↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/43

4 プレゼント(1)

 途中、誰にもつけられていないのを何度も確認しながら、隼人(はやと)は自宅に帰った。自宅に帰っても、窓から外の様子を盗(ぬす)み見て、怪(あや)しい動きをする人影が無いか入念(にゅうねん)にチェックを入れる。迷った末に、帰って来た時に点(つ)けた部屋の明かりを消す。パソコンモニターの光を頼りに封筒を開封する。中から、小さな携帯メモリカードが転がり出る。念のため、ネットワークとの接続を切ったパソコンで、メモリカードの中身をチェックする。

 中身は動画ファイル1つだけだ。

 今度はモニターに厚手(あつで)の毛布を被(かぶ)せ、隼人も毛布の中に潜(もぐ)って、周囲に画面の光が漏(も)れない様(よう)にしてから、動画ファイルを再生する。画面には、ソファに腰掛(こしか)けた1人の女性が映(うつ)し出される。

 佳純(かすみ)だ。

 すぐ、それと判(わか)る。間違える訳(わけ)がない。自分の愛した女性だ。ただ、自分の記憶している佳純の姿とは違う。頬(ほお)は緩(ゆる)み、額(ひたい)にも首筋(くびすじ)にも深いしわが刻(きざ)まれている。少し疲れた様(よう)な表情。こめかみのあたりの髪の毛には、白い物が混じっている。自分の知っている佳純は、20代後半の溌溂(はつらつ)とした才媛(さいえん)だった。化粧っ気(け)のない、凡(およ)そファッションとは縁のない女性だったが、広い額(ひたい)でも、張りのある頬(ほお)でも、肌が輝いていた。実年齢を言わなければ、10代で通りそうな童顔(どうがん)と小さくて華奢(きゃしゃ)な体。画面の向こうの女性も歳(とし)は取っているが、幼(おさな)い顔つきの名残(なごり)がある。背中が少し丸まっている様(よう)に見えるのは、歳のせいだろうか。

 胸が締(し)め付けられる。涙が出そうな気分だが、涙は出てこない。

 佳純、佳純。

 胸の中で何度も彼女の名前を呼ぶ。間違いない。ちゃんと居(い)る。俺の佳純は実在するじゃないか。

 2人で進めた研究だって、共同研究者が佳純だったから、個人の脳内の神経細胞の繋(つな)がりをデータとして可視化(かしか)する成果を達成できた。脳内に存在する1千億個を超える神経細胞『ニューロン』と、ニューロン同士の連接点であるシナプスが、その人の記憶や考え方だけでなく性格も決めている。それを実証するために、脳の何処(どこ)に何個のニューロンが存在し、どのようにシナプスで結びついているかをデータとして可視化する。それが2人の研究成果だ。もしも、データと同じ内容を他者の脳内で再現できれば、同じ性格、記憶、能力を持った人間をコピーできる。個人のニューロンとシナプスの分布をデータに落とす手段は構築(こうちく)できたが、他人に移植(いしょく)するのは、人体実験に相当してしまう。科学者の倫理の壁に阻(はば)まれて、結局2人は、研究の実証実験を実現できなかった。もし実証できていれば、きっと世界にインパクトを与える偉大な成果になった筈(はず)だ。実証実験への道が閉ざされた時、佳純と隼人は、自分達の脳の中身を夫々(それぞれ)データ化し、いずれ時が来たら、他者の脳内データと比較できる可能性として残し、行き場の無い悔(くや)しさを紛(まぎ)らわそうって話し合ったっけ。

 痩(や)せて小柄(こがら)な佳純の何処(どこ)にそんなパワーが秘(ひ)められているのだろうと驚かされる程(ほど)、彼女は1度こうと決めたら意志が固く、徹夜(てつや)の作業も厭(いと)わなかった。年頃(としごろ)の女性なら、美容に悪いとか、夜食は太っちゃうからとか言いそうなものなのに…。

 隼人が思い出に浸(ひた)っている内に、画面の中の年老(としお)いた様子の佳純が徐(おもむろ)に口を開(ひら)く。

「その…、えーっと。こんなお婆(ばあ)さんが突然画面の中から話し掛けたら変よね。…今、どんな暮(く)らししているのかしら。楽しい?私には想像できない様(よう)な悩みを抱(かか)えてたりする?」

 佳純はちょっとはにかんだ様な笑顔を見せる。

「そうかもね。私の勝手(かって)な我儘(わがまま)だから…。」

 一瞬目を伏(ふ)せた後、今度は真剣な顔でカメラを見据(みす)える。

「どうぞ、今の世界を楽しんで下さい。そこは…、その世界は、隼人さん、あなたのために用意したの。だから周(まわ)りに遠慮は要(い)らない。自分の思う様(よう)に自由に振舞(ふるま)って、永(なが)く、永く…、いつまでも生きて下さい。」

 佳純は再び目を伏(ふ)せる。片手でもう一方の手の指を弄(いじ)っている。

「…こんなお婆(ばあ)さんに言われても迷惑なだけでしょうけど、そこはね、…そこは私からあなたへの贈(おく)り物。私には、あなたが全(すべ)てだったから。だからあなたに残したの。これは、あなたへの永遠の愛の証(あかし)。…どうぞ、お幸せに。」

 言い終わった佳純は、微(かす)かに笑(え)みを湛(たた)えて、悲しそうな視線をカメラに向ける。暫(しばら)くそうしてカメラを見つめる姿が映(うつ)っていたが、ぷっつりと画面が暗くなって、動画はそこで終わった。

 最後に映った彼女の目には、涙が溜(た)まっている様(よう)に見えた。今は、話の中身なんかどうでも良い。佳純の姿を目にし、その声を耳にしてしまったら、ただただ佳純が恋しい。走馬灯(そうまとう)の様(よう)に頭の中で佳純と過ごした幸せな日々が思い出される。

 やっぱり、佳純は実在した。俺の佳純は生きている。会いたい、今すぐ会いたい。

 やるせない思いで体中がいっぱいになった隼人は、身を丸めてベッドの中で眠りに就(つ)いた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。