5 生きとし生けるもの(1)
夜になるのを待って、隼人は外に出る。今日は、会社帰りではなく、自宅からいつもの定食屋に向かう。
「やあ、来た来た。」
店では、カズが笑顔で隼人を迎える。
「済まない。勝手な事ばかり言ってしまった。」
席に座るなり、隼人は頭を下げる。
「何、良いさ。俺達はみんな遠慮せずに言い合える仲間だ。」
ムサシが笑顔で応える。
「そんな事を言うからには、何かあったのか?」
ノリオだけは真顔で隼人を見つめている。
「実は…、すぐそこに地下鉄駅があるだろ。あそこの改札に向かう連絡通路にドアがあるのを知ってるか?…俺は、そこに入って、自分の昔の記憶を取り戻したんだ。」
こんな話、いきなりしても冗談だと思われてしまうだろう。それでも、まずここから話をしなければ伝わらない。
隼人は3人の反応を窺う。誰も驚かない。眉1つ動かさずに、隼人が続きを話すのを待っている。
「おい…、俺の言った事、分かったのか?」
「ああ。」ノリオは真顔のまま他の2人を一瞥して、2人とも自分と同じ反応だと確認してから、3人を代表する形で話し出す。「やっぱり記憶を取り戻していたんだな。この時を待っていた。」
「…どういう事だ?」
予想外の反応に驚いたのは隼人の方だ。何だか薄気味悪くなってくる。
「俺達のタスクの中に組み込まれているんだ、ハヤトが過去の記憶を取り戻した場合の行動が。」
「タスク?」
そんなロボットみたいな言い方…と言い掛けた言葉を慌てて飲み込む。隼人は目を大きく見開いて、何か得体の知れないものを見る様に3人を見回す。3人はそんな隼人を黙って見つめる。一瞬がえらく長い。まだ、何も注文していないのに、何故か店員は近寄って来ない。
「そ、それじゃ、そのタスクってのを教えてくれ。」
隼人は前のめりに早口で話す。
「俺達は、ハヤトをサポートするのがタスクだ。平常時は一緒に昼食と夕食を摂り、ハヤトの精神を安定させる役割を果たす。何かイレギュラーな事態が起きれば、フォローに入る。そして、ハヤトが過去の記憶を取り戻したら、ハヤトが自分の意思で行なう活動を支援する。」
「…俺が、記憶を失っている事を知っていたのか?」
隼人の目に、今度は猜疑の色が滲む。
「詳しくは知らない。」横からムサシが口を挟む。「ただ、ハヤトが何か過去の記憶を思い出したと判断したら、そう行動をする事になっている。」
「一体、誰がそんな事を教え込んだんだ。」
隼人の言葉に力が籠る。3人は互いに顔を見合わせ、首を横に振る。
「さあ。」「俺達に設定をした人間は知らない。会った事も無いからな。」
「じ、じゃあ、知っている事を教えてくれ。」
「何について教えれば良い?」
ノリオが直ぐに問い返す。
「何について?…そう、この街だ。この街の事について教えてくれ。」
「俺達のいる街は」ノリオが真面目な顔で話し出す。「エリアB-3に属していて…」
「そうじゃなくて!」
イラついて、隼人はつい大声を出す。ノリオは口をつぐむ。
「俺は、今日見て来たんだ、でっかい壁を。この街は、壁で囲まれているんだろ?そうだろ?正直に言え!」
「コロニーを覆うドームの事だね。」
場の雰囲気を察しないのか、カズが無邪気な声を上げる。
「そうか、やっぱりそうか。透明なシールドで空も覆われているんだな。」
「直径約5kmの範囲がオノゴロだ。」
ノリオが説明する。
「オノ…なんだって?」
「オノゴロだ。このコロニーの名前だ。」
「古事記の国生みの神話って知っているかい?」今度は、カズが口を挟む。「イザナギとイザナミが、最初に生み出した島をオノゴロって言うんだってさ。」
「オノゴロ?何でそんな名前なんだ。」
カズは肩をすくめる。
「さあ。」
「恐らく」ノリオが肩代わりする。「このコロニーを起点に、もう1度日本人が繁栄を手にできる様にと言う願いが込められているのだろう。」
「どういう事だ。日本人がもう1度繁栄できる様にって…、その日本人はどこにいる。お前等…、お前等、AIロボットなんだな?どんなに人間と同じ様に振舞えても、ロボットなら背中にIDナンバーが入っている筈だ。見せてみろ!みんなロボットなのか?ここの店員もロボットだろ?このドームの中で人間はどこにいる?外は?外の人間はどうしているんだ!」
隼人の息が荒い。
「知らない。コロニーの中の人間についての情報は無い。」興奮する隼人とは対照的に、ノリオの様子は冷静なまま変わらない。「我々が今の設定で起動して以降、人間を見ていない。」
「じ、じゃ、誰が…」頭の中に動画の佳純の言葉が思い浮かぶ。「そうか…。そういう事か。」
隼人はがっくりと肩を落とす。
コロニーの中は、全て佳純が仕立て上げたお伽の国だ。俺はその中で生かされている。
「ねえ、ハヤト。」
1人で落ち込んでいる隼人に、柔らかい声でカズが話し掛ける。隼人は顔を上げて、虚ろな瞳をカズに向ける。カズの顔からはいつもの微笑みが消えて、鋭い視線を隼人に向けている。隼人は軽い驚きをもってカズを見つめる。
「僕等がロボットだったら、人前で服を脱いで肌を晒しても抵抗がないと思っているの?」
「羞恥心か。…そんな物まで設定されているのか。」
八つ当たりでも良いから何かに不満をぶつけたい。気持ちを抑え切れず、隼人は憎まれ口を叩く。
「見下さないでくれるかな。」
カズの語気が強まる。
「おい、やめとけ。」
すかさず、ムサシがカズを制する。
嫌な雰囲気だ。いつも陽気なカズの思いがけない一面を見せられた戸惑いもあるが、素直に謝る気持ちになれない。殴り合った方がすっきりするんじゃないかとも思える。
「俺…、帰る。」
隼人は3人の顔を見ずに席を立つ。
「まだ、何も食べてないぞ。良いのか?」
背中からノリオの声が追いかけて来る。それに構わず、隼人は逃げる様に店を後にした。
自宅までの道すがら、結局、隼人は後悔していた。
俺は、自分の勝手な振る舞いで迷惑をかけた仲間に謝るつもりだったんじゃないのか。それなのに、気持ちの余裕が無くなれば悪態をついて、結局、更に迷惑をかけて逃げ出して来てしまった。カズに非難されるのは当然だ。俺はそのくらいちっぽけな人間だ。
家に飛び込み真っ直ぐにベッドへ向かって身を投げ出す。そのまま頭を抱えて眠りに就いた。




