7 発見(2)
カズは隼人の様子を確かめに、1人でマンションまでやって来た。今日は水色のパーカーにジーパン。鼻歌混じりにエレベーターで3階フロアまで上り、隼人の部屋の前で立ち止まる。呼び鈴を押す。1度で隼人が玄関に出て来る事は滅多にない。暫く様子を窺って、中から物音がしないか確認する。何の気配も無い。今度は2度立て続けに呼び鈴を押す。それでも応答がない。カズの鼻歌が途絶える。眉間に皺を寄せて、今度は2秒くらい連続で呼び鈴を鳴らす。これでもかと、それを5回繰り返してから様子を窺う。まだ何の気配もない。マンションの1階に自転車は置いてあった。隼人の位置情報は、このマンションに居ると告げている。それなのに、返事がない。
生き残っている人間を探すんだと意気込んでオノゴロ中探し回った挙句、誰も見付けられない結果に終わって以降、隼人は部屋に引き籠ってしまった。これだけ呼び鈴を押しても出て来ないって事は、状態が更に悪化しているのだろう。
「ハヤトォ!いるかぁ?」
意識的に明るい声で呼び掛ける。試しにドアノブに手を掛けて回してみる。鍵が掛かっていない。ガチャリとドアが開く。
「おーい、勝手に入るぞぉ!」
昼間だというのに、わざとカーテンを閉めているのか、中は薄暗い。玄関で声をあげて暫く待ったが、何の反応もない。カズはそっと玄関で靴を脱ぐ。
もし、隼人の機嫌が悪く、理性も失くしていたら、何か物を投げられるかも知れない。どの方向から物が飛んで来ても避けられる様に、身を屈めてそろそろと前進する。リビングを覗くと、隼人は電源の入っていないモニターと向かい合って座っている。無気力な呆けた顔だ。
「なんだ、居るじゃんか。」
カズは肩の力を抜くと、隼人の脇をすり抜けて窓際に向かい、カーテンを開ける。午前の澄んだ日光が部屋に差し込む。隼人はちょっと窓の方に視線を向けたが、またすぐ俯く。カズは隼人の脇にダイニングテーブルの椅子を持って来て座り、椅子の上で胡坐をかく。
「どうした?また、なんかあった?」
カズは意識して気楽に話す。隼人は返事の代わりに1つ溜息をつく。
「ま、言いたくないなら、無理に訊かないけど。」
手持ち無沙汰になったカズは周囲を見回し、死んだ男の部屋から回収したタワー型パソコンに目を止める。
「どう?このパソコン。中身に何か面白い物、入ってた?」
「…まだ、開けられてない。」
「へぇ、そうなんだ。確実に古い物なんだよね?」
「…死んだ男の物だ。…死ねるのは人間だけだ。」
「そんな事ないよ。鼠だって、鳥だって死ねる。」
「お前達は知っていたのか?」
隼人は虚ろな目をカズに向ける。
「何の話?」
2人は一瞬互いを見たまま動きを止める。
「俺が、その…、ロボットだって…。」
「うん。…ハヤトは、自分が人間だと思っていたんだったね。」
「何故、教えてくれなかった。」
隼人の言葉は弱々しいが、非難の色が滲む。
「うーん」カズは天井を見上げて喋る。「ハヤトが気付かない内は、話しちゃいけない条件になっていた。僕等のタスクの中に、それも入っていたんだ。」
「誰だ、そんな意地の悪い…」
「知っちゃうと、そう思うかも知れないけど、そうとばかりも言えないんじゃない?世の中、知らないでいた方が幸せな事ってあるし。」
隼人はカズを睨み付ける。
「あ、きっと、こういう事だよ。この設定した人は、ハヤトに人間としての生活をエンジョイして欲しかったんだ。だからかな、わざわざ、ハヤトが人間的な生活を送っていると錯覚する様なギミックが、凄い手間をかけて作り込まれてた。」
「なんだ、それ?」
隼人は、視線を自分の手元に落とす。
「ん~、まぁ、いろいろ。一言じゃ言えない。…僕には理解できないけど、ハヤトには相当ショックなんだね。…どうやって自分がロボットだって知ったの?」
「…研究所で…、俺の中には神経生理学の研究者としての記憶があるんだ。それで、地下鉄駅の連絡通路に、その俺の記憶にある研究所に繋がるドアがあって…」
「知ってる。枡渕生体化学総合研究所だよね。」
隼人が驚いた顔でカズを見る。
「知っているのか…。」
「うん。あそこで倒れていたハヤトを、この部屋まで運んだのは僕達だよ。」
「そうか…、そうだったのか。」
「最初に研究所に入った時、どうやって戻って来たと思っていたの?」
「いや、ずっと疑問のままだった。」
「そっか。」
カズの顔に笑みが浮かぶ。
「あの…」
言いづらそうに隼人が口を動かす。カズは隼人の次の言葉を待って黙る。
「ありがとう。」
隼人は小さく頭を下げる。
「え、それって、僕達が研究所から助け出した事に対して?お礼は要らないよ。」カズは笑顔を隼人に向ける。「前にも言ったでしょ、僕達はハヤトをサポートするのがタスクだから、当たり前の事だよ。」
「…もっと俺は、君達に感謝しなければならないんだろうな。」
「もう良いって。だから、これは僕達の…」
「正直、何が何だか分からなくなった。」
カズの話を遮って、隼人が言葉を吐き出す。カズは話すのをやめて、隼人の様子を見つめる。
「俺は、あの研究所で過去の記憶を取り戻したつもりでいた。自分を…自分を人間だと思っていたから、それは過去の記憶だと、佳純達研究員仲間がどこかに居る筈だと、そんな事を考えていた。…今となってみりゃ、自分もロボットじゃないかと疑わなかったのは間抜けだな。オノゴロの中の人間達はとうの昔に消えてる。あの死蝋になっていた男の様に、残っているのは生きていた痕跡だけだ。こんなピンピンした人間が、1人だけ残っている方が不自然だ。」
隼人は自嘲気味に乾いた笑い声をあげる。
「俺はロボットだった…。そう判ったら、何だか今まで疑わなかった事がみんな、怪しくなってきちまった。俺の記憶、神経生理学の研究員だったという記憶は何だ?」段々、隼人の言葉に力が籠る。「俺がロボットだと言うなら、この記憶は、ロボットにインストールされた記憶だ。それは作りものじゃないのか?研究所は?あの研究所の廃墟に合わせて俺の記憶は創作されたんじゃ?いや、俺の記憶が作りものだとしたら、あの研究所の廃墟だって、俺に記憶が本物だと信じ込ませるために用意されたフェイクじゃないのか?」
隼人は早口でそこまで話すと今度は黙り込む。
「ハヤトの記憶が現実には無かった作り物で、研究所もそのために準備された舞台装置だったとして、一体何のために、そんな面倒臭い仕掛けを準備するんだい?」
「知るか。君達を俺のサポート役として準備したのだってそうだ。それを佳純に訊いて…。佳純か…、佳純って存在だって、俺の中にインストールされた記憶に過ぎない。実在したかどうかだって怪しいものだ。」
今度はカズが溜息をつく。
「それで?ハヤトはこれからどうするつもり?まさか、このまま、毎日部屋に引き籠って何もしないつもりじゃないよね?」
「俺は、ここに座ったままじゃ駄目か?」
「構わないけど、エネルギーが切れちゃうね。定期的にエネルギーベースの上に寝ないと。」
「エネルギーベース?」
「あれ、あれ。」
カズがベッドを指差す。隼人は振り返り、カズの差している物を確認する。
「ベッドがエネルギーベースだったのか。」
「ああ、ベッドに見えているんだね。それは、バーチャルだよ。」
「え?だって、見えているだけじゃないぞ。あの上に寝れば、マットレスや毛布の感触があって…。」
「ハヤトは神経生理学の知識をもっているんだよね?人間で例えると、人が物体を視覚的に認識するってどういうメカニズム?」
「え?…そりゃ、網膜で捉えた像を視神経が脳に送って…」
「神経で送られてきた信号を脳内で再構成したものを『見た』と思っている。」途中から、カズが話を取ってしまう。「なら、網膜に映っていなくても、視神経に同じ刺激を与えられれば見たと認識する。もっと言えば、ニューロンに再構成した物と同じ刺激を与えられれば良い。僕達はロボットだ。そんなややこしい手間は要らない。見た物を変換するソフトをインストールすれば良い。それに連動して、触覚や温度感覚、押した時に柔らかな抵抗を感じる様に動作にかかる抵抗感覚も変換する様に設定すれば、例え本当はごつごつした金属のエネルギーベースでも、柔らかくて暖かいベッドだと認識させるのは簡単でしょ。」カズはにこやかに笑い掛ける。「僕等はロボットなんだから、バーチャルを設定するのは簡単だよ。僕等がいつも食べていた食事だって、そうだよ。ロボットの僕等には食事は必要ないからね。」
「…そうなのか。」
隼人はすっかりしょげ返る。
「あれ?毎朝、ここで朝食を摂っているのに、食材が無くならなくておかしいなとは思わなかった?昼食の店の場所もいつも一緒だし。」
隼人は黙り込む。
「それは、良いとして」隼人の様子を見て、カズは話を変える。「これから、どうする?本当の事が知りたいんじゃないの?」
「そう、そりゃそうなんだが…。本当の事なんか分かるだろうか。」
「分かるんじゃない?少なくとも、この中身は本当なんじゃないかな。」カズは、傍らに置かれたタワー型パソコンを叩く。「…死んだ人の物だって言ったよね?」
「ドームの中を虱潰しに探して見付けた、死んだ男の部屋にあった物だ。危うく清掃ロボットに処分されそうだったのを貰って来た。それは本当だ。」
「ふーん。もし、隼人が持ち帰ろうという気を起こさなければ、このパソコンは処分される運命だったんだよね。ならば、この中には真実が入っていると思わないかい?」
「ああ。…だけどセキュリティが硬くて中に入れない。」
「もし、開けられれば、知りたかった事が入っているかも知れない。」
「何も入っていないかも知れない。」
「またぁ。そんなネガティブな事、言っちゃ駄目だよ。」
「研究所に佳純が残したパソコンがある。そこにこのオノゴロの歴史が記されたファイルがあった。それに、このロボットの俺を作った理由も。」
「研究所に残っているデータは、フェイクの可能性がある。…今のハヤトなら、こう言いそうだね。でも、もし、このパソコンの中身と、研究所に残っているオノゴロの歴史の間に齟齬が無いなら、研究所に残っている資料も本物だって事にならないかい?」
「ああ、そうだな…。」
「僕等に任せてよ。僕等で調べてみるよ。カワサキだっているんだから、何とかなるでしょ。」
川崎の名が出た途端、思わず隼人は嫌な顔になる。
「あれ?カワサキは嫌い?」
「嫌いと言うか…信用できない。」
「不愛想でとっつき難いけど、悪い奴じゃないよ。実は今日、僕が来たのだって、カワサキが『きっと、ハヤトが落ち込んでいるから、様子を見て来て欲しい』って僕等の所にやって来たからなんだ。」
隼人は黙っている。
「どうしても嫌なら、僕等だけでやるけど、このパソコンのセキュリティは破れないかも知れないよ。その点は、カワサキの方が頼りになる。」
隼人は、1つ大きく息を吐く。
「分かった。君達に任せるよ。川崎にもよろしく言っておいてくれ。」
「あれ?ダメダメ。そう言う事は自分の口で伝えなきゃ。このパソコン持って、ハヤトが通ってた会社に行こう。あそこならいろんな機材が揃っているでしょ。」
「出掛けるのか?」
隼人は如何にも面倒臭そうだ。
「さあ、支度して。引き籠っているのは終わり。太陽の下に戻るよ。」
カズは如何にも嬉しそうに笑った。




