6 冒険(3)
探しても、探しても、出口は見付からない。オノゴロの過去を物語る決定的な何かも見付からない。そうやって、同じ様な日々が過ぎていく。オノゴロの8割方調査が終了する頃になると、流石に隼人の焦燥感は誤魔化せないくらいに高まってくる。努力しても成果の出ない毎日が、隼人の精神を削っていく。彼はどんどん寡黙になり、訪ねて来るムサシ達にも、苛立ちは手に取る様に分かった。
そんなある日、隼人はオノゴロの壁間近のマンションを捜索していた。5階建てのマンションの全部の部屋に入り込んで調査したが、何も見付からない。別にいつもの事だ。1つ1つの事で落ち込んではいられない。5階の通路から階段を降りようとした時、裏庭があるのに気付く。恐らく昔は住人が手入れをして、季節の花が咲き乱れていただろう花壇が見える。今は四角くレンガで仕切られた枠だけが残り、固くひび割れた土がむき出しになっている。清掃ロボットでも、ここまでは手が回らないのだろう。
あそこも一応調査しよう。
1階に降りて、裏庭に出るドアを探す。マンションの通路、表通りからのエントランスとは逆の突き当りに出入り口がある。アルミ製の飾り気のないドア。少し歪んでいて、簡単には開かない。体をぶつける様にしてドアを押し開け、裏庭に出る。3m四方くらいの小さな空間。隼人は真上に見える同じ大きさの四角い空を振り仰ぐ。足元を見回す。硬い土がむき出しになっている以外、人の営みを思わせる物は、スコップ1つすら落ちていない。視線を建物の壁に向けた時、異変を見付ける。一面白く塗装された建物の外壁、モルタルで仕上げられた表面が塗装されている。その一部だけ材質が違う。同じ白に塗装されてしまっているから分かりにくいが、幅2cmくらいの、恐らくステンレスの枠に縁取られた金属の板が嵌め込まれている。
まるで、ドアの様だ。
そう思った瞬間、全身の毛が逆立つのを覚える。壁に近寄り丹念に調べる。モルタル壁の上にステンレスの枠が重なっていて、隙間をコーキング剤で埋めてある。枠に囲まれた金属の板は、叩けばトントンと軽い音がする。
間違いない。これはアルミのドアだ。取っ手は見当たらないが、恐らく、ドアノブを外して、ノブのあった穴もコーキング剤で埋めてしまったのだろう。その上から白い塗装をしてあるから、分かりにくくなっているだけだ。
開けたい。この向こうに何か秘密が隠されている。もしかすると、オノゴロの外に繋がる出入口かも知れない。そんな重要な出入口にしては安っぽい造りだが、他人に気付かれない様にするために、こんな細工をしたとも考えられる。
隼人は周囲を見回す。ドアをこじ開けられそうな物は何もない。唇を噛んでしばし思案する。思いついた隼人は、急いでその場から駆け出す。マンションの表玄関から通りに出る。通りの左右を見回し、清掃ロボットを探す。いつも邪魔なくらいウロウロしているのに、必要な時に姿が見えない。隼人は勘を働かせて方向を決め、走り出す。通り過ぎようとした交差点でふと横を見れば、清掃ロボットが道具を入れたカートを引いて歩いている。隼人は急いで駆け寄ると、カートに積まれた掃除用具を物色する。
「なんだ、あんた。」
隼人の姿に気付いたロボットは、喧嘩腰に振り返る。
「ちょっと、掃除道具を見せてくれ。」
清掃ロボットの態度など気にしていられない。隼人は、カートの中から勝手に掃除用具を取り出してみる。箒やデッキブラシでは役に立たない。アルミ製のモップの柄は持ち易いが、ドアを打ち破れる様には思えない。ステンレス製のケレン棒。路上にこびり付いた汚れを落とすための物だ。何か重い物をぶつけてドアが歪めば、隙間にケレン棒の先を突っ込んで、こじ開けられるんじゃないか。
「これ、借りてくよ!」
隼人はケレン棒を掲げてロボットに見せると、相手の返事も聞かない内に元来たマンションへと走って戻る。
「おい、ちょっと、勝手な事されちゃ困るよ!」
背後でロボットが叫んでいる。
ドアにぶつける重い物も必要だ。
マンションまでの道の途中、歩道ブロックの隙間にケレン棒を差し込んで掘り起こし、それも抱えてマンションへと走る。裏庭に直行して、ドアと思しき金属板の中央目掛けて、歩道ブロックを投げつける。
ドスンと音を立てて、ブロックが跳ね落ちる。当たった所のペンキに汚れが付き、僅かに凹みができる。
やっぱりドアに違いない。
「あ~、あ~、あんた、何してるんだ!」
隼人を追い駆けて来たロボットが、破壊行為に及んでいる隼人を見付けて大声を上げる。隼人は構わず落ちたブロックを拾い上げて、もう1度思いきりぶつける。凹みがもう1つ増えるだけだ。
こんな物じゃ駄目なのか。
拾い上げたブロックを持って、大きく上体を反らし、あらん限りの力を使って投げつける。
まだまだ。
清掃ロボットは、こいつは狂っているんじゃないかと思ったのか、眼を剥いて隼人の動きを見守るだけで近付こうとしない。
何度か投げつける内にドアが歪み、モルタルと金属の帯の間に隙間ができる。持って来たケレン棒の平たい先端を隙間に捻じ込みこじる。金属がひしゃげて隙間が広がる。今度は、ケレン棒の柄の方を押し込み、てこの原理で持ち上げる。ドアが歪んでも、ドアノブがあった部分のラッチがなかなか外れない。
「こ、こりゃ、隠し扉だ。」
それまで隼人の様子を傍観していた清掃ロボットは、隼人が格闘しているのが隠れたドアを開けるためだと理解すると、慌てて姿を消す。隼人にとってはどうでも良い。ましてケレン棒が曲がろうが、折れようが構わない。兎に角、この扉の向こう側に何があるのか絶対に知りたい。ドアノブのラッチの近くにケレン棒の先端を無理やり押し込み、柄を片手で持って、もう一方の手でブロックをケレン棒の上から打ち付ける。片手では力が入らないが、ブロックの重さが効いて、何度も叩く内にラッチが壊れる。隼人は、ドアの隙間にケレン棒の柄を差し込んで、ドアの周囲のコーキングをベリベリと剥がす。
遂にドアが開いた。目の前に暗い空間がぽっかりと口を開けている。日なたの明るさに慣れた目で、暗い空間に目を凝らす。中にごちゃごちゃと何かある。すえた臭いが流れ出て来る。隼人は、真っ黒な空間に恐る恐る足を踏み入れる。
そこは6畳程の広さがある部屋だ。正面に大型モニター画面がこっちを向いて置かれている。その前には、向こう向きにヘッドレストが付いたオフィス用チェアが据えられ、左手にはコンピューターと照明装置が埃まみれになっている。右手にはラックが組まれ、隼人には分からない機材がぎっしり詰め込まれ、これも埃まみれだ。床にはプラスチックのカップや容器が散乱し、シミの様な汚れがそこら中にある。足の置き場に気を付けながら、椅子の正面へ回り込む。椅子の上を見下ろした隼人は、思わず息を飲んだ。
死蝋と化した遺体がオフィス用チェアにこびり付いている。最早人間の形をとどめていない。皮膚が溶け、上体が腰に向かって崩れ落ち、そのまま茶褐色の塊になっている。この人物は、この椅子に座ったまま最期を迎え、半ば崩れた姿になっても、長い年月の間、ここを訪ねて来る人間を待ち続けていたのだ。
「…お、開いている。」
外からの声に隼人は振り向く。狭い裏庭に清掃ロボットの姿が3人見える。
「まだこんな所が残っていたのか。」「おい、さっさと片付けよう。」
ロボット達がどやどやと部屋に上がり込んで来る。
「あんたかい?この部屋を見付けてくれたのは?」3人の中の代表者だろうか、恰幅の良いロボットが隼人を掴まえて話し掛ける。「あとは俺達がやるから。ご苦労さん。」
「どうするつもりだ。」
「そんなの決まっている。この部屋を片付ける。」
隼人は、隣にある椅子の上の遺体を指差す。
「ここに亡くなった人の遺体がある。まずは、事件性がないか警察を入れて捜査しろ。」
2人が話している間も、残りのロボット達が部屋の中の物を運び出し始める。
「おい!勝手にいじるな!」
隼人が作業をするロボットを制しようと伸ばした腕を、恰幅の良いロボットが掴む。相手はロボットだ。その上、こんな頑丈そうな奴が相手では、力勝負になったら絶対負ける。
「これは、俺達のタスクだ。それに、警察は呼ばない。警察組織はとっくの昔に無くなったじゃないか。一体いつの話をしているんだ。」
「治安を守る組織は無いのか?」
「ふん、ロボットしか居ないんだぞ?犯罪を心配する必要はないだろ。」視線を椅子の上の骸に向ける。「もしも、この人間が犯罪に巻き込まれて死んだのだとしても、遥か昔の事だ。犯人もとうに死んでいる。」
隼人は椅子の上の遺体を見下ろす。一体この人物は、どのくらい前に生きていたのだろう。このドームの中の人間の最後を知っているのだろうか、こんな格好で死ぬ無念をメッセージとして残そうとはしないだろうか…。
「さあ、分かったら、出て行ってくれ。」恰幅の良い頑丈なロボットが大声を出す。「仕事の邪魔だ。これ以上邪魔をするつもりなら、仕事が片付くまで拘束させてもらうが、良いか。」
「いや…、それは困る。」
何か無いか?全てこいつらに持ち去られる前に、何か手掛かりになりそうな物だけでも確保しなければ。
慌ただしく部屋の中を片付けるロボット達。長年積もりに積もった埃が舞い上がる。隼人は、素早く周囲に視線を飛ばす。足元近く、タワー型パソコンに差さったままになっている記憶デバイスが目に入る。ロボット達に気付かれない様、体の陰にして記憶媒体を抜き、自分のポケットに滑り込ませる。
他には、何か無いか?
「あんた、邪魔だから、外に出てくれ。」
「いや、俺は俺で探す物があるんだ。」
「なんだ?何を探している。教えてくれれば、見付けて取って置いてやる。」
「いや、それが分かれば苦労しない。この世界の過去を知る手掛かりを探している。」
「は!いい加減な事を言うな。過去など知っても意味はない。あんたのタスクは何だ?」
「俺はロボットじゃない。タスクなど持っていない。」
「ロボットじゃない?冗談を言うな。それじゃ、お前は何者だ。」
「俺は人間だ。」
「ニンゲン!…人間ねぇ。」
「きっと最後の人間だ。どうしてこんな事になっているのかを調べている。そのために、この場所が貴重なんだ。」
「こんなガラクタの中にあんたの知りたい事なんか詰まっていないさ。さぁ、さっさと出て行ってくれ。俺達はオノゴロの環境を維持するのがタスクだ。あんたが人間だって言うのなら、俺達ロボットよりも環境の厳格な維持が必要な筈だ。何しろ、ちょっと温度が上下したり、空気の構成が変化しただけで不調をきたすデリケートな生物だ。ここを片付けて環境を保つのは、あんたのためでもあるんだ。さあ、早く。」
頑丈なロボットに引っ張られ、小突かれて、隼人は無理矢理裏庭へと押し出される。ロボットがでかい腹を突き出して部屋の入り口に立ち、隼人を睨み付ける。
チクショウ。何とかならないか。
2人のやり取りに構わず、残りのロボットはどんどん部屋の中の物を持ち出して行く。
「ちょっと、それ、どうするんだ?」
隼人は自分の脇を通るロボットを掴まえる。
「再生システムに投入して原材料にする。あんたも一緒に入ってみるかい?」
ロボットは笑い飛ばして、マンションの通路へ消えて行く。
「そうだ、そこにあるパソコンを持って帰らせてくれ。中身を分析したい。」
隼人は、室内を指差して、でかいロボットに訴える。
「パソコンか。」ロボットは、首を捩って室内を覗いてから隼人に向き直る。「良いだろう。持って行け。但し、自分で取り外して運んでくれ。」
「ああ、ありがとう。」
ロボットの気が変わらない内にと、隼人はそそくさとロボットの脇をすり抜けて室内に戻る。清掃ロボットが動き回るから、部屋中埃が舞っている。こんな所に長く居たくない。隼人はコード類を引き抜いて、タワー型パソコンを抱えて持ち出す。清掃ロボットに挨拶もせずに、そのままマンションの玄関先に止めた自転車の所まで持って来たが、スタイリッシュなマウンテンバイクには荷台が付いていない。
さて、どうしたものか…。
直ぐ傍で清掃ロボット達が大きなカートを路上に止めて、その中に部屋から運び出した物を放り込んでいる。部屋の中を片付ける係と、出て来たものをカートに放り込む係に分かれて作業をしている様だ。
「なあ。」
隼人は、清掃ロボットに声を掛ける。ロボットは無視せずに、隼人を振り向いてくれる。
「これを持ち帰りたいんだ。」隼人は抱えているパソコンを少し持ち上げてみせる。「何か良い方法ないかな。自転車に荷台が無くて。」
「…ああ、それなら」ロボットは、作業の手を止めて気さくに隼人に近付く。「これを使うと良い。」
ロボットは上着のポケットから、折り畳まれた合成繊維のバッグを取り出す。パソコンを道路上に置き、受け取ったバッグを広げると、簡易なナップザックの形をしている。
「ああ有難い。これ借りて良いか?」
「ああ、良いよ。いつもは路上に落ちている粗大ごみを見付けた時に使っているんだが、それで良ければ使ってくれ。」
「ああ、ありがとう。…使い終わったら、どこに返せば良い?」
「中枢エリアの清掃センターの窓口に返してくれ。共有の物だから。」
「分かった。ありがたく使わせてもらう。」
ザックはパソコンが何とか収まる大きさだ。背中に背負うと細い紐が肩に喰い込む。仕方ない、贅沢は言っていられない。我慢して自転車に跨り、その場を後にした。




