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借金取り

 アルテアと子どもたちはダスクロウの闇市へと向かった。路地の奥に足を踏み入れると、薄暗い空間に粗末な屋台が立ち並び、酒と汗の混じった臭いが漂っていた。怪しげな男たちが品物をやりとりし、鋭い目つきでこちらを伺ってくる。


 やがて、酒場の裏手に出た。木の柵に囲まれた扉のない小さな小屋があり、中から怒鳴り声が響いてきた。


「もっと高く買え!」


 怒鳴り声とともに、何かを叩く音が聞こえる。子どもたちがぴたりと足を止め、ミロがアルテアに小声で囁いた。


「ここだ……あの小屋」


 アルテアはうなずき、小屋の中に目を凝らした。板の隙間からちらりと見えたのは、大きな棍棒を持った大男だった。


「よし、ちょっと話してくるね。みんなはここで待ってて」

 アルテアはフードを軽く直し、剣の柄には触れず、堂々と小屋に近づいた。


「ずいぶん賑やかだね」

 アルテアが小屋の外から穏やかに声をかけると、借金取りの男——ダルモンがギロッと睨みつけてきた。

 小屋の中は薄暗く、目が慣れるまで数秒かかった。奥にはもう一人、くすんだ服を着た男がいた。腰の袋から金貨をちらつかせており、人買いだとすぐに察せられた。そしてその傍らには、汚れた服を着た小さな影がうずくまっていた。服の裾を握りしめ、肩を震わせている。


「何だテメェ! 余計な口出すなら痛い目にあうぞ!」

 ダルモンが小屋の入り口から姿を現した。肩に担いだ棍棒は人の腿ほどもある極太の木で、振り下ろされれば易々と人間の骨ごと叩き潰すだろう。

 その棍棒を軽々と持つダルモンは大人の二回りはある巨漢で、膨れ上がった筋肉に脂肪が絡みついているようだった。血走った目でアルテアを睨む。


 アルテアは全く動じず、逆に一歩前に出て、男を見上げた。ダルモンの肩ほどにも届かない小柄な身体が対照的で、まるで岩山に立ち向かう少女のようだった。だが、アルテアの青い瞳が鋭く光り、自信に満ちた笑みを浮かべた。


「まぁまぁ。その子、リコだよね。借金の担保って言うけど、証文はあるの?」


「証文? ハッ! 読めねぇ奴らばかりなのに意味あるかよ!

 そもそもこいつの兄貴が金を返さねぇからだ!」

 ダルモンは地面に唾を吐き捨てると、棍棒を振りかざしてアルテアへ詰め寄った。

「それは……お兄ちゃんに無理やりお金を押し付けて……」

 リコが小屋の奥からか細い声で震えながら言うとダルモンがリコを睨み、彼女はさらに縮こまった。

 アルテアは静かに言葉を続けた。


「へぇ……押し貸しってやつ? 返せないのをわかってて、無理やり貸し付けて利息を取る。払えないと借金のカタと言いがかりをつけて、人買いに売る」

 アルテアはため息をついた。

「貴方、悪どいことやってるね。人攫いと変わらない。……でもさ、私。そういうの嫌いなんだよね」


 その瞬間、顔を真っ赤にしたダルモンが棍棒を振り下ろしてきた。だが、アルテアはスッと横に体をずらし、男の手首を両手で素早く掴むと、ひねり上げた。


「ぐぁっ!」

 ダルモンが悲鳴を上げ、棍棒が地面に落ちる。アルテアはさらに男の腕を背中に回し、膝を蹴って地面に跪かせた。膝から崩れた勢いで、額を地面に打ちつけたダルモンは、それきり動かなくなった

 剣を抜かず、素手で制圧する動きはあまりに自然で、闇市のざわめきがぴたりと止んだ。男たちが、息を呑んでその少女を見つめていた。


「ほら、リコ、こっちおいで」

 アルテアが優しく呼びかけると、リコが慌てて小屋から飛び出し、子どもたちの元へ駆け寄った。


「もうその子に手を出さないでね。次はもっと痛い目にあうよ?」

 アルテアがダルモンの腕を放し、穏やかに言うと、男は歯を食いしばってうずくまったまま動かなかった。

「貴方も、何か言いたいことある?」

 アルテアが人買いの男に話しかけると首を横に振って小屋から逃げ出した。


 子どもたちが駆け寄ってくる。

「すげえ! 剣も抜かないでやっつけた!」

「お姉さん強いんだよね! ミロの言う通りだ!」

 ナッシュが興奮して叫び、リコも涙を拭きながら「ありがとう……」と呟いた。ミロは得意げに胸を張り、「だろ!」と笑った。




 子どもたちがアルテアを囲んでにぎやかに話しているとき、遠くからバタバタと慌ただしい足音が近づいてきた。


「ダルモーン! リコを返せーっ!」


 怒鳴り声とともに、よれた上着に片方脱げかけたサンダルの少年が路地の向こうから全力で駆け込んでくる。頭はボサボサ、息は上がりきっていた。


「お兄ちゃん!?」

 リコが驚きの声を上げる。


 リコの兄はつんのめるように立ち止まり、周囲を見渡した。借金取りのダルモンは地面にうずくまっているのが兄の目にとまった。


「……あれ? もう終わってる……?」

 ぽかんとした表情を浮かべた兄に、ナッシュが思わず突っ込む。

「遅いっての! タイミング最悪!」

「ほんとほんと。もう全部終わった後だし」

 ティナが小さく笑った。


 けれど、リコはそんなやりとりを気にも留めずに駆け寄ると、兄にしがみついた。

「お兄ちゃん……来てくれてありがとう」

「リコ……! ごめんな、怖い思いさせて……!」


 兄は力強く妹を抱きしめ、頭をポンポンと撫でた。その姿を見て、アルテアはふっと微笑む。


「よし、これで一件落着だね。さて、お腹すいたからお昼ご飯にしようか」


「『マムの飯屋』だ!」

 子どもたちが一斉に声を揃え、アルテアを囲んで路地を戻り始めた。


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