表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/25

8 隼人と佳純(2)

 電話は夜中にかかって来た。枕元(まくらもと)に置いた携帯電話が鳴る。眠りから現実世界に呼び(もど)された佳純(かすみ)は時計を確認する。午前1時20分。携帯の画面に表示された相手は箱崎だ。いくら徹夜(てつや)で実験する事がある研究所だとしても、悪ふざけが過ぎる。佳純は眉間(みけん)(しわ)を寄せながら、携帯電話に出る。

「はい、もしもし。」

「おい、知らせ聞いたか?」

 携帯電話の向こうの声は、切羽詰(せっぱつ)まっている。

 寝ているのを(たた)き起こしておいて、(わけ)の分からない質問をするな。

「何の話?」

 不機嫌(ふきげん)が声に乗っている。

「飛行機事故だ。ネットニュースに出てる。経由地の空港で着陸に失敗したみたいだ。」

 飛行機と言われれば分かる。それは、フランスに向かった隼人以外にあり()ない。携帯をもつ手に力が入る。

「それ、ホントなの?」

「間違いないと思う。フライトの便名が野付崎(のつけざき)の言っていたのと同じだから。あいつ、それに乗ったんだよな?」

「たぶん…。」

 乗った(はず)だ。空港まで見送ったが、乗り込む姿までは確認していない。

「小笠原もニュース見てみろ。」

「どんな状況なの?」

(くわ)しい情報はまだ出てない。ただ、着陸に失敗して墜落(ついらく)したって書いてある。」

「分かった。電話切るね。」

「ああ、何か分かったら、また知らせる。明日には研究所も情報収集に動く(はず)だ。」

「うん。」

 頭の中でいろんな事がぐるぐるしている。ネットニュースで事故の情報を検索(けんさく)する。他国の空港で起きた事故だからだろうか、それとも、事故が起きてからまだ時間が()っていないからだろうか、記事はほんの10行程度しか書かれていない。乗客の安否について情報がないか、短い記事を2度3度読み返す。何も書かれていない。他に最新のニュースがアップされていないか、ネットを(あさ)る。

 どうしよう。こんな時、どうすれば良い?

 佳純は携帯を握り締めて、ただオロオロとしていた。


 朝になり、その日の内には詳細な情報が入って来る。墜落(ついらく)した機体の様子も、画像がアップされる。尾翼(びよく)や胴体の一部は元の形が(わか)るが、それ以外はグシャグシャになり燃えて真っ黒だ。映像を見ながら佳純は考えない(よう)にしていた。それでも、現実は勝手(かって)に向こうから佳純に(せま)って来る。

 『乗客乗員は全員絶望的。搭乗者名簿にある邦人(ほうじん)の名前は…』

 佳純は現地に向かわなかった。損傷が(ひど)いのか、隼人の遺体(いたい)が特定されたと言う知らせがなかなか来ない。長い長い日々を積み重ねて、()り減らす精神も無くなった頃になって、彼の体は佳純の元に戻って来た。佳純は気丈(きじょう)だった。隼人の棺桶(かんおけ)が彼女の目の前に現れた時は、流石(さすが)に声を立てて泣いたが、それ以上取り乱さなかった。佳純は、隼人が荼毘(だび)に付された日から研究を再開した。

 (つじ)綾音(あやね)は事故のニュースを知ってから、佳純の様子を気に掛けていた。ずっと(そば)に付き()って()てくれる(つじ)綾音(あやね)に向かって、葬儀(そうぎ)が済んだ後、佳純が頼み込む。

「今日から研究を再開したいの。隼人のためにどうしても完成させたい。手伝ってくれる?」

 綾音(あやね)は2つ返事でOKする。綾音(あやね)だけでは、手が足りない。綾音(あやね)は男手となり得る箱崎を巻き込む。箱崎はむしろ、声を掛けられて(うれ)しそうだ。

「あんたも、野付崎(のつけざき)君にお世話になったでしょ?ちょっと手伝いなさい。」

 気の良い箱崎は、何だかんだ言いながらも、女性2人に付いて来る。佳純は2人を早速(さっそく)203実験室に連れて行った。

「さて、何をすれば良い?」箱崎は呑気(のんき)口調(くちょう)で部屋の中を見回しながら(つぶや)く。「とは言っても、力仕事を期待されても(こた)えられるか保証できないよ。」

「佳純、大丈夫?何も今日、こんな時間から始めなくても、もう少し時間をおいてからにしても良いんじゃない?」

 綾音(あやね)は、気が張り詰めた状態の佳純が心配だ。佳純は強く首を横に振る。

「今の私を残さなけりゃならないの。そのためには時間を無駄にしていられない。」

「佳純を残すってどういう事?」

 佳純は、脳内データを残そうとした隼人との経緯(けいい)を説明する。

「分かった。」綾音(あやね)は、佳純の固い決意の目を見て覚悟を決める。「とことん付き合う。」

 佳純の表情が一瞬(ゆる)む。

御免(ごめん)ね。」

極微細(ごくびさい)MRIかぁ。」2人の女性の会話も聞かず、実験室内を歩き回り、最後に部屋の中央に()わった巨大な装置に近付きながら、箱崎が声を上げる。「これ、どうやって使うんだ?」

「あんた、他人の研究には、ほんと無関心ね。」

 綾音(あやね)の言葉に、箱崎がへへっと笑う。

「私が被験者(ひけんしゃ)でこの装置の中に入る。」佳純はMRIの検査台の(わき)に進んで2人を振り返る。「私の脳神経の位置情報を取り込むために、この装置を操作してもらいたいの。」

 箱崎がMRIの操作盤の前に立つ。

「操作方法って?」

「やり方は簡単。マニュアルがそこに置いてある。まず最初に、ダミー人形で練習しましょ。脳全体のデータを取るには相当時間が必要だから、夫々(それぞれ)の研究の合間で、どちらかの手が()いた時間を使って進めさせて。だから、2人ともこの装置を使える(よう)になって欲しい。」

「ほぇ~。」

 箱崎は、マニュアルが入っているタブレットを手にして中身を(のぞ)いている。

「途中まで隼人が進めていたデータが、隣のパソコンの中にある。続きからお願いします。データ取りが終わっているのは、全体の30パーセントくらい。まだまだ時間がかかる。」

「途中からって…そうか。あいつの遺志(いし)か。」

 箱崎の面持(おもも)ちが真剣になる。

「あんた、デリカシーってもんが()りないんじゃない?」

 綾音(あやね)が箱崎に冷たい視線を浴びせる。

「良かったら、()ぐに操作の練習から始めましょ。どうしても、今の私の脳内データを残したいの。」佳純は、自分の頭を人差し指でトントンと(たた)く。「これを不滅(ふめつ)の形にしなきゃ。」

「分かった。それじゃ、準備しましょう。」

 綾音(あやね)が佳純に微笑(ほほえ)みかける。

「ありがと。(おん)に着るわ。」

「小笠原にしちゃ、随分(ずいぶん)神妙(しんみょう)じゃないか。」箱崎は()れ隠しに片耳を()く。「これは、野付崎(のつけざき)のためにやるんだ。礼は()らない。」

 佳純が(かな)しい()みを(こぼ)す。

「そうね。それなら、遠慮(えんりょ)しない。」

 佳純はダミー人形を取りにその場を離れる。

「まずは準備作業から。」代わりに綾音(あやね)が箱崎に指示を出す。「マニュアルを良く読んで、その通りにやってみて。」

「はいよ。」

 箱崎は両手をすり合わせて、操作盤に手を伸ばした。


 結局、佳純の脳内にあるニューロンとシナプスのデータ取りは、隼人の死から3か月後に完了した。これで、隼人と佳純、2人分の脳内データが(そろ)った。その後も佳純は1人で研究を続けたが、脳内データの可視化(かしか)が学界で注目される日は来なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ