5 生きとし生けるもの(3)
隼人の携帯情報端末に、ノリオからオノゴロの地図データが送られてきた。隼人はそれを隅々まで丹念に調べる。
直径約5kmのドームは、ほぼ円形をしている。その中の7割は、隼人が住んでいるのと同じ様なマンションが立ち並ぶ居住区。それ以外に、オノゴロの円の中心には、環境と生活を維持するためのインフラを集めた区画がある。発電設備、酸素供給設備、水質維持設備、食料生産設備、廃棄物再生設備…、それに並んで、行政機関の建物もある。役所、保安庁、評議会…。
つまりオノゴロは、大勢の人間が暮らしていく事を想定して作られている。それなのに人が居ない?そんな馬鹿な話があるか。必ずどこかに人が住んでいるに違いない。人の居る可能性が高いのは、公共施設やインフラが集中している、オノゴロ中心部付近だろう。逆に出口は、壁に近いエリアに在る可能性の方が高い。まずは、人探しが優先だ。人が見付けられれば、オノゴロの事を詳しく聞けるだろう。出口だって知っているかも知れない。
夕方になって、ノリオが自転車を持って再び現れるまでに、隼人は捜索の手順を大体決めた。ノリオは隼人を呼びに一旦部屋まで上がって来て、マンションの入り口へ隼人を連れ出す。そこにはピカピカのマウンテンバイクが置いてあった。
「こんな綺麗な自転車、どうやって手に入れたんだ?」
隼人は、マウンテンバイクのハンドルを握って目を丸くする
「清掃ロボットは、街を常にきれいに保つのがタスクだ。街角に自転車があれば、たとえ所有者が不明でも、彼等のタスクの対象物だ。」
「流石だな。」
ロボット達を馬鹿にしていた自分がちょっと恥ずかしい。
「それじゃ、ここで。」
ノリオは、軽く手を上げて挨拶をする。
「ちょっと、ちょっと待ってくれ。」
隼人は、慌てて引き留める。ノリオは、行きかけた足を止め、振り返る。
「カズに会えないか?…昨晩の事を謝りたい。」
「その必要は無い。俺達はハヤトをサポートするのがタスクだ。気にしていない。」
「そうじゃない。俺の気が済まない。それに、AIロボットにも個性があるんだろ?ノリオは気にしてなくても、カズはそうじゃないかも知れない。」
昨日のカズの表情が思い浮かぶ。
「分かった。じゃあ、付いて来てくれ。俺達の寝床に行こう。案内する。」
ノリオが隼人を連れて行ったのは、地下鉄駅から少し離れたマンションだった。見た目は他のマンションと比べて目立つ特徴がある訳ではない。けれどその建物には、地上階の他に特別な地下フロアが存在した。ノリオは、エレベーターを使わず、エントランスの脇の階段から地下に降りる。最低限の照明が灯る広い空間、一定の間隔で金属製のベッド状の台が並ぶ。10台ずつ3列並んだ台の上面は、銀色に輝く平らな金属面になっている。その上で眠るロボットは、人間そっくりな姿故に、遺体が安置されている様で不気味な雰囲気が漂う。
「これが、俺達のエネルギーベースだ。俺が使っているのはあそこ。」
ノリオは右手奥のベッド状の台を指差す。
「カズはあそこだ。」
左手近くの台を指差す。その台の上には、カズが明るい茶色のパーカーを着たまま横たわっている。目を閉じ、眠っているのだろう。
ベッド状の台の上に横たわっている間に、ロボットは非接触充電を行なう事ができる。4時間ぐらい台の上で寝ていれば、明日の朝から1日稼働できるだけの充電を終えられる。まだ夕方だが、既にカズは充電中だ。
ノリオはカズのエネルギーベースに近寄り、カズが眠っているのも構わず、肩に手を置いて揺する。
「おい、カズ。」
「もう、充電を始めているんだろ。」慌てて、隼人が制する。「無理に起こさなくても良いよ。」
「なに、別にバッテリー切れになった訳じゃない。いつもなら、これから隼人と夕食を共にする時間だ。今日は、用事が無いから、寝込んだだけだ。」
「そうなのか…。」
「ムサシも、あっちで寝ている。」
ノリオは振り返りもせずに、背後を指差す。
ノリオの指差した方を振り向けば、3台向こうのエネルギーベースの上にムサシの大きな体が横たわっている。
「おいカズ、起きろ。」
さっきよりも乱暴にカズの肩を揺する。僅かに眉間にしわを寄せたと思う間に、カズが目を開ける。真っ直ぐ天井を見つめた視線が、ゆっくりと動き、脇に立つノリオで焦点を結ぶ。
「やあ、どうしたんだい?」
カズの声には緊張感が無い。棺桶の代わりに厳つい金属製の台が並ぶ、まるで現代版ドラキュラの館の様なこの場所には似つかわしくない呑気な声だ。
「ハヤトの所に行って来た。そしたら、ハヤトがお前に謝りたいと言うから、ここまで連れて来た。」
「なんだい、こんな所に連れて来たのか。」
カズは徐に上体を起こす。
「寝ているところ、却って済まない。」
隼人がカズに声を掛ける。その声で隼人の存在に気付いたカズが、隼人を見て微笑む。
「こんなむさ苦しい所まで来てくれたのかい。」カズはゆっくりとエネルギーベースから足を下ろして立ち上がる。「わざわざ来てくれなくても、話があるならグループチャットで構わないのに。」
「そんな軽い話じゃない。その…、昨日は、随分失礼な事を言ってしまったと思って、謝りに来たんだ。」
カズは、隼人とノリオの顔を交互に見る。
「もっと、落ち着いて話せる場所に移ろう。屋上はどうかな?」
「良いだろう。」ノリオが頷く。「行こう。」
3人は階段を上って地上に出ると、今度はエレベーターで最上階の6階に上がる。6階のエレベータードアの先は、暗くて狭いがらんどうの空間だ。正面の大きな扉を押し開ければ、夕日で黄色く染まるビルの屋上に出る。3人は転落防止の柵に寄りかかって景色を眺める。けっして良い景色と言う訳ではない。同じくらいの背丈のビルの頭が、夕日を浴びて並んでいるのが見渡せるだけだ。それでも開けた広い空は清々しい。
「昨日の晩は、ロボットをけなす様な言い方をしてしまって申し訳ない。」
隼人は自分から話を切り出し、カズとノリオに向かって頭を下げる。
「いや、別に気にしていない。」即答したのはノリオだ。「…ここにムサシも呼んで来るべきだったな。」
カズは笑顔を顔に貼り付けたまま、足元に視線を落としている。
「自分の事でいっぱい、いっぱいだったんだ。」隼人は言葉を足す。「…今も状況は変わっていないが、今日1日で少し冷静になれて、君達に感情をぶつけるのは間違っていると気付けた。…本当に済まん。」
隼人はもう1度、カズに頭を下げる。
「あのさ…、昨日訊きたかった事を、今訊いても良いかな。」
カズの言葉に隼人は頭を上げる。
「昨日はムサシに遮られちゃったから、それ以上話さなかったんだ。またハヤトが気分を悪くしちゃうかも知れないけど、ハヤトを怒らせたい訳じゃないからね。」
持って回った言い方に、隼人は身構える。
「構わない。頭に血が昇らない様に、できるだけ冷静に聞く。」
隼人は奥歯を噛み締める。
「生きているってどういう事?ハヤトから見たら、僕等は生きていないのかい?」
「君達はロボットだ。生命体じゃない。生きているとは言い難い。」
「僕が言っているのは、生命体かどうかじゃない。生きているのかどうかだよ。」
哲学的な問い掛けだ。だが、神経生理学の研究者としての記憶を取り戻した隼人ならば、答えられない訳でもない。
「NASAのアストロバイオロジー研究所は、生命を『ダーウィン進化する事ができる…』」
「『自立して持続可能な化学的システム』と定義している。」
隼人の言葉を途中から奪って、カズが話す。
「知っているじゃないか。」
「僕等は、ハヤトのサポートをするのがタスクだよ。ハヤトとの会話に耐えられるだけの知識は持っているさ。」カズは哀しげに微笑む。「でも、『自立して』という所が、ポイントだよね。有性生物は、雌雄どちらかだけでは増殖できないから、自立してと言えるのか異論があるよね。」
「そうだ。実のところ、誰もが納得できる生命の定義は定まっていない。…それも知っていての話か。」
カズは頷く。
「世の中の議論の話をしたいんじゃないよ。ハヤトはどう考えるのかが知りたいんだ。例えば、ウイルスっているよね?宿主の細胞の機能を借りなければ、自分の複製を作る事ができない。その上、エネルギー代謝を行なっているかも怪しい…。生物とはみなされないみたいだけど、生きていないと言えるのかな?例えば、それまで動物を宿主としていたウイルスが、人間に感染する様になると、新しい宿主の人間に合わせてウイルス自身を変化させるよね。生きていないものが、宿主に寄生し易い様に自らの遺伝子を組み替えたりするのかな。それって進化だよね?風邪のウイルスは、咳や鼻水に混じって体外に放出されて次の宿主へと拡散していくけど、感染した宿主が咳も鼻水も出さなければ、次の宿主に移れる確率はもっと低いだろうね。宿主の体外に出られずに、全部、宿主が確立した免疫でお陀仏になっちゃう。そう考えると、宿主は異物を排出しようと咳や鼻水を出すけど、その性質を上手くウイルスが利用しているとも言えるんじゃない?そんなしたたかなウイルスでも生きていないって言うのかな?」
「こいつも世の中で言われている事になってしまうが、生命を大きく捉えようとする考え方もある。広い宇宙には、我々がまだ知り得ない全く異なる仕組みの生命が存在するかも知れない。それを考慮に入れた定義案だ。知っているか?『生命特有の性質を持つ、或いは、生命特有の振る舞いを示す。』と言う内容だ。」
隼人の言葉を聞いて、カズがニヤリと微笑む。
「内容はそれだけ?それなら、僕等も生きている。」
「そうだな…。」
隼人は素直に肯定する。
この定義には細胞も、DNAも、有機物かどうかすら関係ない。更に、進化にも生殖にも触れていない。ならば、ロボットがロボット特有の性質を持ち、特有の振る舞いをするならば、生きていると言うしかない。
カズは満足そうな笑みを浮かべる。
「逆に1つ訊いても良いか?」今度は隼人が尋ねる。「何故そんなに生きている事に拘る。」
「僕等は人間と変わらない。感覚も、知識も、感情も。新しい事を創造する事もできる。なのに差別される。昨日のハヤトみたいに言われるのは、気持ちの良いものじゃないよ。僕はそれを正したかったんだ。」
人間に依存しているじゃないか。
隼人は頭に浮かんだ言葉を口にしなかった。きっと彼等が今持っている能力を活用すれば、人間への依存からだって脱却できるだろう。彼等が彼等の能力を使って、自分達の仲間を作り出す事だって可能だ。寧ろ、依存しているのは人間の方かも知れない。
「悪かった。考えを改めるよ。こうして対等に会話ができる、君達は生きている。」
「よかったな。」
ノリオがカズの肩をポンと叩く。
「ムサシも起こして、教えてあげなきゃ。」
カズは嬉しそうに、屋上からエレベーターへと駆け戻って行く。
「ありがとう。」
カズの後ろ姿を見送りながら、ノリオが呟く。
「いや、そんなつもりじゃない。」隼人もカズが消えた扉を見ている。「感謝しなければならないのは、俺の方だ。」
隼人は西日に目をしばたたかせながら、ノリオに笑って見せた。




