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死を決めた日


 スマホのアラームが六畳間に鳴り響く。何とも言えないこの機械音はどうも苦手だが、設定を変えるのも億劫で初期設定のまま放置してある。ディスプレイには7:00と表示されていた。今日もいつも通りの味気ない1日が始まろうとしていた……。

 聞こえてくるのは父の苛立った声に母の何とも情けない震える声。そう、これが我が家なのだ。父は昔ながらの亭主関白……今風に言えばモラハラとでも言おうか。母はそんなクソみたいな父のどこが好きなのか解らないが離婚せず顔色を伺いながらせっせと父の為に動き回ってる。時々父の機嫌がすごく悪い日は僕に当たり散らす。これが普通の家庭、僕はそう納得させながら十七年という長い年月を過ごしてきた。



 僕、野田昌隆まさたか17歳は、本日を持ちまして自分自身に「死刑執行」する事を致します。

 


 そう意気込んで家の階段を下り、洗面所でなんとも無様な情けない顔をしている僕。肌は青白く、目の下にはクマが出来、前髪が目にかかるくらいの黒髪、そろそろ父に見っとも無いから切って来いと言われるであろう。そう考えると胃がキリキリと痛む。適当に顔を洗いリビングに向かうと新聞を読みながらお茶を啜る父とキッチンでバタバタと動く母。僕は何も見てないふりをし目を合わさず「おはよう」と言う。父は機嫌が悪いのか返事は無く、母は小さくおはようと言ってたけど僕は聞こえないふりをした。ここで会話をすると父が間に入ってきていちゃもんを付けるからだ。そんなの僕はごめんだね。テーブルにはドラマで出てきそうなキチンとした朝ごはん。お米にお味噌汁、焼き魚に漬物。今どきこんな丁寧な朝ごはんを作る家庭はそうないと僕はおもった。だって、学校で隣の席の子が「朝なんていつもパンよ」と言ってたからだ。小さく頂きますを言いい一口、また一口と口に詰めてく。父と朝食なんてさっさと終わらせてこの場から立ち去りたい。そう思っていた。

 「おい、昌隆。なんだその前髪は。見っとも無いからさっさと床屋で切ってこい」

 ほら、始まった。父のこれが本当に大嫌いだ。前髪なんて好きにさせろよ。絶対に切ってやらない。と、本当は言いたいところだが、なんせこのモラハラモンスターにそんなこと言うと大暴れして殴られるか暴言の嵐が降るかの二択だ……。目を向けると今にも何か言いそうな顔をしている。

 「今度の休みに床屋行く」

 僕の返事を聞いて満足をしたのかまた新聞を読み始める。時刻は7:30になろうとしていた。みんなの家庭はこうなのかな?実際は分からないけれど、僕の家庭は毎日こんな感じ。だから朝が来るのは嫌なんだ。そうして父は会社に行く準備を始め母はその背中を追う。ドスドスと大きな足音を鳴らして歩く父はもはやわざとそうしてるのかと思うくらいとても不愉快な音。玄関で決まって大きな声で言うこのセリフ。

 「おい!靴が汚れてるじゃないか!毎日綺麗に磨けと言ってるのになぜやらないんだ!」

 「ご、ごめんなさい。磨いてはいたんです……。」

 「磨いてこれか。専業主婦の分際でこんな事も出来ないじゃいる意味なんてないな!こんなんだから昌隆もあんなひ弱くなるんだ!お前は母親業でさえまともに出来ない失格の人間だな」

 母はひたすら謝る事しか出来なかった。歯向かったら殴られるのが分かっているからだ。そして僕のことをさり気なく遠ま回しに言うあの癖は十七年間の殆ど聞いてきたセリフ。父からしたら僕も母と同じ出来損ないの認定を受けてるらしい。腹が立つし会社で働いてるだけの物体に僕のことなんて解るはずもないのに、俺の言うことをは正しいという思考がどうかしてる。すごく不愉快だ。

 時刻は7:45を示していた。僕は自室に戻り制服を着る。鞄の中には教科書とノートと筆記用具、そしていつでも死ねるように太めで頑丈そうなロープにサバイバルナイフ。今日は死刑執行と決めた日。学校は適当に理由をつけて欠席連絡して、そこから人目に付かないどこか遠くの山を目指そう。そう固く決めた日。

 無言で家を出る。この家、両親に未練なんて何もない。友達と呼べる友達もいない僕は今まさに無敵状態。悲しむ人もきっといない。せいぜい父が我が家の面汚しが!と怒鳴るくらいだろう。そう思うと怖い父もちょっぴり可愛くさえ見えてくる。いいや、撤回。怖いしうるさい、人の話を聞かず容赦なく殴り飛ばす父はやはりモンスターそのもだな。

 いつもの駅に乗り高田馬場で降りるのが毎日の日課だったけど僕は山手線で新宿まで行ってそこから中央線で山の方へ向かう。都心とは真逆の車内は人が少なく朝帰りの酔っぱらいのお姉さん、営業職ぽいサラリーマン、これからハイキングでも行く装いの仲睦まじい老夫婦……僕の両親もこんな仲良しだったら今の僕も居なかったんだろうな。僕は友達が多くて、帰れば温かく迎えてくれる母、他愛のない会話で面白おかしく笑う父。そんな理想の家庭像を思っては電車のアナウンスで現実世界に戻される。どんどん人がハイキングする人で溢れかえってくる。高尾は東京でも登山、ハイキングで有名スポットだ。すっかりそんな事を忘れてた僕はこんな大勢の前で死刑執行するとおもうと怖気ついてしまった。どうせなら富士山の樹海にすればと今更後悔している。樹海ならきっと誰にも見つからず静かに最期を迎えられそうと思ったけど、バイトをしてないお小遣いを貰ってる身分の高校生からしたらそんな予算はなくあっさりと樹海計画は消え去った。大きくため息が出る……。ましてや登山やハイキングで賑やかな車内……ポツンと一人だけ学生服はかなり目立つだろう。人目を気にして隅っこの席でずっと俯く。これなら誰の目も合わない、そう感じたからだ。

 「まもなく終点~高尾~高尾山口はお乗り換えになります~」と電車のアナウンスに目を開ける。

やや混雑している車内からはぞろぞろと人が下りるのを待ってから僕も下りる。乗り換えで京王線なのも計算違いで、高尾駅が山だと思ってた僕は急いで京王線の列に並ぶ。学生服のせいか視線が痛い気もする……。私服を持ってくれば良かったと後悔……。けどもうどうしようもないのでこのまま京王線へ乗り込んでたった一駅の我慢をすれば解放されると念じて電車に揺られた。少しの間だけど窓から見えた景色は紅葉が始まっていてここでもう秋なんだと認識した。普段から長袖で学校以外は引きこもりで下ばかりを向いてたから景色なんて気にしたことなんてなかった。山に行けば人が少ないであろう考えもここで覆されて何もかも自分は何にも見てない知らないことだらけなんんだと知った。だからって死を捨てたわけではない。たまたまそうだっただけで家に帰れば苦痛な監獄が待ってるからだ。それに比べたら死を選ぶ事がどれだけ僕にとっていいことか、きっとここにいる人達は解らないだろう。解らなくていい。世界人口約80億人の中から一人消えるだけのことだ。地球があー少しほんの少~しだけ軽くなったと思うくらいだろう……。僕が消えても損なんてない。むしろ特だろう?二酸化炭素を微弱に減って山で死ねば虫たちのご飯になる、朽ちる頃は土に栄養が行って草木が更に元気になるだろう?ほら、特じゃないか!父は僕のことを無能扱いをしてきたけど役に立つこともあるんだぞと言える。まぁ、死んだ後に言えないから後でノートにでも記しておこう。また電車内でアナウンスが聞こえた。どうやら高尾山口駅に着いたらしい。僕は今度こそ山へ向かう。ここまで来たなら周りにどう思われてもいい。今から一人の少年が死のうとしてるなんてどうせ思わないだろうし、死んだところで誰にも迷惑なんてかけてないし。そう、やっと死に場所が決められるこの高揚感……全身から溢れてくる……。さて、降りたもののどこから入ればいいかさっぱり分からない。やはり勢いではなくちゃんと下調べをすべきだった。スマホで非正規ルートがどこにあるか調べる。まずはそこからがスタートとなった。グーグルマップを開き高尾山を映し出す。最近の機械はとても便利でマップも3D化してくれるしとても分かりやすくていい。調べくにつれなんとなくなルートを掴めた僕は学生鞄を持って非正規ルートに向けて歩いた。調べるついでに高尾山について調べたけど山岳救助隊や警察、警備の人もいるらしくその人達に見つからないように気を付けて山へ踏み入れた。周りはまだ人が多く楽しそうに会話してる声が聞こえてくる。それが僕にとって耳障りで耳をイヤホンで塞ぐ。適当に曲を流してはマップを見ての繰り返し……。ふと思う、目線の先にはスマホ、その更に先にぼんやりと赤い落ち葉が目についた。幼い頃母と公園で落ち葉集めしてた懐かしい思い出が一瞬だけ蘇った。あの頃はどうだったけな……。昔の事すぎて忘れちゃったけど何故かその思い出が脳内にあるってことは嫌な記憶なのかもな。人間は嫌な事の記憶だけ根強く残るって聞いたことあるし……。間違えない、きっとそうだ。特に父の思い出なんて最悪の事しか残ってない。テストの点が悪ければ怒鳴られ、機嫌が悪ければ理不尽に殴られ、出かけても父の好きなとこでゴルフだの競馬だので楽しかった記憶はなく、学校の人みたいにテーマパークやら旅行やら海水浴ももちろん行ったことはない。本当につまらない家庭だなとつくづく思う。僕の楽しかった記憶って何だろう……。山を登りながら思考を回転させてみたけど思いつくのはただの気持悪い記憶で吐き気さえ覚えた。胃の中から込みあげてくる汚いモノが喉を通ろうとしていた。必死に鎮めようと片手で抑える。だらだらと指の隙間からドロッとした液体が零れ落ちる……。

 「お、おえぇ……」

 とうとう吐き出してしまった――――。

 周りは僕の事を奇妙な目で見てくる。「大丈夫かい?」と手を差し伸べる誰かを振り切って口元を抑えながら小走りでトイレへと向かう。手を洗い、鏡に映し出される僕の顔は汗と口元に付いた汚い液体で酷い顔をしていた。あぁ、こんな僕早く死んじゃえばいいのに……死んだら楽になれるのに……鏡に映る僕を見て酷くそう感じた。神が僕の人生を試練と言うのならばなんて残酷で苦しい事をしてくるのだろうと空想のモノにまで嫌気を差した。

 トイレを出てまた歩く。スマホのマップを頼りに進むがどうしたものかマップが方向を示してくれない。舌打ちをし、もう一度再起動をさせる。再起動をする時間が長く感じそわそわさえする。まだかと思いふと隣の森を見た。そこには細い道と言うべきか、獣道と言うか、人が踏み込んだ形跡のない道らしきなものがある。僕は何も考えなしでその道に足を踏み入れる。一面色のついた落ち葉が広がりまるでどこかの美術館のカーペットみたいに見えた。サクサクと踏まれる落ち葉の音が少しだけ僕の心を落ち着かせる。紅葉した森に誰もいない空間、なんて不思議な感覚のだろう。鳥が囀り、風で木々がさわさわと揺らぐ。標高が高いせいか風が冷たく身を縮める思いをした。導かれる様にそのまま進む。やっと人が見えなくなってようやくイヤホンを外す。僕だけしか居ない世界でようやく死に場所を探し始めた。どこで死のうかな、どれくらい進めばいいかな、木の太さは僕の体重を考えて折れない頑丈なのがいいなそんな事ばかりを考え思うがまま森に身を沈める……。高尾山のどの辺にいるのかさえ分からない未知の空間。ネガティブな感情を抱え歩みを止めることなくどんどんと進む。周りは声すら聞こえずきっと深い所まで進んだのだろう。こんなに歩くのは久しぶりだ。高校一年生の校外学習以来かも知れない。あの時は確か上野の博物館だっけ?恐竜の化石とか模型とか意味の解らない生物のガシャポンしたりとかしてたな……。あれ以来上野には行ってないな……。どんどん深い森へ、そして誰にもバレませんように。そう願いながら薄暗い木々の間を抜けながら進んだ。

 どれくらい歩いただろう。スマホには13:40と記してあった。三時間くらいは歩いてたのかな?わからないや。なんせ死に対して無我夢中で歩いてたから。疲れた僕は適当に座りお茶を飲む。喉が渇いてた事すら気付かずゴクゴクと喉を潤す。これが最期の飲み物となるとジュースでも持ってくれば良かったかな?とほんの少しばかりの後悔が生まれた。休憩がてらノートを開き「遺書」を書く。



 「父、母へ。ここで僕の人生を終わりにします。

 この十七年間言いたい事がたくさんありました。

まず、父さん。僕はあなたの事が大嫌いでした。人の話も碌に聞かず、頭ごなしに怒鳴りつけ、機嫌が悪いとすぐ暴力をする。なんて野蛮な人間だと思ってました。無能扱いをし、僕の自尊心を貶す遊びは楽しかったですか?えぇ、きっと楽しかったでしょうね。弱者にしか大きい態度を取れないあなたは大嫌いであり、とても哀れなクソ男です。自覚してください。無能扱いをしてましたが僕が死ねば良いこともきっとあります。ここで証明しますね。

 母さんへ。いつもビクビクと人の顔色を伺いながら接する姿はとても気持ち悪かったです。父に怒られないよう努めるのも良いですが僕と言う存在を忘れ、見向きもせず父にペコペコしせっせと奴隷をしてるそんな母が大嫌いでした。どうして離婚しないんだと疑問さえ残ります。結局は世間体を気にしてたようですが近所からは有名家族なのはご存じでしたか?隣の奥さんもさっさと離婚すればいいのにねとぼやいていましたよ。

 僕はそんなクソな家族が嫌で嫌で……改善さえされないクソな家にいるより死んで虫たちのご飯となり、やがて朽ちた頃は土の養分となり、木々が元気になる方法を選びました。死んで役に立ついい方法でしょう?

 どうか僕が死んでも悲しまないでください、いいえきっとあなた達は悲しまないでしょう。だってうわべ以下のクソ家族ですもんね。こんなところに産み落としたあなた達の子供はここまで苦しんでたことを理解してください。

 そして、死ね。

 

 野田昌隆より」



 筆が止まる。今まで溜まってた苦しい鬱憤が殴り書きの遺書として残るのはある意味僕の生きた証でもあった。より一層こんな世界から居なくなりたいと心底を思う。ノートとペンを鞄にしまい、また森の奥深くへ歩く。


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