。そして僕の事も書いてあった。
「ここで死のうと決めて彷徨っていたらとても暗い顔をした少年に出会いました。昌隆君は泣きながらラーメンを食べてびっくりしたけどそんな昌隆くんがほっとけなくて、同じ境遇で育ち闇を抱えたまま死を選ぶ選択はきっと辛くて苦しくてとても勇気のいる選択だと思う。そう思った瞬間気付いたら抱きしめてました。伝わる鼓動がこれから無くなると思うと何故か悲しくなり、私は感情的に昌隆君を求めてしまいました。これは同情ではなく愛と信じて。もし、輪廻転生があるとしたら別の形でまた昌隆君と出会いたい。最期に出会わせてくれた神様、ありがとう。」
そう綴ってあった。セイラさんも同じ気持ちだったと思うとなんだか嬉しくて堪らなくなる。
僕の初恋はセイラさんでファーストキス、セックスも全てセイラさんで良かった。こうなることはもう運命だったのかもしれない。
読み終えた遺書を返して身支度を始める。テントから出たら木々の隙間から綺麗な朝焼けが光を差していた。そして僕たちは最期にコーヒーを啜る。とても清々しい朝だった。




