6 冒険(1)
次の朝から、隼人は自転車を駆ってオノゴロの中の探索を開始した。ノリオに送ってもらった地図を携帯情報端末で開き、位置を確認しながら中心部を目指す。道すがら、道の左右の建物にも注意を払い、人が生活している痕跡を見落とさない様に進む。気になる建物には内部に立ち入って調べるから、中心部に辿り着く前に相当な時間を費やす。
外をうろつく人影は、揃いの緑の制服を着た清掃ロボットばかりだ。彼等は、その服装から判別がつくが、それ以外の人影を見たら話し掛けてみない限り人間かロボットか外見では区別がつかない。目を皿の様にして、物陰やガラス窓の向こうに動く人影が無いか探す。さして遠くない筈の中心部に辿り着く前に、隼人の気力の方が折れてしまいそうになる。
これは思ったよりも大変だ。虱潰しに探すなら、区画毎に徹底的に捜索して、終わった区画は塗り潰して行かないと漏れが出そうだ。とにかく今日は、1番人が居そうなオノゴロの中心部に行ってみる事を優先しよう。
探しながら進むのを途中で諦め、自転車を飛ばしてオノゴロ中心部に向かう。
そこは、工場の様な巨大な建物とオフィスビルが同居する、他とはまるで違う空間だった。工場の様な巨大な建物は、まるで大きな段ボール箱だ。四角い平らな壁が地上から真っ直ぐに立ち上がり、平らな屋根は遥か頭上にある。壁に取り付けられた鉄製の扉は、建物の大きさに比べたらやけに貧弱だ。どれも『関係者以外立ち入り禁止』と書かれている。だからと言って、遠慮していては見付けられる人も見付けられずに終わってしまう。中に入って捕まっても、注意されるくらいで済むだろう。それよりも、その時注意してくれるのが人間なら儲けものだ。
隼人はノブに手を掛けて、鉄の扉を押し引きする。鍵など掛かっていない。扉の蝶番が高い金属音を出しながら開く。建物の中は薄暗い。でも行動するのに支障はなさそうだ。くぐもった大きな音がしている。1日中この建物の中に居たら、耳がおかしくなりそうだ。通路の両側に、大きなダクトと思しき四角い管が這い回っている。人影はない。隼人は慎重に足を踏み入れる。
どこまでも続きそうなのたうつダクトと、その途中に設置されている、これまた大きな訳の分からない装置の間を縫う様に通路は続いている。不意に広い空間に出る。左右を見渡せば、少し離れた場所に1人の男の姿が見える。作業着と思しき灰色の服を着ている。装置の計器類をチェックしているのか、頻りに装置と手元のタブレットを見比べて難しい顔をする。
歩くテンポを速めて男に近付く。人の気配を察して、男は隼人に視線を向ける。
「ちょっとあんた、勝手に入って来ちゃ困るよ。」男の方から隼人に近付き、行く手を遮る。「ここは関係者以外立ち入り禁止なんだから。」
周囲の騒音に負けない様に話すのが当たり前になっているのだろう。近くにいるのに、男は大声を張り上げる。
「あの、すいません。ちょっと教えて下さい。」
騒音に負けない様に隼人も声を張る。
「どっから入って来たの。出て、出て。」
「用事が済んだらすぐに出て行きますから、1つだけ、1つだけ教えてもらえませんか。」
隼人の必死さに気圧されたのか、押し戻そうとしていた男が、隼人の話を聞く気になってくれる。
「仕事中、すいません。」
「あんただって、タスクがあるんだろ。…もしかして、そのタスクで来たのかい?」
タスクと言う言葉を使うって事は、この男はロボットなのだろう。
「まあ…、そんな所です。ここに人間は居ませんか?」
「え?何だって?」
「人間です、人間。ロボットじゃなく、生身の人間が居ませんか?」
「人間?そんなもん、姿を見なくなって、もうずいぶんになる。もう、この辺には居ないんじゃないか?」
「と言う事は、以前は居たんですね?」
「そりゃ、この設備だって、責任者は人間だ。ほら、ここに名前が書いてあるだろ。」
男が指差す機械に貼り付けられた札には、『責任者:田原紘』と書かれてある。
「この責任者も、姿が見えなくなってから、もう随分になる。とっくに死んでいるだろ。」
男は、事も無げに言い放つ。
「ちょ、ちょっと、そんな。代わりの人は?責任者だけじゃなくて、他にも人が居たんじゃないですか?」
これだけの設備だ。責任者として人間を据えるぐらいならば、他にも人が居て当たり前だろう。
「ああ。だけど、もう誰も見ない。人間の寿命じゃ、みんな死んじまっているよ。」
「そんな昔の話なんだ…」
「あんた、なんで人間なんか探してるんだい?…実は、俺も困ってるんだ。装置のマニュアルに載っている操作では、数値が適正範囲に入らないんだ。マニュアルのトラブルシューティングじゃ、対応できない故障が起きているみたいなんだけど、装置の全容を把握していたのは人間のエンジニアだけだったから、お手上げ状態だ。…あんた、空調設備に詳しくないかい?」
隼人は首を横に振る。男はその様子を見て溜息をつくと、腰に両手を置いて巨大な装置を見上げる。
「ここには、あなた1人だけですか?」
「え?いや、他にも居るよ。」
「会って話す事はできますか?」
「ああ、あんた、人間を探すのがタスクなんだな。会って話せば、何とかなるのかい?あんまり期待できないと思うけど、それで気が済むなら、案内してやるよ。」
「お願いします。」
隼人はAIロボットの男に頭を下げる。
「ちょっと待っててくれよ。ここでの確認を終えちまうから。」
男は、機械の操作盤に戻って、暫くタッチパネルを操作していたが、やがて隼人の元に戻って来ると、彼をオペレーターの待機所へ連れて行った。
待機所には数人のロボット作業員が居た。隼人はそれら作業員に人間を見なかったか尋ね、待機所で待たせてもらって、交替で姿を現したロボット作業員にも同じ質問を繰り返した。それが終われば、隣にある同じ様に大きな箱状の建物に連れて行ってもらい、水質管理施設の作業員にも同じ質問を繰り返す。
「今更、そんなもん探したって見付からないだろ。この辺りじゃ、人間の気配がしなくなってえらい時間が経ったから、とうに忘れて思い出す事も無かったよ。…それよりあんた、浄化システムに詳しくないかい?随分前から調子がおかしいんだ。それでも、オノゴロ内で問題が発生したという知らせは来なくなったから、大丈夫だとは思っているんだけどね。マニュアル通りだと、水質レベルは要アクションレベルになっているんだ。何をしても改善しないから、どうしたら良いのか、ずっと気になっているんだ。」
言っている中身は、空調設備のロボットと変わらない。ロボットだけで長い間運用を続けているのだ。経年劣化で所々不具合が発生しているのだろう。
全ての工場を回り、聞き取りの中で分かった事は、工場とオフィスビルが同居するオノゴロの中心部は中枢エリアと呼ばれていて、オノゴロを維持するための施設が集中している事。街中を徘徊する清掃ロボットが集めたゴミも、ここで処理されている。そして、およそ30年前までは人間が大勢居て、人間による統治が行われていた事。中枢エリアでは数百体のロボットが今も活動しているが、人間が姿を消して以降、1度でも人間を見た事があると言うロボットは見付けられなかった。
おかしいじゃないか。人間が居ないのに、何故ロボットが働く必要がある。これも隼人1人のためだと言うのか?
隼人は同時に、オノゴロからの出口の存在について訊く事も忘れない。
「オノゴロからの出口?知らんな~。どこかにあるんじゃないかい?そんな知識は俺のタスクに関係ないから。それを調査するのも、あんたのタスクかい?そりゃ、大変だ。」
誰に訊いても、大体こんな答えが返ってくる。そもそも、オノゴロの外を意識した事など無いのだろう。ロボット達は淡々と自分の持ち場の仕事をこなし続けている。
隼人は、中枢エリアにある建物と言う建物に入り込み、そこに居るロボットを掴まえて質問を繰り返したが、結局、出口に関する情報は得られなかった。
日が暮れてから、隼人は自分の家に帰った。酷く疲れた。日頃、会社と家の往復しかしていない体をフルで活動させた影響もあるだろうが、明らかになった悪い結果―30年も前に人間はいなくなったという結果―が大きく影響している。ベッドに体を投げ出して、天井を見上げながら考える。
佳純は動画の中で、『この世界は貴方のためのもの』と言った。オノゴロと言う、この閉ざされた空間全体が、俺のための世界だと言いたいのだろう。中枢エリアで働いていた大勢の作業ロボット、街を徘徊する清掃ロボット、それに、ムサシやノリオ、カズ。川崎ですら俺のために用意されたロボットだ。ロボット達は、30年前までは人間が居たと言っていた。つまり、元々オノゴロの中には大勢の人間が暮らしていたのだろう。それがどういう理由かは分からないが、全く居なくなってしまった後に、俺が放り込まれたのじゃないか?まるで監獄だ。広さは充分過ぎる程広いけれど、ここは俺のための監獄に等しい。こんな思いをさせないために、佳純はわざわざ俺から過去の記憶を消し去ったのか?だとしたら、俺1人だけオノゴロの中に押し込められて、こんな乾いた砂を噛む様な生活を強いられる理由はなんだ?そんな訳の分からない状態を甘んじて受け入れる気になんかなれない。このまま、諦められるものか。足掻くだけ足掻いて、必ずここから抜け出してやる。そうして、佳純を捕まえて、どうしてこんな事をしたのか問い詰めてやるんだ。
隼人は大きく息を吐いて、目を閉じる。気持ちは疲れている。だが、とても寝付けそうには思えなかった。




