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シルヴェントの街

 アルテアとミロが出会った日の夜、アルテアは彼が紹介してくれた貧民スラム街にある安宿で体を休めた。アルテアは宿に一週間分を前払いし、ここを当面の拠点にした。

 ミロはこの貧民スラム街にかなり詳しいらしい。案内役がいるだけで、街はぐっと歩きやすくなる。


 (——いい出会いだった)


 アルテアは素直にそう感じた。


 アルテアは旅の果てに、このシルヴェントの街へたどり着いた。

 この街を目指していた訳ではない。彼女は情報が欲しかった。しらみ潰しのように街から街へと渡り歩いた。一つ、また一つ。この街もその一つだった。


 ◇


 シルヴァーン男爵領の初代領主はレオドリック・シルヴァーン。二百年前に剣豪として名を馳せた騎士で、戦場での功績をもって男爵に叙任された。

 ここシルヴェントはシルヴァーン男爵領の領都であり、この辺りでは比較的大きい街だ。

 内陸に位置し、街道沿いに発展した宿場町である。街の南にはなだらかな山がそびえ、その麓には深い森が広がっている。木材や狩猟の産物は交易品として流通し、行商人や旅商が行き交い、日々賑わいを見せている。


 街の中心にはクロイツ広場があり、昼夜を問わず商人たちの活気に包まれている。広場に面して商人ギルドが構えるギルデン街が伸びており、ここには交易商や職人の工房が立ち並ぶ。街道を行き交う旅人や商隊が立ち寄る宿屋や酒場も多く、酒場からは笑い声と楽器の音が響き、通りには香ばしい匂いが満ちていた。


 貴族や騎士階級が暮らすのは、広場から北へ少し離れたヴァリエール区だ。石畳の道が整然と敷かれ、華やかな屋敷が並ぶ一角である。この地区にはシルヴァーン男爵の館もあり、領の政務が執り行われる。


 街の南側、山と森に近い場所にはグリーヴェルドと呼ばれる地区があり、木こりや狩人が多く暮らしている。ここでは採れたばかりの木材が集積され、薪や板材として商人たちに売られていく。森の恵みを活かした酒場や食堂も多く、旅人たちが静かに憩う場所となっている。


 また、一般市民の多くはブランフォードと呼ばれる地区に居を構えている。ここでは商人や職人の家が軒を連ね、街の暮らしを支える人々が日々の営みを続けている。貴族の暮らすヴァリエール区とは明確に区別されているが、商業地区に近いため比較的穏やかな雰囲気だ。


 一方で、街の外れには貧民が暮らすスラム街ダスクロウが広がる。狭く入り組んだ路地は昼でも薄暗く、違法な取引が横行する。闇市や盗賊の根城があるとも噂され、一般の市民は近づこうとしない。アルテアがミロと出会ったのもここだ。


 街道沿いの宿場町として旅人を迎え入れつつも、シルヴェントの街はその内に、光と影、誇りと哀しみを抱えて静かに息づいている。それがシルヴェントである。


 ◇


 朝といっても、貧民街ダスクロウの路地はまだ薄暗い。湿った空気が漂うなか、小さく声が響いた。

「おはよう、アルテア!」

「おはよう、ミロ。いい朝だね。お姉ちゃんの調子はどう?」

 宿から出たアルテアを、ミロが待っていた。昨夜、別れ際に約束していたのだ。

「うん! まだ横になってるけど、顔色は良くなったよ。」

「それはよかった」


 ミロの姉——リナリアは、ミロの話によれば一週間ほど前に倒れたという。


「昨日の薬、効いたみたい。呼吸も落ち着いて、少しだけどシチューとパンも食べられたんだ」

 ミロは嬉しそうにそう言った。

「今朝は、なんだかちょっと元気そうに見えたんだよね」

 ミロの顔には、ほっとしたような笑みが浮かんでいた。


 ◇


「それで? 今日は何をするの?」

 ミロがキラキラした目で尋ねる。

「うん、腕のいい情報屋知らないかな?」

「あ、それなら、あのおじさんだ! 付いてきて!」

 ミロはアルテアの手を掴んで引っ張った。


 ミロに引っ張られてついたのは宿にほど近い薄暗く細い路地の奥の店だった。カウンターに五席だけの小さな飲み屋だ。店の中は酒の匂いが微かに残り、男は昨夜の片付けでもするように器を拭いていた。


 店主らしきその男は日に焼けた肌に、剃り上げた頭が鈍く光る。分厚い肩と腕は、ただの飲み屋に収まるにはいささか無骨すぎた。寡黙そうな目が、アルテアをゆっくりと品定めするように眺め、わずかに細められた。


「おじさん! お客だよ!」

 店主は呼ばれても手を止めようともしなかった。


 アルテアは店主の無言を気に留める様子もなく、カウンター前の椅子に腰を下ろした。

「人探しをしている」

 アルテアは袋の中から金貨を一枚取り出し、カウンターに置いた。

「特徴は?」

「銀髪で銀色の鎧を着た騎士だ。歳はおそらく二十代後半から三十代——」

 腕を組みながらアルテアの話を聞き終えた店主は無言で金貨を手に取り、指先で軽く弾いた。乾いた音がカウンターに響く。

「知らんな」

 そう言ってから、ひと呼吸おいて金貨を懐に滑り込ませた。


 店主がちらりとミロを見ると、ミロがそれまで見たこともない形相で睨んでいた。店主は小さく「ふう」とため息をつき、視線を戻した。

「……だが、調べてみよう。これは前金としてもらっておく」

「お願い。しばらくは朽ち梁亭を寝床にしているからまた来るよ。あ、それから、街の情報を売って欲しい」

 アルテアは街に関する情報をいくつか買って、店を出た。路地に出ると、ミロが弾むように歩き出した。朝の冷たい風が、アルテアのフードをそっと揺らした。



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