迎え
「お金がない……」
宿代、情報代、そしてお昼に子どもたちに奢った飯代。アルテアは金の入った袋を逆さに振ってみたが、寂しげに転がり出たのは小銅貨1枚だけだった。
「これじゃパン一個も買えないよ……」
『マムの飯屋』から朽ち梁亭へと戻る途中、アルテアは腕を組んで眉を寄せた。隣を歩くミロが、彼女の難しい表情に気づいて首を傾げる。
「アルテア、どうしたの? なんか怖い顔してるよ」
「うん、お金がすっからかんになっちゃってね。旅を続けるには何か稼がないと」
アルテアが小さく苦笑すると、ミロが目をまん丸にして声を上げた。
「ええっ、こんなに強いのに金がないの?」
「強さでお腹は膨れないんだよ、残念ながらね。ミロ、何かいい仕事知らない?」
アルテアはミロの頭をポンと叩いて軽く笑った。ミロは「うーん」と顎に手を当て、真剣に考え込む。
「そうだ! 昨日もらったお金、返すよ!」
ミロがキラキラした目でアルテアを見上げると、彼女は即座に手を振って制した。
「だーめ。お姉ちゃんが元気になるにはまだお金かかるでしょ。それに、あのお金はミロを雇う報酬でもあるんだから」
「え、でも俺、アルテアのためならお金なんか……」
ミロが頬を膨らませて言いかけたその時、二人は朽ち梁亭の前に辿り着いた。すると、目に飛び込んできたのは、場違いなほど立派な馬車だった。黒塗りの車体に金縁の装飾が施され、馬のたてがみが風に揺れている。ダスクロウの中では比較的広いこの通りも、その馬車が占めると窮屈に感じるほどで、ただそこにあるだけで周囲に圧をかけていた。馬車のそばには、上質な深緑のマントを羽織った初老の紳士が、落ち着いた佇まいで立っていた。
老紳士はアルテアの姿を認めると、一歩近づいて丁寧に頭を下げた。
「アルテア様でいらっしゃいますね。私どもの主人がぜひお会いしたいと申しておりまして、お迎えに上がりました」
「よく私の名前を知ってるね?」
声は柔らかかったが、視線は鋭く、アルテアの目は老紳士の態度を測るかのようだった。
「宿の方が快く教えてくださいました」
(金を払ったか——)
アルテアは一瞬目を細めて老紳士を見た後、ミロに振り返る。ミロは袖を握ったまま、離すのが名残惜しそうにアルテアの顔を見上げた。
「アルテア……行くの?」
「大丈夫だよ、ミロ。ちょっと話聞いてくるだけだから。ミロは家に帰ってて」
アルテアはミロの頭を軽く撫でて安心させるように笑い、老紳士に向き直った。
「じゃあ、行きましょうか」
老紳士が馬車の扉を開けると、アルテアはフードを軽く直して乗り込んだ。ミロは馬車が動き出すまでその場に立ち尽くし、小さく手を振る彼女を不安げに見送った。